31話 予期せぬ展開?
あの後、私とルカ王子は塔から去り、街へと戻った。
街はいつもと変わらず人が波のように行き来していて、賑やかすぎるほど賑やかだった。いつもなら煩わしいだけの喧騒。けれども今は、不思議と、その騒がしさを嬉しく感じた。しばらく静かで不気味な森にいたせいかもしれない。
それから街で少し買い物をして、私たち二人は城へと戻る。
結局、途中で過去の仲間に会うことはなかった。私は可愛らしい服装をしているところを見られるのを恐れていたので、会わずに済んだことは大きな幸運だったと思う。
その夕方。
私は突然国王に呼び出され、予期せぬ展開に、ただ戸惑うしかなかった。
もしかして、ルカ王子を危険な目に遭わしたことを叱られるのだろうか。
森へ連れていったり、野犬に襲われたりしたことを、怒られるのかもしれない。
そんなことを考えていると、胃がどっしりと重く感じられる。が、今さら逃げるわけにもいかない。そのため私は、叱られることを覚悟したうえで、国王の間へと向かった。
国王の間は、ルカ王子の自室からは少し距離がある。ルカ王子の自室を出て、長い通路を左向きに歩き続けるのだ。ただひたすら、真っ直ぐに。
途中には偉い部類の侍女たちが控えている部屋もある。それゆえ、この辺りには、比較的年をとった侍女がうろついている。五十代くらいに見えるベテランと思われる侍女が多い一方で、若い娘の侍女は少ない。
だが、それでも私が通ると、何やらひそひそ話をしていた。女性は何歳になっても噂好き、というのも、まんざら間違いではないのかもしれない。
もっとも、噂なんてどうでもいいので、私は気にせず国王の間へと進んだのだが。
「よく来てくれたのぅ」
国王の間へ入ると、国王から、いきなりそんな言葉をかけられた。
「呼び出されていると聞き、参りました」
「そうかそうか。ご苦労じゃったな」
さほど年寄りでもなさそうな容姿なのだが、話し方だけは年寄り風だ。実に不思議である。もしかしたら、国王らしい雰囲気作りを意識しているのかもしれない。
「フェリス殿。王妃共々、貴女には感謝しておる」
容姿に馴染まない言葉遣いが気になって仕方ない。だが、相手は国王なので、突っ込まないでおいた。
べつに害があるわけではないので、このままでも大丈夫だろう。
そう思って。
「貴女が護衛になってから、ルカは変わった。色々なことに積極的になった。良いことじゃ」
どうやら叱られるのではないらしい。それを察して、私は安堵した。
「……ところで」
「はい」
「ルカと恋人となったとは、本当か?」
言ったの!? もう言ったの!?
予想外の話題の登場に、かなり動揺した。
国王に呼び出されただけでも何か注意されるかと不安だったのに、いきなりこんな話題が出てきたのだから、動揺せずにはいられない。護衛が王子と付き合うなんてことになったなんて知られたら、私が怒られるに決まっているではないか。
「どこからそのようなお話を……?」
私は何とか平静を装いつつ尋ねた。
すると国王は、穏やかな調子で返してくる。
「ルカからじゃよ」
やはりそうだったのね。王子ったら、浮かれて話しちゃったんだわ。まったく……。
もはや呆れる外ない。
けれども、彼らしいと言えば彼らしい行動だ。
恐らく悪気はないのだろう。嬉しくて伝えてしまったのだと思われる。付き合うことになったことを国王に知られたらどうなるか、なんて、彼は微塵も考えていないに違いない。
「ルカは大層喜んでおった。感謝しておるぞ。これまで我々はルカに寂しい思いばかりさせてしまっておったからのぅ」
「い、いえ……。けれど、護衛の分際で王子と親しくさせていただくなど、失礼なのではないかと思うこともあります」
「いいや、そんなことはない。貴女と親しくなってから、ルカは元気になっておる」
国王も結構呑気な人だった。さすがルカ王子の父親、といった感じだ。
「これからも親しくしてやってくれ」
「は、はい」
「ルカをよろしく頼むぞ」
よろしく頼む、なんて言われるとは思わなかった。
王子との距離を縮めていることを非難されるものと思っていただけに、正直意外だ。
こんな展開、私の脳ではまったく思いつかなかったし、考えてもみなかった。
「ありがとうございます。こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
私はそっと頭を下げ、国王の間から出る。
その心は、ほんの少しだけだが、軽くなっているように感じられた。




