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護衛娘と気ままな王子  作者: 四季


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29話 去りなさい

 力なく地面にへたり込んだルカ王子は、目元を腫らしながら泣いていた。


 その様子を見ていると、胸の内に罪悪感の暗雲が広がる。最初にちゃんと対応していれば良かった。そんな後悔が、私のこの胸を埋め尽くす。


 けれども、後悔なんて何の役にも立たない。

 過ぎたことをいくら悔やんだって無意味だ。過去を変えることなんて、できないのだから。


「ごめんなさい、王子。私がもっと早くちゃんとした対応をできていれば良かったのですが」


 気まずさを振り切り声をかけると、ルカ王子は手の甲で顔を拭いながら、首を左右に動かす。


「ううん、違うんだ……悪いのは僕だよ……」


 王子という高い身分にありながら、ただの平民にすぎない私に対して、こうもあっさりと謝るなんて。


「いきなり……えっぐ、変なこと言って、えっぐ、……フェリスさんを、えっぐ、困らせて……えっぐ、しまった……僕が、えっぐ、悪いんだよ……えっぐ」


 何を言っているのか、さっぱり分からない。


 言葉を発するよう懸命に頑張っているのは理解できる。自分の思いを伝えようとしていることも分かる。だがしかし、言葉と言葉の合間にいちいち余計な音が入るため、非常に聞き取りにくいのだ。後になっても構わないから、言いたいことは落ち着いてから言っていただきたいものである。


「僕の方こそ……えっぐ、ごめん……」


 木々に覆われた薄暗い森の中で、ルカ王子は、まだ泣き続けている。拭いても拭いても、涙が溢れてくるようだ。


 だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。ルカ王子が止まってくれたのは取り敢えず良かったが、それで終わりではないのだ。森の中は明かりがなく、しかも、街にはいないような生き物もいる。危険から逃れるためには、ここから離れなくてはならない。


「王子、取り敢えず塔へ戻りませんか」

「え……?」

「ここは暗くて、危険です。安全なところへ行きましょう」


 もしもの時に備え、一応短剣を持ってきてはいる。


 ただ、この服装だ。走るだけでもひと苦労の重いワンピースを着ていては、普段のように戦えるかどうか分からない。それゆえ、何事もなく済んでくれる方がありがたいのである。


「う、うん……そうするよー……」


 ようやく涙が止まってきたルカ王子は、その場でゆっくりと立ち上がる。銀の髪がさらりと揺れるのが印象的だ。


 私は彼へ手を差し出す。


「行きましょうか」


 すると彼は、私の手をそっと掴んでくれる。


「……うん!」


 ようやくルカ王子の顔に笑みが浮かんだ。泣いていたせいで目元や頬が真っ赤だが、笑顔はいつも通りの可愛らしさである。悪くない。


 手を繋ぎ、歩き出した——その時。


 背後からガサッと物音がした。


 地面から生える草を揺さぶるような、不気味な音。私は思わず身を固くする。あまり大きな音ではないため、ルカ王子には聞こていないようだが、明らかに不自然な音だ。


 私はその場で足を止める。


「……フェリスさん?」


 私が突然足を止めたことに、戸惑った顔をするルカ王子。

 私がそれに返答するより早く、目の前に犬が現れた。


「ど、動物!?」

「下がっていて下さい、王子」

「あ、危ないよっ……!」


 灰色の毛に、大きめの体。それに加え、かなり獰猛そうな顔つきをしている。いかにも危険な感じだ。


「追い払います!」


 私はワンピースの下に仕込んでいた短剣を取り出し、胸の前で構える。


「危ないよー! 逃げようよー!」

「すぐに終わりますから」

「駄目だよー!」

「ルカ王子はちゃんと下がっていて下さいね」


 私はルカ王子の護衛だ。

 逃げるわけにはいかない。


 ワンピース姿は正直かなり動きにくいが、そんなことは言い訳にはならない。たとえどんな不利な状況であろうと、護衛対象を護る。それが、護衛として最低限やらねばならないことだ。


 大きめの野犬が、真っ直ぐに接近してきた。


 私は胸の前に構えていた短剣を振る。


 剣の刃は、野犬の顔付近を掠めた。血が飛び散らなかったところから察するに、切ってしまってはいないようだ。


 だが、これでいい。

 私とて、罪のない野犬を殺す気はないからである。


「フェリスさんー……怖いよー」


 背後からルカ王子の弱々しい声が聞こえてくる。かなり怯えているらしく、その声は震えていた。


「去りなさいっ!」


 もう一度、勢いよく短剣を振る。


 すると野犬は「キャン!」と声をあげた。大きな体に似合わない、甲高い声だ。

 どうやら、今度は剣先が体に命中したようである。


 それをきっかけに、野犬は進行方向を変えた。私たちがいるのとは逆の方向へ体を向け、凄い速さで走り去っていく。


 追い払えたようだ。

 思ったよりか、たいしたことはなかった。


 誰も怪我せずに済んで良かった、と、私は内心安堵の溜め息を漏らすのだった。

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