27話 美味しいと困惑と
私とルカ王子は、塔の天辺で、先ほど購入したクレープを頬張る。
最初私の心には、このような庶民的な食べ物で満足してもらえるのか、という不安が根付いていた。王子という高い身分の者に、普通の食べ物を食べさせて良いのだろうか、と不安で仕方なかった。しかし、一生懸命クレープを頬張るルカ王子の様子からは、不満なんてものは微塵も伝わってこない。むしろ幸せそうである。
人間の心とは不思議なものだ、と思った。
というのも、楽しそうに食べる様を眺めていると、段々、「良かった」という気持ちになってきたのだ。
「美味しいですか?」
無言で食べ続けるルカ王子に、そっと尋ねてみた。
すると彼は、正気に戻ったように顔を上げ、笑顔で答えてくれる。
「うん! 美味しいよ!」
嬉しそうにそう答えた彼の唇には、白いクリームが、ねっとりとこびりついている。しかし彼は気づいていないらしく、唇についたクリームを、拭き取ろうともしない。そこに王子の風格なんてものは欠片も存在しなかった。
「口にクリームがついていますよ」
二人きりなので構わないだろう、と、クリームがついていることを指摘する。すると彼は、驚いたように「えっ」と漏らした。やはり気がついていなかったようだ。
「拭かないと拭かないと」
「これを使って下さい」
私は拭き取る用の紙を手渡す。
正直、あまり良質な紙ではない。本来王子に渡していいような紙ではないと思う。
だが、ルカ王子は一切の躊躇いなく受け取ってくれた。
「フェリスさん、紙を持っているなんて、凄いね! ありがとう!」
彼は紙を受け取ると、口元をそれで拭く。二三回動かしただけで、白いクリームは綺麗に拭えていた。
「取れた?」
「はい。綺麗に取れています」
「やったー」
こんな小さなことで喜べるなんて凄い。
純粋にそう思った。
私たちはそれからも、しばらく、クレープを楽しんだ。
ルカ王子よりかは食べ慣れている私だが、このクレープ店のクレープを食べるのは久々なので、新鮮な気分である。バジルの香りとチキンの香ばしさのコラボレーションは見事で、予想以上に美味しかった。
こうして、やっとクレープを食べ終えた時。
「フェリスさん、ちょっといいかな」
ルカ王子が唐突に声をかけてきた。
いつになく真剣な顔つきで。
「何ですか?」
「ちょっと話したいことがあるんだ」
真剣な顔で「話したいことがある」だなんて、不思議な感じだ。特に、言ってきたのがルカ王子だから、なおさら奇妙な感じがする。
「構いませんけど……何でしょうか」
よく分からないが、返しておいた。
すると、ルカ王子は、持ってきていた鞄を開け始める。そして、鞄の中をごそごそと漁っている。
何か思い出したのだろうか?
不思議に思いつつも、次にルカ王子が言葉を発するのを待っておく。待つしかなかったから、である。
こうして、待つことしばらく。
ルカ王子はやがて、鞄から、小さな箱を取り出した。
高級そうな濃紺の生地で包まれた、いかにも高い物が入っていそうな箱だ。ちなみに、ちょうど手のひらに乗る程度の大きさである。
彼はその箱を、私の方へと差し出してきた。
「フェリスさん、僕とお付き合いして下さい」
……はい?
ルカ王子の突然の発言に、暫し言葉を失ってしまった。
意図がまったく掴めない。
「結婚を前提に、よろしくお願いします」
珍しく畏まった態度で話してくるルカ王子を見て、私の心はますます戸惑いに満ちていく。
彼は一体、なぜ、こんなことを言うのか……。
確かに、ルカ王子と仲良くしたいという気持ちはある。大切な人だと思っている、という自覚もある。
だが、結婚を前提に、なんて考えることはできない。今の私には、多分、まだそのようなことを考える余裕はないのだ。
「あの……そんなこと、急に言われても、困ります」
「お願いします!」
「あ、あの、えっと……」
「フェリスさん! お願い!」
ルカ王子は、深々と頭を下げて、お願いしてきた。
王子に頭を下げさせるなんて、申し訳ない気もする。だがしかし、どうもすぐには受け入れられない。
私はどうすれば良いのだろう……。




