22話 明らかに気が早すぎる
場が静まり返ってしまったのをどうにかしようと話を振った。にもかかわらず、返答はない。
最悪のパターンだ。
いや、最悪は言いすぎかもしれない。けれど、良い展開でないことは確かである。
私はどうすれば良いのか。どんな態度をとるのが相応しいのか。頭を働かせ色々考えてみる。が、これといった良い対処法は浮かばない。何事もなかったように別の話をするというのもありはありかもしれないが、私の性格的には、それは難しめだ。
——そんなことを考えていると。
「フェリスさん!」
ルカ王子が突如大声を発した。
ベッドの傍の椅子から立ち上がり、紅の瞳を潤ませている。まるで未確認生物を見かけてしまったかのような様子だ。
「やっぱり! やっぱり、分かってくれていたんだね!」
無垢な目で凝視され、さらにこんなことを言われたら、「いや、ごめん。あれは間違い」なんて返せるわけがない。そんなことをしたら、自分の中の罪悪感という風船が大きく膨らんでしまいそうだ。
「あ……えと……」
「信じてたよ! フェリスさんなら、きっといつか、僕の気持ちを理解してくれるって!」
「は、はぁ」
「挫けそうになったこともあったけど、諦めなくて良かったぁ。諦めたら終わりって、本当だね!」
急に饒舌になるルカ王子。その目は、キラキラと輝いている。幸せの絶頂にいる、希望に満ちた者の目だ。
……やってしまった感が否めない。
「じゃあフェリスさん、これで僕と結婚してくれるよね!」
はああ!?
一体何を言い出すの? おかしい! 絶対おかしいわ! 風邪も吹っ飛ぶわ!
どこかの王女や貴族の令嬢に対してならば、好きになって結婚を申し込むというのも理解できる。
だが、私は平民。ただの一王国民だ。
そんな人間に対し「結婚してくれ」なんて、子どもでも言わない。
「やったね! これで僕は好きな人と一緒になれて、君はあの気に入ってた庭を自分のものにできる! 最高の結婚だよ!」
いや、勝手に話を進めないで下さい。
「ルカ王子、わけが分かりません」
「えっ?」
「私、まだ結婚するなんて、答えていません。気が早すぎです」
「ええっ!」
するとルカ王子は目を大きく見開く。ショックを受けたような顔だ。少し申し訳ない気もするが、仕方ない。いきなり結婚なんてできるわけがないのだから。
「そ、そんなぁ……やっとフェリスさんと結婚できると思ったのに……」
「結婚はいきなりできるものではありません」
「え、そうなんだ。博識だね。手順があるの?」
一度は落ち込んだものの、すぐに普段のテンションに戻るルカ王子が謎だ。もしかして落ち込んだふりをしていただけなのでは……? と思ってしまった。
「当然! 何事にも手順はあります!」
「じゃあその一つ目から、順にこなせばいいんだね。最初は何をするのー?」
「え、本気ですか!?」
「うん。もちろん本気だよ」
あまり本気らしさが出ていないところが不思議だが、彼がそう言うならそうなのだろう。彼が嘘をつくとは思えない。
「僕は何をしたらいい?」
真面目な顔で尋ねてくるルカ王子。
私を見つめるその瞳に、嘘偽りは感じられない。もし嘘でこんなことを言っているなら、こんな真っ直ぐに私を見ることはできないだろう。
一国の王子が一介の護衛に好意を抱く。そんなことは、普通は考えられないこと。でもルカ王子は違った。彼は、心から私を好いてくれている。それは、恋愛慣れしていない私でも分かること。
「僕はフェリスさんが言うようにするよ。これからは、気が早すぎって言われないように頑張るから」
けれど、良いのだろうか。
王子と護衛が心を通わせるなんて、罪ではないのだろうか。
「それならいいよね?」
「……はい」
「やったー! じゃあこれからはフェリスさんに教えてもらお!」
性格のせいか、不安が消えることはない。こうなったらああなったら、と色々考えてしまうから、不安も次から次へと湧いてくるのだ。
でも……前へ進むためには、勇気を出すことが必要なのかもしれない。
特に、私のような人間には。
「じゃあ改めて。フェリスさん、僕は何をしたらいい?」
「……手」
「え? ごめん、何て?」
だから私は、思いきってお願いすることにした。
「手、繋いで下さい」