21話 新しい朝が来て
そしてまた、新しい朝が来る。
昨夜の大雨が嘘のように、空は晴れ、雲一つない。雲のない青空というのはどこか寂しいような気もするけれど、晴れている爽やかさのおかげで、そんなことは気にならない。
しかし、問題が一つ!
……風邪をひいたの。
きっと昨夜びしょ濡れになったせいね。
濡れることも省みず、大雨の中外にい続けた私が悪い。それは分かっているわ。そんなことも分からないほど馬鹿じゃないもの。
でも、悔しい。
あの時、心のままに行動なんてしなければ、こんなことにはならなかったのだから。
「聞いたよ、フェリスさん! 風邪なんだって? 大丈夫?」
城内の狭い部屋を借り、ベッドに横たわっていたところ、ルカ王子が見舞いに来てくれた。
彼は本当に善人だと思う。一緒にいると苦労することも多いが、苦労するのと同じくらい、ありがたく思う機会もある。
「はい。でも軽いものなので、しばらく大人しくしていれば治ります」
「風邪なんて、大変なことだよ!」
ルカ王子は慌てた様子。
ま、確かに、王子が風邪をひいたら大変なことだものね。
「大変なことではありませんよ。この程度なら、よくあることです」
「え、よくあることなの?」
「はい。王子にとっては風邪は大変なことかもしれませんが、一般人にとっては普通のことなのです」
彼は王国の未来を左右する存在。それだけに、風邪をひいただけでも皆が騒ぐのだろう。王子が風邪だ、と。だから彼は、風邪というものを大病のように感じているのかもしれない。
だが、それはあくまで王子だからであって。
平民にとっては風邪なんてものは身近なもので、大変だ、と大騒ぎするようなものではない。路傍に雑草が生えるのと大差ないくらい、自然で、細やかなことである。
「へー、そっか。そうなんだ。前に僕が風邪をひいた時、凄い騒ぎになったから、大変なことなんだと思い込んでいたよ」
ベッドのすぐ傍に置かれた椅子に腰掛けながら、ルカ王子は落ち着いた調子で述べる。女性をも凌ぐさらさらの銀髪は、今日も美しかった。
「フェリスさんは博識だね!」
ルカ王子は笑顔でそんなことを言ってくる。
だが、べつに私が博識なわけではない。彼が城の外のことを知らなすぎるだけだ。いや、実際滅多に城から出ないのだから、知らないことが多いのも仕方ないのかもしれないが。
「普通ですよ」
「えっ。そうなんだ」
それからしばらく、部屋は静寂に包まれた。
ルカ王子は椅子に座ったままこちらを見ているが、特に何も話しかけてはこない。
私が風邪だから気を遣っているのか、ただ単にぼんやりしているだけなのか。その答えを知ることは今の私にはできないが、いずれにせよ、しんとしてしまっていることに変わりはなかった。
せっかく見舞いに来てくれたのに、静寂の中でじっとしているだけというのは、少々申し訳ない気がする。
だから何か話そうと思い立った。
しかし、これといった話題が思い浮かばないことに気がついてしまう。
私から振るに良さそうな話題——何がいいのだろう。
お茶について?
この国について?
……いや、どちらも違う気がする。
もしお茶について話を振ったとしても、彼と同等のレベルの話をすることはできないだろう。私が持っているお茶に関する知識量が少なすぎるからである。
一方、この国について、なんていうのも、かなり盛り上がらなさそうだ。相手は王子ゆえ、平民とは感覚が異なることも多いだろう。ちょっとした感覚のずれから喧嘩に発展してしまったりした日には、取り返しのつかないことになりかねない。
となると、どのような話題が相応しいのか……やはりなかなか難しい。
話しかけようとは思ったものの、相応しい話題が思いつかず、一人悶々としていた、その時。私の頭に、突如話題が舞い降りてきた。
「あの、ルカ王子」
私は口を開く。
自ら静寂を破るというのは、どうも違和感があるが。
「昨夜はありがとうございました」
いきなりこんなことを言って、驚かせてしまわないだろうか。逆に不気味がらせてしまわないだろうか。そういった類の不安は、常につきまとう。しかし、不安だからと逃げ回るのも良くないだろう。
「……助けて下さって」
自身の情けなさを改めて確認するようで、何とも言えない複雑な気分だ。
「それと、ごめんなさい。私、満更でもないのに、ルカ王子に冷たい態度をとってばかりで」
……って、え!?
ちょ、さすがにそこまで言うつもりじゃないのに……!
「あ、ごめんなさい。こんなことを言うなんて、私、どうかしていますね。らしくない……」
風邪だからだろうか。なぜかいつもとは真逆の態度をとってしまう。
これでは完全に、勘違いした護衛ではないか。いくら王子が優しくしてくれたからといって、彼にこんな気持ちを抱くのは間違っている。
ルカ王子からの返答はまだない。
言う前はそこそこ良い話題だと思っていたのだが、この話題を選んだことが失敗だったのだろうか……。