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20話 踏んだり蹴ったりな夜

 あの後、城へ戻った私とルカ王子は、見回り中の兵にばったり出会った。王子とその護衛が二人とも水浸しになっているのだから、兵もかなり驚いたことだろう。雨でびしょ濡れの私たち二人は、兵に侍女が控えている部屋まで案内され、そこで別々に体を洗い、服を着替えた。


「まったく、なぜこんなことになったのですか?」


 すべて乾かし終え、服の着替えも終了——するや否や、五十代くらいの侍女から説教を受けることになってしまった。


「フェリスさん、貴女、護衛役なのでしょう? 貴女がついていながらルカ王子をこんなびしょ濡れにするなんて、どういうことですか!」

「す、すみません……」

「ルカ王子が風邪をおひきになったらどうするのです!」


 分かってるわよ、そんなこと!

 事情の一つも知らずに叱らないでちょうだい!


 ……なんて、言い返せるわけもなかった。


 そんな生意気な反抗をした日には、どんな扱いをされるか分かったものじゃない。一歩誤れば「侍女たちが全員敵!」なんてことも考えられるのだから。


「待って! フェリスさんは悪くないんだ!」


 ルカ王子はフォローしてくれる。

 しかし、彼の発言に力はほとんどなかった。


「今は彼女とのお話の途中ですよ、ルカ王子」

「でも、僕のせいなのにフェリスさんが怒られるのはおかしいよ!」

「怒っているわけではありません。ルカ王子はお分かりにならないでしょうが、王子のお傍に仕える以上は責任が伴うのです。その責任について、しっかりと……」

「フェリスさんは責任感のない人なんかじゃないよ!」


 自身の発言を受け入れてもらえず、ルカ王子は不満顔。頬を膨らまし、口を尖らせている。その表情は、欲しいおもちゃを買ってもらえなかった子どものようだ。良い香りを漂わせる銀髪も、柔らかさを感じさせる紅の瞳も、別段子どもらしい要素ではない。にもかかわらず彼が子どものように見えるのは、その言葉や表情のせいだろう。


「ルカ王子。なぜそんなに、彼女を庇おうとするのです?」

「フェリスさんが可哀想だからだよ! 何も悪いことしてないのに怒られるなんて、辛すぎる!」


 庇ってくれるのは有り難いことではある。

 しかし、今この状況でルカ王子が庇うようなことを言い続けると、私の立場が危うくなりそうな気しかしない。


 そもそも叱られている身だというのに、これ以上気まずい立場になるのは嫌だ。なので、ひとまず制止することにした。


「ルカ王子、あの、私のことは気にしないで下さい。庇っていただかなくて大丈夫なので」


 するとルカ王子は、きょとんとした顔で首を傾げ、こちらを見つめてくる。


 うっ……。

 無垢な顔つきに胸が痛む……。


「どうして? こんな理不尽な怒られ方、嫌じゃないの?」


 ルカ王子は善意で私を庇ってくれているのだろう。それだけに、「庇うな」なんて言うのは、悪い気しかしない。他人の善意を拒むというのは、辛いところがある。


 だが、仕方がないのだ。


 彼が庇ってくれたところで、私が責められることに変わりはなく、むしろ余計に叱られるかもしれないのだから。


「私が悪かったので、仕方がありません」

「えー。フェリスさんは悪くなんてないと思うんだけどなー」

「悪いですよ。私のせいでルカ王子をびしょ濡れにしてしまったことは事実ですから」

「でも、そもそもは僕が君に口づ——」

「あーーっ!!」


 ルカ王子が何食わぬ顔で危ないことを言いかけたため、叫び声を発して掻き消した。


 口づけ、なんて言葉をこの侍女に聞かれたら、多分ただでは済まない。色仕掛けした、と誤解を受けることは目に見えているし、私は絶対痛い目に遭わされる。万が一「護衛の分際で王子をたぶらかした」などと言って城を追い出されたら、私は一生笑い物だ。


 ルカ王子のうっかりで笑い物になるなんて、絶対に嫌!


「何ですか? いきなり大声を出すなんて、はしたないですよ!」

「は、はい。すみません……」


 やっぱりこの方がましだわ。色仕掛けするいやらしい女と思われるくらいなら、急に大声を出すはしたない女と思われる方が、ずっとましよ。


 雨で水浸しにはなるわ、侍女には叱られるわ。とにかく踏んだり蹴ったりな夜だった。


 最初にルカ王子の自室へ入ることを拒んでさえいれば、こんなことにはならなかっただろう。そう思うと、彼の頼みを拒みきれなかった自身の甘さを悔やんでしまう部分もある。


 ただ、起きてしまったものは仕方がない。後悔したところで、なかったことにはできないのだから。

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