表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/32

2話 ことの始まりは、一週間前

 ことの始まりは、一週間前。


 私の家に一通の手紙が届いた。その手紙の差出人はモノハシカ国王。わけが分からず戸惑いながら開くと、「第一王子の護衛をお願いしたい」というような趣旨の文章が書かれていた。そして、「その前に一度顔を合わせたい」とも。


 すぐには理解できなかった。

 なんせ私は、それまで、剣を握って戦うことしかしていなかったのだから。


 国王の名を名乗るなんて悪質ないたずらね、くらいにしか捉えなかった。


 しかしそれから数日が経った時、私の家に、城から遣いの人が来て。それによって、手紙がいたずらではなかったのだと、初めて分かった。


 あまり気は進まなかったけれど、せっかくの依頼だからと思って国王と会い、そこから話がみるみる進んで、今に至る。かなり大雑把な説明になってしまったけれど、そんなところだ。



「フェリスさん、今ちょっといいかなー?」


 お茶の時間を楽しむべく、数十分も前からお湯と格闘していたルカ王子が、声をかけてきた。部屋に入ってすぐの位置に待機していた私は、呼び出しに応じ、彼のもとへ急行する。今日はドレスではないため、動きやすい。


「どうしました?」

「お湯が溢れちゃったんだ」


 ルカ王子が指差した方へ視線を向ける。


 火にかけていた小さめの鍋から、お湯が溢れ、周囲にこぼれてしまっていた。おかげで辺りは水浸し。とんでもない状態だ。


 何をどうすれば、こんなことになるのだろう。


「ルカ王子は火を消しておいてくれますか?」

「うん、消す消すー」

「私は布を取ってきます」


 鍋からこぼれたお湯を拭く布を取りに行こうと歩き出す直前、ルカ王子が「待って!」と言ってきた。

 何事かと思い、足を止める。そして振り返ると、彼は、柔らかく微笑んでいた。不自然と感じそうになるほど純粋な笑みだ。拍子抜けである。


「それなら侍女を呼べばいいよ」

「え? でも、私が取りに行った方が早いと思いますけど」


 自慢じゃないが、鍛えた脚には自信がある。


「そうかもしれないけど、それはフェリスさんのお仕事じゃないよ」


 それもそうだ。ルカ王子が言っていることも、間違いではない。私の仕事はあくまで護衛である。ただ、私が行った方が早いだろうし、侍女にわざわざ来てもらうのも申し訳ない。


「ですがルカ王子。このくらいで侍女の方を呼ぶのは、侍女の方々に申し訳ないです」


 ついうっかり、いつもの感じで、意見をはっきり言ってしまった。無礼と怒られるだろうか、と一瞬不安がよぎる。


 しかしルカ王子には、怒るの『お』の字もなかった。


 それどころか、突然抱き締めてくる。


「ちょっ……!」


 ルカ王子の急な行動に、脳が、ぐちゃぐちゃに掻き乱される。

 戦場での危機には慣れているから、少々危機的状況でも冷静でいられる。だが、こういったことには耐性がない。そのため、何をどうすればいいか、分からない。


 腕による拘束を解くことは、やろうと思えば容易くできる。


 しかし、相手はルカ王子。


 誤って怪我などさせてしまった日には、何もなくは済まないだろう。それを考えると、乱暴な手段に出るのは止めておく方が良さそうだ。


「フェリスさんはストイックだね。僕も見習わなくちゃいけないな」

「離して下さい」

「侍女を呼ぶなら、離すよー」


 うっ……。


 さりげなく条件をつけてくる辺り、ちゃっかりしている。


 だが、ルカ王子がここまでするということは、よほど私を行かせたくないのだろう。その理由は知らないが、彼が「行かせたくない」と思っているのに、無理矢理行くこともない。だから私は、彼が出した条件を飲んだ。


「分かりました。それで構わないので、離して下さい」

「本当ー? 離した瞬間走り去ったりしない?」

「しませんよ、そんな狡いこと。とにかく腕を離して下さい」


 ルカ王子を護るのが任務の私が、走り去るわけがないではないか。さすがに、そこまで無責任ではない。


「うん。ならいいよ」


 少ししてルカ王子は、私の体に絡めていた両腕を、ぱっと離した。

 体と体の距離が遠ざかる刹那。彼の銀髪がさらりと流れるのが、視界の隅に入った。本当に綺麗な髪だ。


「これからも、フェリスさんは護衛だけでいいからね。雑用は侍女任せで大丈夫だよ」

「そんなことを言われても困ります」

「え。どうして?」

「いえ、もういいです……」


 話が通じなさそうなので、ここまでにしておくことにした。

 何事も引くタイミングが肝心だ。


 その後、ルカ王子の望み通りに侍女を呼び、びしょびしょの床を拭いてもらった。侍女は慣れた手つきで拭いてくれ、床の掃除はすぐに終わった。


 その様を眺めながら、私は少し、申し訳ない気持ちになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ