14話 駄目かな?
そんな中で迎えた、ある夜。
唐突にルカ王子に呼び出された。
私も、女性らしくはなくとも、一応女性だ。それなのに夜分に自室へ呼び出す彼の神経がよく分からない。だが、もし何か身に危険が及ぶようなことがあったのなら放ってはおけないため、私は彼の自室へと急行した。
「何か用でしょうか」
扉をノックし、待つことしばらく。ルカ王子が現れた。
彼の様子に異変はない。体調が優れない、怪我をしている、といったことはなさそうである。
「入ってもらっていいかなー?」
「用は何ですか」
「いいからいいから。まずは入ってよ」
怪しい……。
何の用なのか答えないところが、怪しすぎる……。
ルカ王子に限ってそんなことはないだろうが、怪しい態度をとられてしまうと、良からぬことを考えているのでは、と邪推してしまう。
「よくありません! 何の用なのかくらい、答えて下さい」
私とて、彼を怪しみたくて怪しんでいるわけではない。彼が私をここへ呼び出したちゃんとした理由が分かれば、もう何も怪しまずに済むのだ。色々考える必要がない方が、私としても楽だし、嬉しい。
するとルカ王子は、困った顔になり、暫し首を傾げたまま停止していた。
特にこれという用はなかったということなのか。あるいは、呼び出した理由が複雑なもので説明しづらいということなのか。彼が首を傾げて動きを止める理由は私にはよく分からないが、恐らく、その辺りだろうと予想はつく。
「どうして黙るんですか」
「うーん……説明するとなると難しいんだけど……」
ほう、そちらの理由だったのね。
「つまりそのー……君に僕の気持ちを伝えようと思って」
ルカ王子の口から飛び出した言葉に、私は呆れる外なかった。
なぜって、その話はこの前終わったはずだからである。既に決着のついた話を再び、というのは勘弁してほしいものだ。
「そのお話は前に終わったはずですよね」
「駄目かな?」
「なぜまたそのようなお話をしようと思われたのですか」
「駄目かな?」
「私はその件について、もうお話する気はありません」
「駄目かな?」
そこで私はついにキレた。
「『駄目かな?』ばかり言うのは止めて下さいっ!」
真夜中に王子の自室の前で叫ぶなど、品の無さがまるばれかもしれない。だが、今の私には、品の良さを気にする精神的余裕などなかった。一向に進展のない会話に、とにかく苛立っていたのである。
「私の発言に応じた返答をお願いしますっ!」
第一王子ともあろうお方に、こんな口の利き方。一歩誤れば処刑ものかもしれない。いや、口の利き方だけで処刑と言うのは大袈裟すぎるにしても、警告くらいは受けることだろう。
「う、うん。ごめん」
そんな高い地位にありながら、威張りもせず、護衛の偉そうな発言にも素直に謝る。
ルカ王子とは、本当に不思議な人だ。
「でも、僕の本当の気持ちを伝えたいんだ。あの時に話した分だけじゃ、僕の気持ちの全部は伝わっていないと思うから」
そう述べるルカ王子の表情は真剣だった。
「ちょっとだけでもいい。嫌になったら出ていってくれて構わないよ。だから、僕の言いたいこと、聞いてくれないかな」
私は返答に困った。
真剣な顔でこんなことを言われてしまったら、適当に断るわけにもいかない。
ただ、いずれ捨てなくてはならないことが目に見えている感情を膨らますようなことは、なるべくしたくない。そんな行為は、後々自分を苦しめるだけだから。
彼に惹かれていることを、自覚してしまった。それによって、こんな風に迷うようになってしまった。こんなことなら、気づかないままいた方が、ずっと楽だったかもしれない。彼への想いに気づかなければ、今だって、迷いなく彼の自室へ入れただろうから。
「フェリスさん、どうして答えてくれないの? 僕、また怒らせちゃった?」
ルカ王子は不安そうな声色で尋ねてきた。
純粋な彼にこんな顔をさせるというのは、悪い気しかしない。
「……いえ」
私は迷った。
迷ったけれど、彼のことを思うと、答えはこれしか出なかった。
「分かりました」
中途半端な行為が、いずれ、私も彼もを傷つけるかもしれない。
それを理解したうえで、私はそういう答えを出したのだ。
「やった! 聞いてくれるんだね!」
「はい。ただし、少しだけです」
「少しだけでも嬉しいよ!」
私の返答を受け、ルカ王子は子どものようにはしゃぐ。その様は妙に愛らしく、眺めていてほのぼのとするものだった。