13話 それは私ではない
「る、ルカ王子……一体何を仰って……」
彼の発した言葉の意味を、私は暫し、理解できなかった。
驚きやら何やらが混ざり、ただただ混乱するだけ。こんな感覚を覚えたのは、いつ以来だろうか。それほどに大きな衝撃を受けた。
だって、こんな私を好きになる男性がいるわけがないんだもの。
「僕は君と初めて出会った時、一瞬で心を奪われたんだ。僕も慣れてはいないから詳しくはないけどね、その瞬間、すぐに分かったよ。僕は君を好きになったんだ、って」
そんなことを言いながらにこっと笑みを浮かべるルカ王子は、まるで子どものようだった。その笑顔が無垢なものだから、そう見えるのだろう。
少なくとも、将来この国を導いていく国王となる人間には見えない。
ただ、そこが彼の良さなのかもしれないと、思うこともある。貫禄があり賢いことだけが、国王としての素質ではない。人に愛される可愛げのある雰囲気だって、持っていて損はないだろう。
「それにしても、フェリスさんが僕に気を持ってくれていたなんて、嬉しいよ!」
ルカ王子は嬉しそうだ。
けれど、護衛対象に恋をするなど、完全に護衛失格である。特に、相手が王国の第一王子ともなればそんなことは許されないし、もし仮に許されたとしても、私の心が許しはしない。
私は乙女ではない。護衛だ。それは十分に理解しているはずで。にもかかわらず彼を想ってしまっているのだとしたら、私はかなりどうかしている。
「これからは両想いだね!」
「……違います」
「え?」
きょとんとした顔をするルカ王子。
私はその顔を見たくなかった。その穢れのない瞳を見たら、自身の穢れを突きつけられてしまうような気がしたからである。
「私は護衛です。護衛の分際でルカ王子に気を持つなど、許されないこと……いや、そもそもあり得ないことです」
声が震えた。
けれども、ここではっきりさせなければならないのだ。
こんな気持ちを持ったまま護衛に当たっていては、ルカ王子に失礼なのはもちろん、国王の期待を裏切ることにも繋がりかねない。
「どうして? 僕はフェリスさんのことが好きだよ。だから、フェリスさんが僕を気に入ってくれたら嬉しいよ」
ルカ王子の紅の瞳は、分からない、といった雰囲気を醸し出している。
彼には永遠に分からないだろう——護衛という立場に縛られた私の気持ちなんて。
「第一王子と護衛では身分が違いすぎます。ルカ王子は、もっと身分の近い方とお付き合いなさるべきです」
「えぇっ」
「この国にも、貴方に合った身分の女性はたくさんいらっしゃるはずです。敢えて私を選ぶ必要などありません」
私がそこまで言った時、突然、ルカ王子は調子を強めた。
「そんなことない!」
常に穏やかな彼らしくない、鋭さのある声だった。
「フェリスさんみたいに、強くて頼りになって、それでいて綺麗な人なんて、そうたくさんはいないよ!」
私だって女だ。ルカ王子にこんな風に言ってもらえて、嬉しくないわけがない。褒めてもらえれば純粋に嬉しいと思うし、ときめきもする。
だが、その先へ踏み出すことはできない。
どんなに嬉しくても、彼を愛しく思ったとしても、この胸のうちにしまっておくしかないのである。
「少なくとも、僕は今まで見たことがない!」
「……ありがとうございます」
今はただ、礼を述べることだけが限界だった。
「そう言っていただけると、嬉しいです。けれど……ルカ王子にはもっと相応しい女性がいると思います」
それは、私ではない。
もっと身分が高く、品もあり、淑やかな女性だろう。
「私、応援していますから」
そう言って微笑もうとしたけれど、多分、上手く笑えていなかっただろうなと思う。自分を無理矢理納得させるようなことを言った後に綺麗に笑えるほど、私は器用ではないから。
「フェリスさん……」
ルカ王子は、目を細め、寂しげな顔をする。
その表情を目にするのは辛かった。何だか凄く悪いことをしてしまったような気がして、罪悪感を抱いてしまう。それを掻き消すように、私は、「これでいいんだ」と、何度も自分に言い聞かせた。
だって、これしかなかったのだもの。仕方がないわ、と。
それから数日、私とルカ王子は、何ともいえない雰囲気だった。
王子とその護衛という立場上話すことはあっても、あくまで必要な会話だけで、それ以外のことは話さない。私たちはそんな風になってしまった。
私が謝れば、あるいは歩み寄れば、ルカ王子はまだ受け入れてくれるだろう。だから、勇気を出してみようかな。
幾度かそんなことも考えたけれど、私にはそんな勇気はなく、結局何も変えられなかった。




