10話 不思議な疼き
なぜだろうか。
ここのところ、ルカ王子の姿を見るたび、不思議な感覚に襲われる。言葉にならないような、これまでに体験したことのない感覚が、私の胸へ襲いかかってくるのだ。
それは、甘い蜜を舐めるかのようで。
しかし、罪人を締めつける鎖のようでもあって。
いまだかつて体験したことのないその感覚は、日をおうごとに、大きく膨らんでゆく。
言葉を交わす時。目が合った時。はたまた、傍で護衛している時まで。
その奇妙な感覚は、いつだって私の胸の奥にある。
そして、彼と接触するたびに、不気味なほどに疼くのだ。
最初は何かの病気だろうと思った。なので、胸部に異常があるかもしれないと訴え、城の医者に診てもらった。けれども、医者が出した結果は、ただの「異常無し」。気のせいだろう、と言われて終わった。結局、治療方法は教えてもらえずじまいだ。
だが、この胸の疼きが、気のせいなわけがない。それは自信を持って言える。
私は長いこと剣士として戦ってきた。
戦場に立つ者は、それ以外の者たちより、自身の体調管理はしっかりと行わねばならない。ちょっとした不調が命を奪うことになりかねないからである。
それゆえ、一般人よりかは自分の体について理解していると、自負しているのだ。
けれども、この謎の感覚の正体は分からない。
経験したことのない感覚なのだから、仕方ないと言ってしまえばそれまでだ。
だが、今の私は、モノハシカ王国の第一王子を護る身。細やかな不調であったとしても、見逃し放置するというのは問題だと思う。もし私が十分に動けず、それによってルカ王子に何かあったら、「体調が優れなかったから」では済まない。
ただ、医者に「気のせいだろう」と言われてしまえば、それまでだ。それ以上聞くことはできない。
だから私は、謎の感覚について、あまり気にしないことにしたのだった。
「フェリスさん、浮かない顔してるねー。どうして?」
体調について一人考え込んでいると、ルカ王子が声をかけてきた。
不安げな顔つきをしている。彼は色々なことには疎いのに、こういう時に限って鋭いから、少し困りものだ。考え事をしていると、すぐにばれてしまう。
「あ、いえ。何でもありません」
護衛が王子を心配させるなど、あってはならぬこと。
だから私は、平静を装ってそう答えた。
しかしルカ王子はまた質問を投げかけてくる。
「何でもない時にそんな顔はしないよ。本当は何かあるんだよね?」
「べつに、ルカ王子に相談するようなことじゃ……」
「やっぱり! 何かあるんだね! だったら、一人で悩んでいないで、僕に話してみてよ!」
食いついてくるルカ王子は、目をきらきら輝かせていた。ずっと欲しかったものを発見した子どものような、光に満ちた目をしている。
なぜこんなにも綺麗な目ができるのだろう、と思ったことは秘密。
「いえ。本当にたいしたことではないので。気になさらないで下さい」
私はややそっけない声色で返す。しかしルカ王子は引いてはくれない。
「小さなことでもいいよ。話してみて?」
「護衛が王子に対して悩み相談なんて、変ですよ」
「変じゃないよ! 僕はそんなの気にしない!」
両手を腰に当て、少しばかり不満げに頬を膨らますルカ王子。
彼は私の話をどうしても聞きたいらしい。
だが、私は彼に悩みを打ち明ける気など、さらさらない。そもそも、私はそんなに弱い人間ではないから、自分のことくらい自分で解決できる。
「フェリスさんは、どうしてそんなに自分に厳しいの? もっと自分をいたわった方がいいよ」
ルカ王子は言いながら、私の手をそっと握る。
包み込むような優しい握り方に、私の胸はまたしても疼いた。
この胸の違和感は、彼と接触する時にばかり起きる。ということは、彼が原因の一つであることは確かだ。それゆえ、彼に直接相談してみるというのも、悪くはないかもしれない。
しかし、すぐに、首を左右に振る。
ルカ王子が不調の原因かもしれない——そんなことを、彼に言えるわけがない。いつも気を遣い親切にしてくれる優しい彼に、そんなことを言うのは残酷だ。
話してみてもいいのでは、と述べる私。
話すべきではない、と主張する私。
二者が、私の中でせめぎ合う。答えはなかなか出ない。
そんな状態で悶々としていた私に、ルカ王子は、小さく尋ねてくる。
「もしかして……僕には言いにくいこと?」
彼は私の心を見抜いていた。
ぼんやりしているように見えて案外鋭い目を持っているのかもしれない、と私は少し感心した。
だが、呑気に感心している場合ではない。
話すのか、話さないのか。
それを早く決めるのが、今私がするべきこと。現在の状況において、一番重要なことなのである。




