1話 私だって女です
ここはモノハシカ王国城の一室。
今、私は、王国の第一王子であるルカ王子の前にいる。
ルカ王子は、さすが王子というだけあって、良い身なりをしていた。着ている立ち襟の上衣には、金の糸で複雑な刺繍が施されており、窓から降り注ぐ陽の光を受けて煌めいている。また、銀色の髪はさらりとしていて、石鹸のような良い香りを漂わせていた。柔らかな雰囲気が出ている紅の瞳も印象的。
「君がフェリスさんなんだね」
「はい」
「腕の立つ剣士だと聞いているよ。そんな人に護ってもらえるなんて嬉しいなぁ」
彼はゆったりとした口調で話しながら、こちらをじっと見ている。凝視、と言っても大袈裟ではないほどの見つめ方だ。
肩まで伸びた金髪はしっかり一つのお団子にまとめてきた。顔は石鹸で念入りに洗ったし、化粧も、普段は全然していないのだが今日はきちんとしてきている。また、シンプルなものではあるが、それなりに高額なドレスも着用している。全体的には翡翠のような色をしていて、随所にレースがあしらわれている、女性らしいドレスだ。多少馴染んでいないかもしれないが、それなりに綺麗には仕上がっているはず。
にもかかわらず、ルカ王子は先ほどからずっと、私の姿を凝視し続けている。
一体何なのだろうか。
初対面の相手をこれほど凝視するというのは、珍しいこと。何かしら理由があるはずなのだが、私にはこれといった心当たりがない。無礼な発言をしてしまったということはないはずだし。失礼に値する格好をしてしまっているということも、恐らくないはずだ。
実際のところは、そんなに気にすることもないのかもしれない。
しかし、私は理由が気になる質なので、このままでは気が済まない。なのでルカ王子に直接尋ねてみることにした。
「あの。先ほどから、なぜそんなに私を見つめていらっしゃるのですか?」
第一王子ともあろう人にこんな質問をする日が来るとは。
そんなこと、夢にも思わなかった。
——いや、それ以前の問題だ。
将来国王の座に就くような人と対面することになるとは、ほんの少しさえ想像しなかった。剣士として戦場に立つだけしか能力のない私は、高貴な世界には無縁だと、そう思い込んでいたのだ。
これは、私だけに限ったことではないだろう。
モノハシカ王国においては、生まれた環境によって、出会う人は決まっているも同然だ。
貴族の令嬢として生まれたならば高い階級の人間とも出会うだろう。しかし私は平民の生まれ。決して貴族の令嬢などではない。だから、王族と関わることなど、本来あるはずがなかったのである。
「私、何かおかしいですか?」
おかしいところがあるなら、少しでも早く治した方がいい。
だから聞いてみた。
するとルカ王子は、首を左右に動かす。
「ううん。おかしくなんてないよ。ただ……」
「ただ?」
やはり何か、思うところがあるようだ。
格好か、言動か、分からない。けれど、問題があるなら直さなくてはならないだろう。だから私は、真剣に耳をすました。
「思ったより可愛くて、驚いていたんだ」
……はい?
いきなり何を言い出すのか、この王子は。
「王国内で五本の指には入る強さって聞いていたから、もっとごつごつした人かと思っていたんだ。だから、イメージと違って驚いたんだよ」
ルカ王子はそんな珍妙な発言をしながら、紅の瞳を子どものように輝かせている。その目つきは、城下町で遊んでいる子どもたちと大差ない。ルカ王子は、それほどに純粋な目をしている。
それにしても、ごつごつって。どんなイメージよ。
嫌み混じりに「私だって女の子ですー」と言いたい気分だ。
「女の人にこんなこと……ごめん。失礼だよね」
「いえ。気にしないで下さい」
謝るなら言うな、という気分である。
ただ、失礼なことを言ったと謝れるだけ、ルカ王子は立派だ。ひねくれていない善良な心を持っているということだろう。
「それじゃあフェリスさん。今日からよろしくね」
ルカ王子は深々と頭を下げる。
王国の第一王子ともあろう人に頭を下げられては、こちらも頭を下げないわけにはいかない。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私は淡々とした調子で返した。
戦場で暮らしてきた私にとって、厳かな城の空気は慣れない。
しかし、第一王子の護衛が名誉ある職であることは、私も十分に理解しているつもりだ。王子を護る、ということは、この王国の未来を護るということと同義である。
さて、これから頑張らなくては。