【22】
「これは、何かの暗号ですか……?」
フラウは石化したまま、器用に涙を流して黄昏ていた。
ハッキリ言って出番所か、お呼びでないレベルだった。
見た瞬間、頭が壊れるかと思えるまでに意味不明な文字しか書かれていない。
普通……少し位なら分かる文字があると言うか、少しでも魔導式をかじっていれば、断片的ではあるのだが書かれている内容が少しは理解出来る筈なのに……フラウの視点からすると、理解可能な魔導式が何一つ存在しない。
まるで、見た事のない他国の言語を、びっしりと書かれているだけにしか見えない意味不明さっぷりだった。
こんなのを解けるのは、変態か天才か大魔導ぐらいな物だろう。
設計云々の前に、そもそも読解する時点で匙を投げたくなる。
「ごめん……私には謎の古代文明から出土された暗号の仲間にしか見えない」
フラウは早くも頓挫して、これまた器用な事にも石化したまま四つん這いになっていた。
「そうだろう?……だから、ユニクスがやってくれるのなら、凄く助かるんだよ」
石化したフラウが、四つん這い状態でどんより雲を背負っていた中、リダがそれとなく期待の視線でユニクスを見た。
ユニクスは超高速で両手をブンブンと横に振っていた。
顔は今にも死にそうな位に真っ青だった。
「……やっぱり、私がやるしかないのか……やれやれ……面倒だな」
リダは、不貞腐れた顔になる。
物凄くかったるそうな顔になっていた。
きっと、リダからしても困難極まりない作業なのだろう。
そして、その証拠と言うばかりの内容に、フラウとユニクスも納得する。
「それじゃ、取り敢えず始めるけど……私はみかん程、魔法が得意じゃないから……かなぁぁぁり時間掛かるぞ? 数時間必要になるから、それまでに……」
そこまで答えた時、リダはハッとなる。
間もなく真剣な顔になって、近くにいた女性に顔を向けた。
そして、言うのだ。
「あんたの名前、なんて言うんだ?」
ここに来てリダは初めて悟った。
ダンジョンボスなのだろう、女性の名前を聞いていなかった事に。
取り敢えず、隕石が降るアニメの様な感動はなかった。
「……この池の名前がそのまま私の名前です、リダ様。ナナです」
女性……ナナは、にっこりと微笑みながら答えた。
早くもダンジョンに様付けで呼ばれていた。
相変わらずの無駄なカリスマ性だった。
「そうかい……んじゃ、ナナちゃん。悪いがお茶をくれ。出来れば茶菓子があるともっと良いな」
「いや……リダ、ここはダンジョンだよ? そんなのある訳が……」
しれっとお茶とお茶菓子を要求するリダがいた所で、フラウが苦笑混じりに口を開いた時、
「はいっ! すぐにお持ち致しますっ!」
ナナは即座に頷いて来た。
「あるんかいっ!」
フラウは思いきり叫んだ!
もう、絶叫レベルだった。
本当に、ダンジョンと言う場所は常識では計り知れない物があるんだな……と、珍妙な気持ちになるフラウがいたけど、余談程度にしておこう。
▲△▽△▲
「じゃあ、あとは頼むよ、ムカデ爺」
リダ達が、みかんの設計図を元に、封印の魔法陣作成に取り掛かっていた頃、カサブ池の迷宮・入口にて、旅支度を整えたカサブが陽気な笑みを穏やかに作りながら、眼前にいたムカデ爺に答えていた。
その隣にはカグがいる。
そして、みかん・ういうい・シズの三人も、その近くに立っていた。
『おお、大丈夫じゃよ。ちゃんと留守は守るから安心して行って来ると良い』
ムカデ爺は、答えてから一杯ある腕の一本を軽く揺らした。
人間で言う所の手を振っているのと同じジェスチャーなのだろう。
そうと受け取ったみかん達も、軽く手を振ってみせる。
「ムカデ爺、ありがとうでした。今度、ムカデ爺にお礼がてら何かお土産買って来るです~。楽しみに待ってて下さい」
『おお、そうかいそうかい。無理にとは言わんが、楽しみに待っておるでの。元気でな』
笑顔で答えたみかんは、そこで沢山ある足の一本と右手を握手する形を取って見せた。
巨大ムカデと人間と言う、滅多に見られない友愛の光景が生まれていた。
直後、シズもムカデ爺と握手する。
「う~!」
シズは嬉しそうに、ムカデ爺の足を握った。
そして手を離すと、やっぱり嬉しそうに手をブンブンと何回も何回も振って見せた。
クレヨンで描いた太陽が良く似合いそうな、花丸笑顔を絶やす事はなかった。
「母さん……恥ずかしいから、やめてくれないかな」
……と、隣でムカデ爺の足を握手代わりに軽く握っていたういういに軽く注意されていたけど、その笑顔は最後の最後まで、1ミリも変化する事はなかった。




