【19】
「カグ……ごめんで済むとは思ってないよ。カグが僕を許さないのなら、それはそれで良い。それだけの事を僕はやってしまったから」
「………」
「だけど……自分に都合の良い事を言ってるかも知れないけど……もう一度だけチャンスを僕にくれないだろうか?」
「………」
カグが自分の意思で面と向かってやって来た所で、カサブは初めて口を開いて来た。
カサブもカサブで、罪の意識が強すぎて、今の今までカグへと話し掛ける事をためらっていたのだ。
しかし、語り掛けて来るカサブの言葉に、カグは全く反応を示さない。
無言のままうつ向き、ただカサブの言葉を一方的に聞いているだけに終わっていた。
そんな彼女を見て、カサブの顔色も大きく変化して行く。
しばらくして、カサブは苦笑のまま答えた。
「はは……やっぱりダメだよね。ごめん、虫が良すぎたよ……忘れてくれ」
「……っ!」
カグの身体がビクンッ! と跳ねた。
諦めの言葉を吐かれた瞬間、カグは思ったのだ。
こんな事を、私は望んでいない!
確かに許せない気持ちもある。
自分より姉の忠言を選んだ悔しさがある。
けれど……だけど。
その結果、カサブに避けられてしまったのなら本末転倒だ!
「……ち、違うよ!」
無意識に声が出た。
特に意図した訳ではなく、気付いたら言葉を吐き出していた。
「何が違うんだい?……良かったら、教えてはくれないだろうか?」
「そ、その……許すも何もない事なんだよ。確かに私の言葉じゃなくて、あんな状態になっていてもヒャッカ姉の言葉を選んでたのは、今でも嫌だし……そ、そのぅ……上手くは言えないんだけど……」
カグはふためき口調で、やや捲し立てる感じの声音でカサブへと答えて行く。
「それは……僕を許してくれると言うのかい?」
「もちろん! 最初から、カサブを憎んだりとか思ってないから!」
「そうなんだね……まずは安心かな」
即答するカグに、カサブは安堵の息を吐き出してみせた。
しかし、そうなれば疑念は残る。
カサブの中では、それが一番の考えであり……全てでもある。
簡素に言うのなら、カグを殺してしまった罪の意識が強すぎて、それ以外の事に盲目になっていたのだ。
故に思う。
「なら、どうしてカグは僕を避ける様な態度を取るんだい?」
「………」
カグは無言になった。
さっきと同じ沈黙状態ではあるのだが、先程とは大幅にニュアンスが違う。
今のカグは呆れた顔になっていた。
彼女からすれば、どうしてこんな簡単な事も分からないの? と言いたくて仕方がない。
だけど、分からない方からするのなら、それは永遠の謎にも等しいのだ。
「う。ここはちゃんと自分の口でしっかりと言わないといけない事だと思う」
そこで、シズがカグへと助言に近い言葉を、それとなく口にする。
続けてシズは答えた。
「自分の中では当然であっても、他の存在まで同じって言う訳ではない。例え親しい間柄の相手であってもそうなる。時には、ちゃんと自分の口でしっかりと相手に伝えないと行けない時と言うのがあるんだ。う~!」
そこまで言うと、シズはキュピ~ン☆ と瞳を輝かせてからグッジョブして見せた。
「……そうか……そうだよね……ちゃんと言わないと行けない事だってあるんだ」
シズの助言を貰って思考を改めたカグは、そこからカサブへと顔を向けて口を開いた。
不思議と緊張感はなかった。
恐怖も消えていた。
自分でも良く分からない。
理由と言う理由は全く見当たらないが……なんとなく思った。
今のカサブは、私が知ってるカサブだ、と。
別段カサブに大きな変革が起きた事なんかないし、何処かで豹変したと言う事もない。
強いて言えば、カグを殺した時のカサブが、少し狂気的になっていた程度の事だろうか?
ともかく、この時のカサブがいたからこそ、カグの心にちょっとしたトラウマが生まれていた事だけは間違いない。
けれど、今は違う。
このトラウマから生まれた、あの時のカサブなんか欠片も存在しない。
そこにあるのは、カグも良く知ってるカサブ。
彼女の知ってるカサブは穏やかで優しくて……お人好し過ぎる事が原因で、どうにも不器用な生き方をしてしまう青年。
地味に間が抜けていて、時々頭に来る事も平然と言うけど……それでも何処か憎めない……そんな、カグの大好きな青年。
そんな、カグの中にあった追憶のカサブと今のカサブが完全なるイコール線で結ばれた時、カグの中にあった恐怖と緊張は綺麗に霧散していたのだった。




