【16】
『もうすぐ、最下層に到着するぞ』
森林地帯を抜け、再びのどかな雪山にやって来たみかん達一行は、途中にいた階層ボスらしき存在と軽い雑談をした所で三層目の階段を抜けて行く。
全くアクション性のない不思議なダンジョン攻略は、こうして佳境を向かえた。
「ありがとう、ムカデ爺。お陰で凄く助かったです~」
「そうだな、ありがとうってだけは言って置くよ」
ダンジョンの終点となる、最下層のエリアにやって来た所でムカデ爺の背中から降りたみかんとういういは、軽くお礼を言ってみせた。
「う!」
次に降りたシズが、またもや一万マール札を一枚出してからキュピーン☆ と瞳を輝かせた。
『……その下りはもうやっていると思うが、ワシにはそれなりの蓄えがあるから大丈夫じゃよ』
まさかの二回目一万マールからのキュピーン☆ をここでもやって来るとは思わなかったのだろうムカデ爺は、少しだけ困った様な声を吐き出していた。
かくして。
何回、このボケをすれば良いのかと地味に周囲の面々が思い始めた頃、みかん達の前に一人の青年がゆっくりとやって来た。
「……ひさしぶり……そして、ごめん」
例によって、途方もなく広いだけの空間からやって来た青年は、いきなり謝って見せる。
「……? 何でいきなり謝ってるんだ?」
ういういはキョトンとなった。
事情を全く知らないういういからすれば、初対面の相手が突然ごめんなさいと言っている様にしか見えなかった。
けれど、そこには自分以外の存在がいる。
特にカグは、このダンジョンはもちろん、ダンジョンの主でもある目前の青年も良く知っているのだろう。
「ちょっと、色々あったんですよ」
ついでに言えば、みかんやシズもそれなりに事情を知っていそうだった。
「また、私だけ知らないってパターンかよ……」
毎度思うが、せめて前もって教えてくれるとかないのかと思ってしまう。
そんな、微妙に不貞腐れた顔のういういがいる中、
「う?……ほら、カグ。カザブの所に行って上げなさい」
今回のメンバーの中で一番面識があるだろうカグは、シズの背中に隠れる形を取って、そこから離れようとはしなかった。
「……本当に、何があったんだよ?」
どうにも話が分からないし……そもそも話が進まない。
この珍妙な光景を前にして、ういういは再びみかんへと尋ねてみた。
「そうですねぇ……痴情のもつれ?」
「神様でも恋愛するのか?」
「それは偏見ですよ、ういういさん。どんな存在であったとしても、ちゃんと恋もすれば愛だって芽生えるです」
「へぇ……ちょっと意外だったかも」
「別に意外でもないと思うです。神話のお話だって、結構色恋に発展してる事が多いです。つまり、そう言う事なのですよ~?」
「なるほど……言われれば、そうかも知れない」
ういういは妙に納得してしまった。
そう考えるのなら、人間も神様もそこまで変わらないのかも知れない。
結局、相手を好きになるのに、神様も人間もないのだろう。
愛は全ての概念を飛び越えるのである。
「まぁ、とりま、ここはカグを見守りましょうかねぇ……今の所、みかん達が出来る事って、それ位しかないでしょ~から」
「まぁ、私は最初から良く分かってない部外者だしな……」
やや諭す感じで言うみかんに、ういういは嘆息混じりに頷いてみせた。
相変わらず蚊帳の外だったういういだが……もし事情を知っていたとしても、どの道はその場を見据える事しか出来なかったんじゃないかなと言う結論で落ち着いた。
他方、シズの後ろに引っ付いて離れないカグ。
「カグ? ここが正念場だ、う~。過去の幻影に縛られたままじゃダメだと言う事は、カグも知ってる筈。ここで勇気を出してカザブの前に行く必要がある。ここで出す勇気は、未来の自分に大きく返還される。頑張るんだ」
「……う、うん……分かってはいるんだ……でも……」
真剣な声音で語り掛けるシズに、カグは弱々しい声音を返して見せる。
きっと、本人も無意識なのだろうが……身体は震えていた。
足もガクガクと震わせており、立っている事さえやっとに見えた。
緊張と恐怖……この二つが、カグを大きく揺さぶっていた。
その時、シズはカグをキュッ……と、優しく抱き締めて見せる。
「大丈夫。もうカグを絶対に死なせない。カグは私が絶対に守って見せる。カザブだって、もうカグを殺そうとは考えていない……大丈夫。全てが上手く行く。後はカグが一握りの勇気をみんなの前で見せるだけで良い」
シズは優しく抱き締め、愛情溢れる言霊を穏和に向けた。
そんなシズが答えた台詞から分かったかも知れないが……カグがカザブに恐怖を抱いている素因は、ここにあった。
……そう。
五十年前……カグはカザブに殺されたのだ。




