【9】
『しょうがないな……今日の所は、爺さんの顔を立ててやるよ』
熊太郎さんは、面白くない顔をしつつも、ムカデ爺さんの言葉に頷いた。
『けど、シズ! お前は俺の永遠の好敵手だからな! そこだけはちゃんと覚えておけよっ!』
まるで捨てぜりふでも吐く様にしてシズに向かって叫ぶと、そのまま洞穴の方にノソノソとゆっくり帰って行った。
「どうやら、戦わなくても済みそうです」
「う~」
ちょっとだけホッとするみかんとシズの二人がいた。
前回もそうだったのだが、カグの友達でもある熊太郎さんをボコボコにするのは気が引けたのだ。
決して熊太郎さんが弱いと言うわけではないのだが、剣聖でもあるシズからすれば、もはや大きな愛玩犬にも等しい。
簡素に言うのなら、倒せるんだけど凄く後味が悪いから倒したくないと言うのが、二人の本音だった。
『さて、では奥の方に進もうかの』
ムカデ爺さんは答えてから、四人を再び自分の背中に乗せた。
そこから洞穴の先にある階段を降りて行く。
『元気でね~。暇な時は遊びにおいで。近くの川で捕れる美味しい魚を用意して上げるからね~』
熊太郎の奥さん、熊子さんが穏やかに見送ってくれた。
「うん! ありがと~! その時は私もなにかお土産もってこっちに遊びに来るね! ばいばい~!」
見送る熊子さんに、カグは満面の笑みでブンブンと両腕を使って元気一杯に手を振って見せた。
なんともアットホームなダンジョンだった。
◎○●○◎
一方、こちらはリダチーム。
普通の冒険者なら難所になる筈だったのだろう、巨大魔導人形を、出現と同時に機能停止にしてしまうと言う荒業(?)を平然とやってのけた一行は、ボスドロップの魔導人形の卵をリダの異空間アイテムボックスの中に収納した所で、二層目にやって来た。
二層目も、見る限りは上の一層目と大差はない。
やっぱり数人が通れる程度の通路があるオーソドックスな迷宮って感じだった。
「なんとも単調なダンジョンだな」
リダはちょっと退屈そうな顔になって言っていた。
「……そうですね」
ユニクスはやや肩をすくませてから頷きを返して見せる。
リダ程ではないにせよ、ユニクスもまた、思っていたのだ。
ちょっと、この迷宮は簡単過ぎると。
しかし、その後に出て来た二人の考え方だけは大きく異なった。
「はぁ……こんな退屈なダンジョン、さっさと踏破して、酒場にでも行こうぜ? ダイオーガが私を呼んでる気がする」
多分、気のせいだよと、フラウは言ってやりたかったけど、敢えて口にはしなかった。
この物語を細かく読んでくれる有り難い方なら分かる人もいるかも知れないが、ダイオーガとはコーリヤマの地酒で、リダがこよなく愛してるお酒でもある……が、余談だ。
「ここまで、人を小バカにした様な低難度を続けて来ていると言う事は、完全に私達をおちょくっているのか、はたまた最大限の油断をしている瞬間を見極めているのか……とにかく、気を引き締めて進みましょうか」
他方のユニクスは、未だにこの迷宮の難易度に疑問を持っていた。
私からすれば、その愚問を抱く貴方達の能力が疑問だよと……フラウは思いきりぼやきを入れてやりたい。
そもそも、小バカにした様な低難度と言うが、さっきの巨大魔導人形は、間違いなく常識の上で行くのなら超難度クラスの強敵だ。
決して、出現した瞬間に裏拳喰らって顔面を陥没したり、攻撃するより早く、回し蹴りを何発も喰らって機能停止に陥り……何もしないまま、独創的な漬け物石に成り果てたりはしないのだ。
極論からするのなら、この二人が余りにも馬鹿だった。
頭が馬鹿と言うわけではなく、存在その物が馬鹿げている。
少なくとも、フラウの視点からすればそうだった。
通路を進んで行くと、一層目にいた巨大魔導人形を小さくした様な者が何体か出現する。
大きさこそ小さいが、今度はボスではなく雑魚として何体も出現していた。
そこを考慮すれば、この迷宮の難易度自体が確実に上昇しているのが見て取れる。
……そう。
本当ならば、だ。
隊列は一層目と同じ構成。
前がリダで後ろがユニクスと言う並び順。
この構図が、フラウにとって軽いデジャヴになる。
理由はもう言わなくても分かるだろう。
敵の強さは格段強くなっているのに、それでも結果は最初から全然変わらないのだ。
最初は、普通の土で出来たオーソドックスな魔導人形だったのだが、今は鋼鉄で出来たとても頑丈そうな鋼鉄魔導人形に変わっている。
確実に強化されてはいるのだが、それでも全然結果が変わらないのだ。
本当、何なんだろう……?
ただ、真ん中でポツンと世界樹の杖を持つ係と言う微妙な立ち位置のフラウは、自分の存在価値について割と本気で悩んでしまった。




