【1】
静寂だけが周囲を支配していた。
カグ池のダンジョン最芯部での事だ。
カグを仲間にした一行は、ただただ広い床に巨大魔法陣を描いてから、その場を去っていた。
ゼンポー池と同様に封印の魔法陣を敷いていたのだ。
魔法陣はゼンポー池と同じく金色の光を燦々と放ちながらも、静かに佇んでいた。
ズォォッ………
空間が歪んだ。
ぐにゃりと歪んだ空間から、吐き出される様に出て来たのは……伝承の道化師だった。
「相変わらず、無駄な事が大好きだねぇ……みかんさんは。くくく」
金色の魔法陣を見て、伝承の道化師は品の無い含み笑いを作る。
そこから、前回と同じく魔法陣を見回してから、闇色の球体を魔法陣の中に投下すると、満足そうに帰って行く。
魔法陣は、また再び元の静寂に戻って行った。
●○◎○●
ホテルの一室に戻っていたリダは、室内にあった机を使って手紙の様な物を書いていた。
「……? 手紙なんて珍しいね」
手紙を書くリダに、フラウが少し意外そうな顔をする。
特に見るつもりもなかったのだが、軽く手紙を見るかぎり、かなり形式張った書き方をしている。
普段から格式や礼式と言う文字を、意図的に自分の辞書から消失させているリダからすれば、まずあり得ない代物だった。
「ま、相手が相手だからな」
リダは苦笑した。
「?………と、言うと?」
「今回の宛先は、ニイガ王家のルミ姫様宛だ」
「ああ……そうなるのね」
フラウはやや納得する声音を吐き出す。
普段はただの同級生で、一緒に学食のパンを校内の中庭で食べながら、至って他愛の無いおしゃべりに華を咲かせる日常をしていると、つい忘れガチになってしまうが、ルミはれっきとしたお姫様なのだ。
他方、不思議でもある。
わざわざルミに形式張った書き方までして手紙を書く必要があるのだろうか?
ふと、素朴な疑問がフラウの中に生まれた所で、リダがその答えを口にした。
「カオス・ドラゴンが魔法使いによって正気を失った……とか、言ってたろ? 多分、私の予測が間違っていないのなら、ニイガの魔導書に開封可能な魔導式が載ってる筈なんだ」
「ああ、そか。ニイガは魔導大国だからね」
二人のクラスメートに当たるルミ姫様は、このニイガ王国の姫様なのだが、そんなルミが寮生として生活していた個室に、ニイガ魔導全集が当然の様に保管されていた。
棚にあるのだ。
ニイガの機密事項すら当然の様に書いてある、魔導書の全集が。
なんとも非常識で無防備極まる保管の仕方なのだが、この無防備さのお陰でリダはニイガの魔導書を暇潰しがてら読んでいたのだ。
余談だが、言えば貸してもくれる。
本当にあのお姫様はアホなんじゃないだろうか?
それはさておき。
「その魔法使いが使った術に似た魔導式も実は載っててな? 一回、暇潰しに公式を覚えて、自分なりの魔導式に変換したり代入して見たり、色々やってた時があったんだ」
「……うん、流石はリダ。無駄に天才過ぎて引く」
「引くんじゃないよ!……まぁ、そこは置いとけ。それで、だ? 恐らく開封法も間違ってはいないとは思うんだけど、念の為に間違ってないか確認したいから、その魔導式が載ってるページだけ、コピーするなり何なりして、ちょっと読ませてくれないかって話しをここに書いてた」
「そう言う事か」
フラウは納得した。
そして、思う。
これだけの事をあっけらかんと当然の様にこなしていると言うのに、それでも魔法は苦手分野だとかのたまうこの会長様をいつかギャフンと言わせてやりたいな、と。
「くそぅ……リダは神様に祝福され過ぎてると思う……」
スゴく悔しそうにジト目で見るフラウがいた。
リダは苦笑しか出来なかった。
「まぁ、そう慌てるなよ。私だってフラウ位の時は、大した事は出来なかったし、むしろお前の方が優秀だと思うしな」
苦笑しながら、リダは胸中で十五歳前後の自分を思い出す。
バカで力自慢ばっかしてた、とっても男っ気のないやんちゃな少女時代が脳裏に浮かんだ。
……見事に灰色の暗黒時代だった。
考えるんじゃなかったと、少し後悔した。
「とにかく、今のお前は焦り過ぎだ。成長なんか一朝一夕でポンポン出来る物じゃない。リダさんは一日にしてならずだ」
「ぶ~。わかってますよ~だ」
フラウはちょっとだけつまらない顔しつつ、でもほんのり笑ってから、室内のソファに寄り掛かった。
余談だが、リダとフラウ、そしてユニクスの三人は同じ部屋だった。
今は外出していたが、時期にユニクスも部屋にやって来るだろう。




