【4】
「後で文句言ってやる、う~!」
他方のシズはお冠。
まぁ、シズの場合、自分の部下が親友に対して失礼な態度を取っている事の恥ずかしさと怒りを覚えていたのかも知れない。
「大丈夫ですよ~。みかんさん慣れっこですから~」
にっこり笑ったあと、直ぐにパタパタと走りながら八番カウンターに向かった。
「すいませ~ん! 遅れましたぁ~!」
「本当に遅いですよ! 後もう少し遅かったら本気で打ち切るつもりでしたから」
「申し訳ないです~」
みかんは何回も頭を下げた。
そこでシズが怒りマークを額に付けたまま、むっすぅ~っ! とやって来る。
「……どうしました?」
カウンターの女性は、少しだけたじろぐ様な仕草をして見せる。
「お前、名前は?」
「そう言う貴方は? 普通、名前を聞くのなら、先に名乗るのが礼儀なのでは?」
イライラした形相のまま言うシズに、カウンターの女性はしれっと言って見せた。
さっきも述べたが、ここは荒くれ者が根本的に多い人間が行き来する場所だ。
故に、カウンターの人間も相応の気丈さがないと、仕事にならないのである。
だが、しかし。
今回ばかりは……相手が悪すぎた。
シズは、自分の冒険者カードをカウンターの女性に渡し、そして言った。
「自分の上司の顔と名前くらいちゃんと覚えておけ……査定に響くぞ?」
カウンターの女性がまもなく卒倒しそうな程に顔面を蒼白にさせていたのだが、余談である。
▲△▽△▲
コンコンコン
ドアをノックする音がした。
「はい、どなた?」
そろそろ良い時間だし、昨日は会議が長引いて遅くなってしまったから、今日は定時で帰りたいんだけどなぁ……とか、思いつつも彼女は口を開いた。
自分の仕事部屋でもあるコーリヤマ支部の支部長室にいた彼女は、そのまま冒険者協会の支部長をしている者だ。
名前はチョッコ・レイト。
良く腹黒いと周囲から言われるが、実は心優しい二十六歳だ。
その若さで支部長を務めるだけあり、冒険者としての腕前も去ることながら、人の上に立つカリスマ性もある。
でも、腹黒いと有名だ。
ガチャッ!
「う~」
ドアを開けて直ぐに、聞きなれた声が聞こえた。
「あら? 会長ではありませんか。今日はどうなされました?」
内心で、ああ今日も残業か……定時で帰りたかったなぁ……とか思っていたけど、おくびも見せなかった。
やっぱりどこか腹黒いのかも知れない。
程なくして、シズを先頭にみかんとういういの二人も支部長室へと入って来る。
「……? そちらのお二方は?」
見た事のない顔だな……誰だろう?
ふと、小首を傾げる。
「親友のみかんさんと、娘のういういだ、う~」
「あら、そうでしたか」
チョッコは一応の頷きを返す。
反面で謎もある。
この二人がここに来る必要があったのだろうか?
しかしながら、シズと言う人間はチョッコもそれなりに知っている。
きっと、そこにはチョッコの予想の斜め上を行く理由があるに違いない。
「所で、そのお二方も含め、私にどの様なご用件でしょう?」
下らない用件なら、明日にしてほしいなぁ……もうすぐ仕事終わりだし。
……とか、やっぱり思っていたけど、胸の中にしっかり封印していた。
「実は、とんでもない事が起こったのだ、う~」
「とんでもない事?」
チョッコの眉がよじれた。
今一つ、言いたい事が分からない。
「う~………ううううぅ………」
そこから、何故かシズが唸り始めた。
ハッキリ言って意味不明だった。
そして、次に出た言葉は、
「つまり、そう言う事」
更に意味不明だった。
「あ、あのぅ……サッパリ分からないのですが……」
本当、この人の言語能力は時々、ゴブリンレベルまで落ちてしまうから心底困る。
下手したら、まだゴブリンの方がちゃんとした意思疏通が出来るかも知れない。
「カオス・ドラゴンです」
思わぬ所から声がしたと、チョッコは少しだけ意表を突かれた。
見ると、茜色の髪を短く纏めていた女性……みかんがチョッコに愛想の良い笑みを見せていた。
しかし、その愛想の良い顔とは裏腹に、答えた台詞は穏やかではなかった。
「支部長さんはご存じか分からないのですが……実は、この街にある五大池には、大きなダンジョンが存在しているのです」
「………え?」
密かに初耳だった。
「う~。そうか……チョッコはまだ知らないのか」
シズは納得混じりに言った。




