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野球×幼なじみ×マネージメント=?

作者: 春音優月

 きっと、私は、その答えが知りたかったんだ。 




「髪の毛切ったの?」


 コンビニにお菓子でも買いに行こうと家を出ると、ちょうど帰ってきたところの大輝にバッタリと会って、声をかける。自転車をしまいながら、私と同じ高校の学ランを着ている大輝の頭は、ずいぶんさっぱりしてしまっていた。

 今朝入学式の前に見かけた時は、もう少し長かったのに。昔から知っている幼なじみの見慣れない坊主頭。思わず凝視してしまうと、そんな見んなよと大輝は照れくさそうに視線を反らす。


「ああ、さっきな。学校帰りに切ってきた。

野球部に入りたいなら坊主にしてこいって言われたから」 


「へぇー......、今日入学式があったばっかりなのに、もう練習に行ったんだね」


 うちの高校は、文武両道がモットーとかで一年生のうちは全員どこかの部活に入らないといけない。それは私も知ってるけど、まだ体験入部も始まってないのにずいぶん気の早い大輝に驚くと、大輝はニカッと大きな口を開けて笑った。


「推薦のやつらは春休みから一緒に練習やらせてもらってるからな。俺も早く追いつかないと」

 

 白い歯を見せて楽しそうに笑う大輝の目は、何も迷いがないようで一点の曇りもない。大輝は子どもの頃から野球が好きで、小学校も中学校でも野球部だった。でも......。 

 

「ねえ、本当に野球部に入るの?

中学までよりもずっと厳しいんだよね?怖い先輩だってたくさんいるし、休みも全然ないのに」


 うちの高校の野球部は、県内ではそれなりに強いところとして名前が知られているけど、まだ甲子園にいったことはない。甲子園にいけてもいけなくても、他の部活よりもずっと厳しくて練習時間が長いことは有名だ。だから、野球部に入れば勉強する時間だって減るし、たぶん遊ぶ時間だってほとんどなくなる。

 それだけがんばっても、中学までよりもレギュラーをとるのがずっと難しいって噂なのに......。

 

「好きだから」


 大好きな野球を続ける以前に、大変そうなことばっかりで、正直なんだか大変そうだなぁとしか感想を抱かなかったのに。たった一言でそれを片付けてしまった大輝に衝撃を受けた。

 ただ能天気なだけかもしれないけど、それだけ夢中になれるものがある大輝がキラキラして見える。そこまで夢中になれるものが何もない私よりも、ずっとずっと先を歩いているように見えた。


 大輝はいつも、こうだ。いつも、いつも。

 

 大輝とは、生まれた時からお隣さんで、小さな頃からずっと一緒だった。小学校も中学校も一緒で、頭の出来も似たようなもので高校まで一緒になった。

 小学生の頃にはよく一緒に遊んだけど、だんだんそれぞれ同性の友達といるようになって、中学に上がる頃には一緒に遊ぶことはほとんどなくなったけど、それでもお隣さんだということは変わらなくて、二人で一緒に大人になってきた。


 それなのに、気づいたらいつも先を歩いてる。  

 追いつけないくらい、私より前を歩いてる。  


 大輝がすごくキラキラして見えたと同時に、なんだかすごく、くやしかった。

 


◇◇◇



 目立つことも、大きい声を出すことも苦手。

 考えただけで足が震える。目立たないように、地味に、無難に生きていきたい。


 それなのに、私は今、ストップウォッチを持ってグラウンドに立ち、大きな声でみんなに時間を知らせていた。

 声が震える。こんなに大きな声を出したのなんて生まれて初めてで、自然と顔が熱くなる。恥ずかしくて、仕方ない。


 休みが多くてあまり厳しくない部活に入ろうと思っていたのに、なぜか私は体験入部が始まった途端に野球部に入部届けを出していた。自分でも不思議だけど、野球部に入らないと後悔する気がしたんだ。


「未紀もそんな大きい声出せたんだな」


「練習中におしゃべりしてたら監督に怒られるよ」


 グローブを持って球拾いをしていた大輝がこちらを振り返って、楽しそうに笑う。苦笑いを返すと、さっと真剣な顔に戻り、私よりもずっとずっと大きな声を出して、グローブを構えた。


 大輝は、本当に野球が好きなんだな。  

 大輝が小さな頃から野球を好きなのはもちろん知ってたけど、マネージャーになって練習中の大輝を見ると、改めてそう感じた。


 どんなに練習が厳しくても、推薦組の人たちと扱いが違っても、どれだけ監督や先輩たちに怒られても、それでも一日も休まずグラウンドに立つ。まだ真新しい高校のユニフォームに身を包み、真剣な顔で白球を追いかける。いつかレギュラーをとるんだとキラキラした顔で語り、絶対にあきらめない。


 私は、特別野球が好きなわけでもないし、がんばってるみんなを支えたいとか、そんな立派な理由があったわけじゃない。


 ただ、そのキラキラの正体が知りたかったんだ。

 好きだから、の一言で片付けられるほど、何かに夢中になれる大輝が羨ましかったのかもしれない。なんとなくだけど、野球部に入れば、私にもきっと何かが見つかるような気がしたんだ。

 


◇◇◇  


  

 三年生が引退して、初めての夏。

 練習が終わってから、マネージャーも含め一年生だけで近所のお祭りに行くことになった。

  

 あれ?みんなは?

 チョコバナナを買おうとして、列に並んでいたら、いつのまにか、みんなの姿が見えない。さっきまでみんな焼きそばやたこ焼き買ったり、そこにいたんだけど......。混んでるし、はぐれちゃったのかな。まだ近くにいたらいいけど......。

 

 どうしよう。とりあえずチョコバナナを買う列から外れ、キョロキョロしていると、後ろからぽんと肩をたたかれた。

 

「未紀?未紀もはぐれたの?」 


 振り向くと、そこにいたのはチョコバナナを持った大輝だった。しかも、ピンクのチョコがかかったのと普通のチョコがかかったのと、なぜか二本も持っている。


「も、って大輝もはぐれたの?」


 肩をすくめた大輝に苦笑いで返されて、どうしようと視線を合わせた。


「とりあえず、これ食べてからあいつら探すか」


 こっち未紀の分、とピンクの方を渡されて、とっさに受け取ってしまったけど......。これ、私の分だったの?

 

「ありがとう?私の分まで買ってくれたの?」


「未紀は祭りにくると、いつもこれ買うだろ?」


 当然のことのように言われたけど、大輝がそれを覚えてくれていたことが正直意外だった。だって、大輝と一緒にお祭りに行ってたのって小学生ぐらいまでのことだし......。

 小さい時は毎年家族ぐるみで一緒にきてたけど、たしか、もう小学校高学年の頃にはそれぞれ友だちと行ってた。だから、大輝と一緒にお祭りにくるのはずいぶん久しぶりになる。それなのに、覚えていてくれてたんだ......。


「そういえば、浴衣着たんだな。未紀が浴衣着たところ、久しぶりに見る気がする」


 屋台があるところから少し離れた石段に座り、二人でチョコバナナを食べていると、ふと視線があってそんなことを言われた。


「え?うん。何?変だった?」


 そういえば、浴衣着るのずいぶん久しぶりだな。

 小さい頃はお母さんが浴衣を着せてくれていたけど、自分で友だちと行くようになってからは、普通の服で行っていた。そっちの方が動きやすいし、友だちも私服だったし。


 でも今年は、他のマネージャーの子も浴衣で行くって言ってたし、家にちょうどお母さんが昔着てた浴衣があったから、なんとなく着てみた。赤い蝶のついた濃い紺地の浴衣。それに合わせて、髪も編み込みしてまとめてきたけど、......変だったかな?

 普段は制服か部活の時のジャージだし、髪だってひとつに結ぶくらいで、凝ったアレンジなんてほとんどしない。大輝の微妙な態度に、なにか変だったのかと急に心配になってきた。

  

「いや......、似合ってるよ」


「あ、ありがとう......」


 こちらをチラチラ見ながら照れくさそうに言われた言葉に、こっちまで恥ずかしくなってきた。もっと普通に言ってくれたらいいのに、なんか......変な感じ。大輝だって浴衣は着てないけど、ユニフォームでも制服でもない私服だ。最近ほとんど野球をする大輝しか見てないから、いつもと違う大輝の外見と態度に、妙にソワソワする。大輝が買ってくれた甘い甘いピンクのチョコバナナはとっくに食べ終えてしまって、手持ちぶさた。


 昔からよく知ってる大輝のはずなのに、今日の大輝は少しいつもと違って、なぜか緊張してしまう。この妙な空気を変えようと必死で話題を探していたら、私よりも先に大輝が口を開いた。


「そ、そういえば、さっき、バスケ部の安藤と三谷さんいたよな。付き合ってるのかな?」


「そう、なのかな?仲良さそうだったし、付き合ってるのかもしれないね」


 ここに着いて早々に、手を繋いでいる二人を見かけた。一人は中学から同じで私も知ってるし、もう一人の方も顔だけは知っている。他にも何人か男女できている知り合いを見かけたし、実際に付き合ってる人たちもいるのかもしれない。


 中学の時には付き合ってる人たちなんてほとんどいなかったのに、高校に入ってからは、急に周りにカップルが増えた。付き合うまではいかなくてもいい感じの雰囲気の人や、好きな人がいる子は多いみたい。中学の時は一緒にアイドルの話で盛り上がってたのに、いつのまにかみんな身近に彼氏や好きな人作ったりしてる。なんだか置いていかれたようで、少しさみしい。


「未紀は好きなやつとかいないの?

今までそういう話一回も聞いたことないけど、さすがに全くいなかったってことはないよな?」


 そんなことを考えていると、急に話をふられて、心臓がドキリとした。大輝とは色んなことを話すし、何でも話せる幼なじみで友だちだけど、こういう系の話は一度もしたことがなかったから。


「え?うーん......、いいなと思う人くらいはいたけど、好きとまではいかないかなぁ。大輝以外の男子とは、部活のこと以外ほとんど喋らないし......」


 もちろん友だちと恋愛系の話もすることはあるし、なんとなくかっこいいなと思う男子の名前を挙げたこともある。好きな人や彼氏の話を楽しそうに話す友だちは可愛いと思うし、少しだけうらやましく思ったりもするけど、好きな人とまで言われると、そこまでの気持ちになった人はいない。

 今は部活ばっかりだから、どっちみち好きな人ができても恋愛する時間もないだろうけど、高校生にもなって初恋もまだな自分はたまに空しくなる。彼氏とまではいかなくても、恋ぐらいはしてみたいな。どんな感じなんだろう......。


「未紀らしいな」


「どういう意味?」


 まじめに答えたのに、おかしそうに吹き出されて、ちょっとムッとしてしまった。意味も分からないし、だいたい大輝の方だってそういう系の話を聞いたことがない。


「......大輝の方こそどうなの?」


「え?」


「だから、好きな人とかいるの?」


 大輝に好きな人とか、いずれは彼女とかできたら......。そしたら、今みたいに二人で話したりもあんまりできなくなるよね。それはちょっと、さみしいかもしれない。嫌かもしれない。友だちなら祝福してあげるべきなんだろうけど、想像したら複雑な気持ちになってしまってモヤモヤしてきた。

 いるのかな、好きな人。知りたいようで、知りたくない。自分から聞いといて、答えを聞くのがなぜか怖くなって、うつむいてしまった。だから、大輝がどんな顔をしているのか分からなかった。


「俺は......、......今は部活で精一杯だから。

恋愛は特にいいや」


 なぜか異様に長い間があった後、ようやく大輝は質問に答えた。顔をあげると苦笑いしている大輝と目が合う。


「なんだ。大輝も私と似たようなものなんだ」


「だな」  


 苦笑している大輝と目を合わせて笑い合う。拍子抜けしたけど、なんだかすごくほっとした。


 いずれその時がきたら、大輝に好きな人ができたら、ちゃんと祝福して距離を置かなければいけないことは分かってる。だけど、今はまだ、もう少しだけこのままでいたい。この心地よくて気兼ねない関係のまま、たわいもない話で笑いあっていたい。もう少し、もう少しだけ、このままで。


 それから、ほんの少しの時間だったかもしれないけど、大輝とたくさんのことを話した。学校や授業のこと、お互いのクラスの友だちのこと、共通の先生のこと、それから、野球のこと。

 大輝は、推薦組ではないけど、高校に入ってからも、すごくがんばってるし伸びてきている。それでも、推薦組やまだ二年生の先輩もいるし、レギュラーに選ばれることはすごくすごく難しいことだけど、大輝はあきらめてない。絶対にいつかレギュラーになって、そして甲子園にいきたいってキラキラした目で語ってる。

 楽しそうに野球のことを話す大輝の話を、私もうんうんと相づちを打ちながら聞いた。やっぱり大輝は野球の話をしている時が一番楽しそうだな。一番、良いな。野球部のマネージャーになってから、昔よりも野球のことにくわしくなって、前よりも大輝の話にもついていけるようになった。それがすごく楽しいし、嬉しい。


 そんなことを話していると、ふいに着信の音がなって、大輝がポケットからスマホを取り出した。大輝がそれを操作すると、うすぐらい闇の中で、スマホの画面の光がやけにまぶしく感じる。


「入り口の近くにいるけど、どこいるのか?って」


 大輝はしばらくスマホをいじってから、みんなとのトーク画面を見せてきた。サイレントモードにしてたから全然気づかなかったけど、私のスマホにも着信があったみたい。

 

 すっかり話に夢中になってしまったけど、そういえば私たち、みんなからはぐれたんだった。合流しないといけないよね。もう少し話していたかったな......。

 大輝と話すことなんていつでもできるはずなのに、この時間が終わってしまうのが残念だと思っている自分に驚いて、その気持ちを隠すようにあわてて言葉を絞り出す。


「あんまり待たせたら悪いし、いこっか」


 そうだなと先に立ち上がった大輝は、いこうとさりげなく私の方に手を差し出す。その手をそのまま握って立ち上がった。


 なんとなく握っちゃったけど、これ、いつまでこのままなんだろう......。石段を一段ずつおりて、降り終わった後も繋いだままの手をどうするべきか迷う。


 私よりも体温の高い大輝の手。その手はまめのつぶれた跡がたくさんあって、しっかり練習をしている手だった。小さな頃よりも、ずいぶんと力強くなって、大きくなった手。大輝の手って、いつのまにこんなに大きくなったの......?昔とは全然違う。

 昔から知っている大輝だけど、そうじゃないみたい。なんだかよくわからないけど、急に大輝も異性なんだと意識してしまって、心臓の音がうるさくなってきた。


 小さな頃は何度も手を繋いだし、大輝とはもう姉弟みたいなもの。今さら意識する必要なんて全然ないはずなのに、意識し始めたら止まらなくなってしまう。繋いだ手が異様に熱くて、変な汗までかいてきた。

 

 耐えきれなくなって、ついに手をパッと離してしまった。


「み、みんなに見られたら、からかわれるから」


 ふ、不自然だったかな。変に思われたかな。

 今さら大輝のことを意識するなんて絶対変なのに。

 でも、緊張し過ぎて、心臓の音が大輝にまで聞こえそうだったんだよ。


 必死に言い訳を考えて、早口でそれを言葉にする。

 

「......たしかに。あいつらに見られたら何言われるか分かんねーよな。俺らただの幼なじみなのに」


 いきなり手を離したからか、大輝は一瞬目を丸くしたけど、すぐに納得したように前を向いて歩き出す。


 ......ただの、幼なじみ。


 なん、だろう。大輝の言う通りなのに。私たちは幼なじみで、それ以上でも以下でもない。それなのに、何で今一瞬嫌だと思ってしまったの?何でこんなにさみしい気持ちにならないといけないの?


 自分で自分の気持ちがわからない。

 ぐっと唇をかみしめてから、少し先を歩く大輝の後を追いかける。  


 手を離したのは私の方だったのに、離れていった手がなぜか寂しくて、ただの幼なじみだと言われたことがやけに耳に残った。

 


◇◇◇

 


 その日は、痛いくらいに日差しが強くて、熱い、熱い夏の日だった。私たちの最後の大会は、去年までと同じくあと一歩というところで甲子園まで届かず、地方の決勝戦で敗退となった。


 クールな後輩も生真面目な後輩も、大輝といつも一緒にいる同級生も、もちろん大輝も、この日ばかりは顔も隠さずに、ボロボロ涙を流していた。


 これで、終わったんだ。終わっちゃったんだ。

 みんな最後まであきらめてなくて最後の最後まで逆転を信じていたけれど、最後はなんだかあっけなく終わってしまった。だから、なんとなくまだ信じられない。これで、もう「引退」なんだって。


 それでも、対戦校の校歌を聞きながら涙を流すみんなの姿を見ていると、なんだか熱いものがこみ上げてきて、ほんの少しだけ涙ぐむ。


 他の子たちが遊んだりしてる時間に毎日毎日、グラウンドで泥だらけになって、何でこんなことしてるんだろうって思ったけど、ようやくその理由が分かった気がした。

 

 ううん、本当は......、ずっと前から分かってたのかもしれない。もしも夢が叶わなかったとしても、何かに夢中になることは無駄なことなんかじゃないって。


 だって、試合に出てなかった私も、いま、こんなにも胸が苦しい。みんなが、自分が、どれだけひとつのことに打ち込んでいたのかを知ってるから。

 

 絶対に、無駄なんかじゃなかった。

 


 後片付けが終わってから、キャプテンの大輝と一緒に、千羽鶴を対戦校に渡しにいく。みんなで一緒に作った千羽鶴。今まで対戦してきた相手から受け渡され千羽以上になったものを、向こうのキャプテンに託す。私たちは甲子園に行けないけど、この鶴たちと一緒に、思いだけは連れていってもらえる。

 

 試合が終わった直後はあれだけ号泣してたのに、対戦校のキャプテンと笑顔で握手をかわす大輝の横顔には、少しも後悔なんかなかった。


   

◇◇◇



 部活を引退し、受験真っ只中の高校最後の秋。


 授業後に図書館で勉強してから家に帰ると、引退したはずの野球部のカバンを背負った大輝とはちあわせた。もうすぐ冬になるのに、まだこんがり焼けたままの大輝。息抜きのレベルを越えて、しょっちゅう部活に顔を出してるみたいだけど、勉強は大丈夫なのか心配になる。就職するなら別だけど、ほとんどの人が進学に向けて毎日勉強してるのに。


「また部活に顔出してたの?大輝、勉強は大丈夫?」


「俺、推薦決まりそう。スポーツ推薦でって誘ってくれてるとこがあるんだ。ここからは離れることになるけど、野球続けたいし、行こうと思う」


「え!すごい、よかったね!おめでとう」

 

 大輝が誘われてるという大学は確かにここから通うのは難しい距離だから、もしも入学するなら下宿しかない。ずっと野球をがんばってきた大輝がそれを認められたのは、もちろん私も嬉しい。だから、すぐに私も一緒に喜んだけど、次に生まれてきたのは、祝福とは別の気持ちだった。


 大輝が、ここを離れる。

 生まれた時からずっと一緒だった大輝が、遠くに行っちゃうんだ......。祝福してあげなきゃいけないのに、こんなのただのワガママでしかないけど、さみしい。大輝が遠くに行ってしまうのは、さみしい。


 物理的にだけじゃなくて、すでに進路を決めた大輝とまだ決まらない私とではあまりにも差を感じて、余計にさみしくてつらい。


「どうかした?」


 思わずうつむいてしまった私の顔をのぞきこんできた大輝に、あわてて笑顔を作る。


「......ううん、大輝はすごいなと思って。

私も一応大学に進学する予定だけど、特にやりたいことがあるわけでもないし......。大輝はいつもしっかり結果を出すけど、私は相変わらず何もないもん」


 野球部のマネージャーを続けたことは後悔してないし、充実した三年間だったと思う。入って良かったとは思っている。 

 だけど、小さな頃から好きな野球を続けて、大学までしっかりと道を繋げた大輝とは違って、相変わらず私は空っぽだ。あんなに必死だった三年間が嘘みたいに、部活を引退してしまえば、何もない空っぽのまま。


 特にやりたいことがあるわけでもないし、はっきりとした進路も決まってない。とりあえずみんな行くし、親が行けって言うから、大学受験するだけ。それだけ。


 好きなことを続けて、しかもしっかり結果を出した大輝に比べて、なんだか自分がすごく情けなく思えた。


「そうか?俺は未紀の方がずっとすごいと思ってたけど。

試合に出れるわけでもないのに、一日も休まずに毎日がんばってた。しんどい時もあっただろうに、それってすごいことだと思う。小さい時から、未紀は一度始めたら絶対最後まで続けるよな」

 

 小学生の時の観察日記とか、何とかクラブの当番とか。

 そう言われて、ほとんどの人が飽きてやらなくなったようなことも、律儀に最後までやっていたことを思い出す。 


「でもそれって、やれって言われたからやってただけで、自分から進んでやってたわけじゃなかった。誰かに評価されるわけでもないのに、要領が悪いだけなんだよ」


 自主性がない。あなたは、本当は何がやりたいの?

 先生や親にいつもそう言われるけど、私はいつも答えに困ってしまう。だって、やりたいことなんて何もないから。


 昔から何かを決めることが苦手だった。

 誰かに決めてもらわないと、自分の進むべき道も分からない。情けないな......。


 だから、いつも自分で道を見つけることのできる大輝がうらやましくて、そうできない自分がくやしかったのかもしれない。きっと、そうだ。


「そんなのわかんねーじゃん。少なくとも俺は見てる。

やりたくもないことを続けれる方が逆にすごくね?俺は無理だ」

 

 真顔でそう言った大輝に、自然と涙がこみ上げてきて、気づいたらボロボロと涙を流していた。


 大輝の言葉は魔法みたいだ。心にすっと溶け込んで、そこに明かりを灯してくれる。誰かと比べる必要なんてなくて、私のままでいいんだと自然に思わせてくれる。


「何で泣くんだよ!?何か悪いこと言った?」  


 無言で涙を流していると、大輝が急に百面相しながらワタワタとあわてはじめる。それがおかしくて、泣きながらも声を出して笑ってしまった。泣き笑いしている私を見て大輝はますます混乱していて。悪いとは思ったけど、涙も笑い声もどっちもなかなか止まらなくて、結局落ち着くまでしばらくそのままだった。



「まだ進路決まってないなら、良かったら未紀も俺と同じ大学目指さない?スポーツ系以外にも色んな学部があるんだ」


「あ、うん、それは知ってるけど......。何で?

確かに大輝と一緒だったら、心強いけど......」  


 ようやく泣き止んだ私に、おだやかな声でそう言った大輝に首をかしげる。幼なじみだからって、大学まで一緒ってどうなんだろう。一緒の大学だったら楽しいだろうし、別に特に深い意味はないかもしれないけど......。


「好きだから」

 

 色々考えていたのがバカらしくなるくらいに、大輝の答えはシンプルなものだった。それでいて、そのたった一言は私の心を揺さぶって、それからストンと心のあるべき場所に落ちた。

 そっか、私は......。そうだったら、今までのモヤモヤした気持ちも妙に胸が騒ぐあの気持ちも全部納得できる。  


「うん。私も、好き」

  

 真剣な大輝の目に促されるように、気づいたらそう答えていた。普段の私からは信じられないくらい、少しも迷わなかった。

 野球部に入部した時みたいに、自然と体が動いていたんだ。


「え?マジで?」


 目をまるくした大輝にうんと頷くと、大輝は照れたようにそっかと笑った。


 大輝に言われたから気づくなんて遅すぎだけど、私は大輝のことが好きだったんだ。近くにいすぎて気づかなかっただけで、きっとずっと前から好きだった。

 だから、あんなにも大輝が輝いて見えて、いつも先をいってしまう大輝に悔しさを感じたんだ。

  

 自分で気づくより先に告白されてしまうなんて、相変わらず大輝は、いつもいつも私の先をいってしまう。でも......。

 いつも追いつけないくらい先にいると思ってたけど、本当は待っててくれたんだね。


「だから、これからも一緒にいられたら嬉しい」


 大学のことはまだ分からないけど、大輝とはずっと一緒にいられたら嬉しい。これからはただの幼なじみじゃなくて、もっと別の関係になれたら嬉しい。


 そう思ったから、勇気を出して、そう言ったんだ。

 

    

          おしまい。








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