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万能の爺  作者: ヤブドラゴン
6/7

旅立ち

___バラバラ。ヴォイツェフが?何をした?どうする?逃げる?



散乱したヴォイツェフだった物を前にして、藪は頭の整理が追い付かずに考えが堂々巡りしていた。



「星が見える」



善が他人事のように呟く。

あまりにも悪びれない発言だが、善がいなければ殺されていたかもしれない。

ヴォイツェフは落石が善の仕業だと言い、善もそれを認める発言をした。

真偽を確かめる術を持たない藪が何を言おうと何もできなかったのは事実。その事実と、善に何を言っても焼け石に水という過去の経験が藪の爆発を抑えた。



そして怒りを抑えた要因がもうひとつ…藪には2つ気掛かりがあった。



1つ目はヴォイツェフを吹き飛ばす直前の善の様子



少なくとも藪が知っている善ではなかった。

違う人格に切り替わったかのような…それともあれが本来の善なのか、、認知症になる以前の善を知らない藪には知る由も無いが、声からすでに別人のように感じたのは間違いない。




2つ目はヴォイツェフの言っていた魔族は遭難者だという話。




魔族が藪たち遭難者と同じ現れ方をするから…というのがヴォイツェフ主張だが、その点については藪自身よくわかっていなかった。


気が付いたら森の中。ヒントがあるとすればこの世界に飛ばされる前、藪達を吸い込んだ黒い球体と、善が度々口ずさんでいたにも関わらず、この世界に来てから全く発しなくなった『俺は待っている』という言葉。


何から考えるにしても情報が無さすぎるため現時点では何かしらの確証を得ることは不可能に近い。



だがヴォイツェフがあの状況で根拠の無い嘘を付くとも思えなかった。



「俺達以外の遭難者に会って情報を集めるしか無い…」



藪は月に照らされ淡く光る血溜まりを見つめる。



弟を失った悲しみというのはこうも大きいものか。元の世界にいる自分の家族は突如消えた自分に何を感じているのか…



そこで考えるのを止めた。



「…」



藪はヴォイツェフが愛用していた剣を拾う。

柄の部分にエルエス・バフーンと彫られていた事から察するに二人からの贈り物だったのだろうか…

年季の割に手入れの行き届いた刃を見ると何倍もの重さを感じた。



「善さん。1つ約束しよう」



「なんや?」



「人殺しは2度としないって」



「…」



善は何も答えなかった。その沈黙をYesと取るか、Noと取るか…

長い間付き合ってきた藪には分かる。

善が目を反らしながら、しきりに身体を揺らすのは居心地が悪い証拠。

つまり望まぬ要望を藪が突きつけたということ。



つまり答えはNoだ。



「手綱を引かないといけないんだ…俺が」



善は進む方向次第で善にも悪にもなる。

善の進路を変えられる可能性が自分にしかないのならやるしかない。



ヴォイツェフの剣を握りしめて覚悟を決めた

『神の手綱』を引く覚悟を






___________________________________________________________________





「エルエスに何て話せばいいんだ…」



藪は噛み殺し祭りの玄関から一歩も踏み出せずにいた。

そのまま話すということも考えたが、そうするとエルエスは善に報復をと考えるかもしれない。



善が自分に対して向けられる敵意にどれだけ寛容でいられるか未知数な以上それはできない。

いや、ライオネルの時やヴォイツェフの時を考えると善が危害を加えるのは自身の身が危険に晒された時だけ。つまりは全て防衛本能による攻撃だと考えていい。

ありのままを話すというのはありえない。



「かといって嘘を付くにしてもどう説明する…?」



死人に口無しの言葉通り、ヴォイツェフの名誉を傷付けて話を捏造するという手もある。

しかし、藪もそこまで非情にはなりきれなかった。



「情…湧いてたのかもな。」



ヴォイツェフの剣を握りしめる。

主の血を浴びた剣は何を思っているのか、棘が生えている訳でもないのにチクチクと持ち手が痛んだ。



「やっぱり正直に話そう。」



そう決意した時、見えない棘は消え去った。

諦めと共に扉を開けようとした時、違和感に気付く。




生肉を腐らせたように不快な臭いが立ち込めている

そしてそれは宿に近付くにつれ濃厚なものになっていると気が付いた。



「あの強面店主…変な料理でも作ってるんじゃないだろうな。」



「それは君の勘違いだよ。薮くん」



薮の独り言にテーブルで食事をしていた少女が返事をする。

フォークを置いた少女は立ち上がり藪に向き直り少しだけ微笑んだ。



「エルエス?」



「私に何か言うことがあるんじゃないかな?藪くん?」



「…エルエス…だよな?」



姿形は間違いなくエルエスだが、雰囲気があまりにも違いすぎる。



「ふむ…君は2つ勘違いをしている。まず、エルエスなんて人間は存在しない。あれは僕を写す僅かな水面に過ぎない。そして、ここの店主の料理はどれも美味だよ。」



少女は上品な振る舞いから一転してフォークで突き刺して生肉を噛みちぎる。



「誰だ…アンタ」



「分かるはずだけど?…それにしても君たち……ならず者の極みだね、随分暴れてきたようだし」



少女は藪に向かって手を差し出した。

握手ではない、目線から何を要求しているのかはすぐに分かった。

藪が持っていたヴォイツェフの剣だ。

彼女がエルエスならば渡すのは道理、そもそもヴォイツェフの剣を持ってきたのはせめて彼の形見としてエルエスに届ける義務があるからと感じたからだ。



「エルエスなのか…?」



「質問に答えるのは後だ、良いから早く剣を渡したまえ。時間が経ちすぎると修理できなくなる。」



少女は早くしろと言わんばかりに更に一歩近付く。



______修理?間に合わなくなる?刃こぼれも何もしてないぞ?



言っていることは分からないが、この少女をエルエスだと信じて剣を渡す決意を固める。

少女の黄色い瞳を見つめながら持ち手を逆さにし、少女に剣を差し出した。



「彼を持ち帰ってくれたことに感謝するよ。」



少女は受け取った剣を地面に置き膝をついて刃を撫でる。

目を見開いた瞬間、藪にすら視認できるほど濃密な水色の魔力が周囲を満たし剣に集まっていく。



「ボロボロにされて可哀想に…同胞の剣よ、創世の加護により新たな命を授かり三度手足となれ」



詠唱が終えて少女が立ち上がると剣が浮かび上がり、そのすぐ横に水色の魔力が収束し人間のシルエットが浮き出てきた。

薄いシルエットに魔力が入り込んでいきどんどん人間の姿に近付いていくのが分かる。



「なんだ…魔法ってこんなこともできるのかよ?!」



「誰にでもできるわけじゃないよ、僕が大賢者と言われる由縁の1つに過ぎない。」



眩い閃光に思わず目を閉じる。

数秒後、ゆっくりと目を開けるとそこには見慣れた男が立っていた。



「ヴォイツェフ!?」



「よ、ビックリしただろ?」



バラバラに消し飛んだはずのヴォイツェフがこちらに向かって手を振っていた。

藪は状況が飲み込めず口をパクパクさせて少女とヴォイツェフを見比べる。



「どうなってんだよ…」



「さて、もう出て来ていいよ。」



少女が机をノックすると奥の扉が開いた。



「ふん…死人にでも会ったような顔をしているな。」



「今度はバフーンかよ…どうなってんだ?気分じゃなくてホントに死人に会ってるんだが…」



「コホン…」



少女は咳払いし、困惑する藪に静寂を求めた。

何らかの説明がなされると理解した藪は口を閉じて少女の言葉を待つ。



「さて、約束通り君の質問に答えようか。」



少女はニヤリと口角をつり上げる。

エルエスには無かったどこか底意地の悪そうな表情に息を飲んだ。



「アンタ何者だ…?エルエスじゃないよな?」



「…よっぽど疑問点が多いようだね…僕が誰か、から答えよう。僕はこの町を治める大賢者、ヨッホー・パレパレ…名前くらいは聞いたことあるだろう?」



「あぁ、あんまり性格が良くないとも聞いた」



「ふむ…その噂を吹き込んだ者を探しだして血祭りに上げるのは後にして、私がエルエスかどうか…だったね、残念ながら私が君の知るエルエスだ、騙していて…というより黙っていて悪かったね。」



少女はスカートの端をヒラリと持ちあげ宝塚顔負けの綺麗なお辞儀をしてみせた。

美しい所作にも関わらずどこか真剣味を感じさせない。



「どういうことだ…?ヴォイツェフとバフーンは何で生きている?」



藪の問いにヴォイツェフは何も語らず肩を竦めて隣にいるヨッホー・パレパレに合図を送った。



「あぁ、彼らは元々僕の作り出した憑物神(つくもがみ)だからね。また作り直しただけだ…順を追って話した方が良さそうだね」



ヨッホー・パレパレは椅子に腰掛けて指を振った。すると後ろに立て掛けてあった2つの椅子が動きだし、滑るようにして藪と善の背後に移動してきた。



「疲れただろ?掛けたまえ」



藪は言われるがまま腰を下ろすが、善は相変わらず仁王立ちのままだ

「少し嫌われたかな」と小さく笑ってヨッホー・パレパレは天井を見上げた。



「んー、どこから話そうか……僕が町長のヨッホー・パレパレであるのは理解してるよね?これが堅苦しい仕事でね。町の要である僕は簡単には町から出られないんだよ。それでよくこの二人を連れて兄妹冒険者に扮して散歩に出掛けているんだ。」



ヨッホー・パレパレがヴォイツェフとバフーン の袖を引っ張り抱き寄せる。

その光景は確かにわがままな妹に付き合う兄そのものに見えた。



「それでね、たまたま近くの村が魔獣に襲われたと聞いて散歩ついでに調べに言ってみたら君達と出くわした訳だ。遭難者なのは一目で分かったからとりあえず町まで案内してあげようと思ってね、ただ、そこのお爺さんがただ者で無いこともすぐに分かった。だから町に入って一旦君達と別れて千里眼で君達を監視していた。怪しい動きをすれば排除しなければならないからね。」



「で、怪しい動きは無かったのか?」



「まぁね…害は無いからとしばらく置いておこうと思ったんだけど、君達に付いた監視役が厄介でね。明日にでも旅に出ると言い出したろ?だから急いで君たちの本質を確認しなきゃならなくなった。」



「本質…?」



「ヴォイツェフも言っていたろ?君達がただの遭難者かそれとも魔族なのか…それを見極める必要があった。」



「あの話は本当なのか?」



ヨッホー・パレパレは抱き抱えていたヴォイツェフとバフーンの二人を離し、前屈みになって藪に顔を近付ける。

急な接近に驚いた藪は思わず背筋を伸ばした。



「真実だよ。だからこそ君達を『試して』みたかったんだ。適当な作り話でね。暗い森に誘い出せば誰も見ていないと油断して本性を現すと思ったのさ。」



「どんだけ疑ってんだよ…」



「まぁ。君はともかくお爺さんは危険だからね。もしも積極的にヴォイツェフを攻撃するようなことがあれば…と思っていたんだが、戦闘前の警告、正当防衛という手順もしっかりと踏んでいた。とりあえずは安心したよ」



ヨッホー・パレパレの言っていた千里眼がどの程度こちらの情報を把握できるものなのかは分からないが、善が戦闘前に挑発とも取れる発言をしたことについては言及してこなかった。



「町長に会ったら聞きたいことがあったんだけど…」



「町長なんて堅苦しい呼び方はよしてくれ…ヨッホー・パレパレ大賢者様でいいよ。」



「そっちのほうが長いし堅苦しいって…」



ヨッホー・パレパレは考え込むように唇に手を添える。見た目はエルエスそのものだが、中身が変わると幼い姿でも大人びて見えた。



「ふむ…面倒ならそうだな、パレパレでいいよ…で、聞きたい事とは何かな?」



「いや、ヨッホー・パレパレって本名なのかなって…」



「君は面白いね…そんな間抜けな名前の人間この世界にもいないよ。ヨッホー・バレバレとの契約で名前を差し出したからね。親から貰った本名は私にも…誰にも分からない。」



「そっか。」



「気になることでもあったのかい?」



「いや、そんな間抜けな名前の人間いるのか気になっただけ」



「失礼だなぁ…こんな名でも結構気に入っているんだ。不思議かもしれないが名前なんてそんなものさ」



アルケは頬を膨らませ不満を訴える。

見た目に加え仕草までもが幼く見えるので年齢も聞いてみたかったが、聞けば後悔しそうなのでこの場では流すことにした。



「そういえば、怪我はなかったか?」



場の空気を察したヴォイツェフが質問を投げ掛ける。



「いや、今更だな…こっちは大丈夫だったけど…ヴォイツェフは?バラバラになってたけど大丈夫?」



「本体の剣が消失しない限り俺は大丈夫だ。俺はこの俺の命はこの剣から作られた物だからな。」



「憑物神ってやつか…よく分からないが使い魔みたいなものか?」



藪の質問にパレパレが割って入る。



「使い魔は既存の生物と主従の関係を結ぶものだが、彼らと私に主従関係は無い。ただの友人さ。命令を下すことはできても従うかどうかは相手次第、この二人は僕によく尽くしてくれているよ。」



「結構面倒な能力なんだな…」



「そういう君もかなり面倒な運命を背負ってるみたいだけどね。」



パレパレは何を言うわけでも無く善に視線を送る。



「最後に聞いておきたいんだけど…」



少し間を開けてパレパレは立ち上がる。



「君は元の世界に帰りたくはないのかい?」



「一旦忘れることにした」



アザイヌにもされた質問にずっと突っ掛かりを感じていた。あれから心の隅にあり続けた疑問。

この世界に来てから悩みが尽きないが一旦全てを置き去りにして目の前の事に専念する。

それが藪なりの身の丈に合った答えだった。



「それが良い。目先の問題が最大の障壁になるだろうけど…君なら大丈夫だろう。これは私からの贈り物だ。君が危機に陥った時、きっと助けになるだろう。」



そう言ってパレパレは紐の付いた小さな巾着を藪の首に掛けた。



「なんだ?これ」



「然るべき時に開くと良い、どのような状況でも君達の助けになるはずだ。良い旅を」



パレパレは後ろに手を振りながら夜に消えていった。



「気になるな…玉手箱的な罠じゃないよな…」



もらった巾着を握りしめる巾着は意外と分厚い布で何が入っているのか感触ではわからなかった。



「とりあえず寝よう。明日何時に起こしに来るか分からないし。」



「せやな。」



藪は善を連れて部屋に戻った。




_________________________________




カーテンの隙間から差し込む朝日に顔を照らされ、夢の中から徐々に覚醒していく。

寝心地の悪いベッドでもいざ起きるとなると離れがたい。



薄目を開いて辺りを確認すると善はすでに着替えてドアの前で待機していた。



「おはよう。早いな善さん。」



「寝坊やな。」



「寝坊って…まだ朝の…何時だ?」



この世界に来てから時計を見たことがない。

あれから部屋に入ってすぐに眠りについたが、それが何時のことなのか藪にすら見当がつかなかった。



「なんにしても、まずはフィフィを探さないとな。」



待ち合わせも連絡も無く別れたフィフィと合流するとなると、彼女が居た服屋に赴くのが手っ取り早い。



藪も寝る前に粗方の準備を済ませておいた…といっても荷物など何もないが、後は食事を済ませるだけだった。



「いつまでも寝てるから死んだのかと思ったわ」



部屋の扉を開けると隣の部屋の前でフィフィが藪達を待ちかねていた。



「何で俺達の居場所分かってるんだよ…」



「私は監視役なのよ?あなた達の動向なんて寝てても把握できるわ。」



「パレパレも言ってた千里眼とか言う奴か?」



「…いやらしい。」



「何でだよ!」



「千里眼なんて便利なものじゃないわよ、単に教会に問い合わせただけ。」



「何で教会は俺の居場所把握してるんだよ…」



「勘違いも甚だしいわね、貴方のじゃなくてお爺さんの方よ、こんな危険人物教会が放置するわけ無いじゃない。」



フィフィは足元にあった布でまとめられた荷物を2つ藪に差し出した。よく見るとフィフィも同じ荷物を持っている。



「なにこれ」



「旅の荷物。どうせ何の準備もせず馬鹿みたいに寝てると思ったから最低限の物だけ用意して置いたわ、感謝しなさい。」



「冷たい雰囲気醸し出してるくせに面倒見いいな。助かるよ」



「気持ち悪いから死んでちょうだい。」



「どう答えるのが正解なんだよ!」



「足手まといにならないように着いてきなさい。それが正解よ」



フィフィは荷物を押し付けて足早に階段を降りていった。

受付で新聞のような紙束を広げていた強面の店主を見つけ、チェックアウトを済ませる。

料金はヨッホー・パレパレが先に支払ってくれていた。



「随分早かったのね。旅立つ覚悟はできたの?」



「旅立つもなにも、ずっと旅してる気分なんだけどな。」



空を見上げてポツリと呟く。

まるで違う世界に感じていたこの場所も、空だけは元の世界と同じように広く澄んでいた。



「そう。なら何の未練も無いわね。行くわよ」



「はーい。」



三人は朝市が開かれる中央区の反対側に向かって歩いていく

すれ違う子供達は皆楽しそうに駆け回っていて、すれ違う度に藪は自分の子供時代を思い返した。



「母さんがてて…父さんがいて…弟がいて…いつも一緒に遊んでた…あれ、なんて名前だっけ」



「何をブツブツと話しているの?…ボケたの?」



フィフィが藪の独り言に苦言を投げ掛ける。

回想の海に沈んでいた意識がハッと甦り辺りの景色が鮮明になる。



「いや、昔の事を思い出してたんだよ、皆今頃何してんのかなって…」



「友達、居たの?」



「印象は追々変わっていくと思うけど、いくらなんでも酷くない?友達くらい俺にだっていたっての」



「いえ、私は友達なんて居なかったから、羨ましいだけよ。」



普段通り淡々と話すフィフィだが、藪は安易な言葉を返すことができなかった。



「友達なんて、思い込みで勝手に増えていくもんだぞ?俺が友達だって思ってたあいつらも、俺のことなんか友達だなんて思ってないかもしれない…でも、自分がそう感じたらもう友達なんだよ。」



「あなたは随分自分勝手ね…」



「そういうもんなの。手続きが必要なら誰も友達なんか作らないんじゃないか?そういう利害や理屈抜きで一緒に居れるのが友達。」



「なら互いの利害のために一緒に居る私たちは一生友達になれそうにないわね。」



「俺もそう思うわ…」



ちょうど会話が途切れた頃、町の終わりが見え、森と町との境付近でこちらに手を振る栗毛の小さい少女と御付きの二人を見つけた。



「おーい!藪さん!善さん!見送りに来たよ~!」



「パレパレ達だ、わざわざ来てくれたのか。」



三人は藪の姿を見かけるなり駆け寄ってきた。

フィフィは少し離れたところでめんどくさそうに腕を組んでいる。

パレパレは藪に近付いた途端無邪気で気弱そうな表情を消した。



「…もう少し君達と話をしてみたかったが、僕らでは止まり木にしかならなかったようだね。」



パレパレは皮肉を込めていたずらに笑う



「羽休めもできなかったけどな、大聖霊ヨッホー・バレバレにも一度会ってみたかったよ」



「そうか、君はまだバレバレには会っていなかったね…また訪ねて来ると良い。本当はアザイヌも見送りに誘ったんだが、君達が旅立つと教えたら教会を飛び出していってね…全く偏屈爺さんは総じて扱いが難しい。」



「旅先で会ったら町に戻るように伝えるよ。」



「よろしく頼むよ…小さな町だが彼が居ないと進まない仕事も多いからね。」



パレパレは深いため息をついた。

後ろに下がっていたヴォイツェフとバフーンの二人と目が合う。



「気を付けていけよ」



バフーンが薮の肩を叩く



「丸腰で大丈夫か?不安なら俺の剣を持っていけ。」



ヴォイツェフが剣を抜いた差し出した。

血にまみれていた剣は新品同様に磨かれ鏡のように薮の顔を写した。



「いやいや、持っていけねーよそれお前の本体だろ」



「そうだ、お目付け役の君達が欠けるのは僕も寂しい。今暫し側に居てくれ。」



パレパレはヴォイツェフとバフーンの裾を掴んで抱き寄せ、二人は困ったような笑みを浮かべた。



「丸腰が不安なら魔法を覚えると良い。幸い君には実力のある師匠候補が二人もいるようだからね」



パレパレは善とフィフィを見て薄ら笑いを浮かべた。



「どちらも師匠には向いてないようだが…まぁ君なら何とかなるだろう。」



「そう思うならパレパレが教えてくれたら良いのに…」



「それはできない相談だ。僕は大賢者、知識を占有することで僕の力は保たれるからね。」



「大賢者も世知辛いんだな」



「君ほど困窮してはいないさ。」



薮は思わず吹き出した。それに釣られてパレパレも笑い出した。

放っておけばいつまでも話続けそうな二人にお目付け役のバフーンが咳払いをした。



「ほら、エルエス、あまり長話したら悪い…そろそろ行くぞ」



それを合図に三人が兄妹モードに戻る。



「じゃあ、行ってくる」



「また来て下さいね~!」



はつらつとしたパレパレ(エルエス)の声に違和感を感じながら薮は善とフィフィの元に戻る。



「遅いな。」



「終わったならさっさと行くわよ。」



二人は薮が戻るなり再び歩きだした。



「ライオネルは見送りに来ないのか?」



「彼は忙しいから来ないで良いと昨日話したわ。」



フィフィは不機嫌そうに短く言い放った。

他人の気持ちに疎い薮でもフィフィの機嫌の悪さが長話に起因するものではないとわかった。



「来てほしいならそう言えば良いのに」



「殺すわよ」



「すんません」



「……いじめたらいかん。」



善が毅然と言い放つがフィフィは慈悲も無くその声を無視する。




三人はいよいよ町の境を越えて平原に足を踏み入れた。

その瞬間、先程まで聞こえなかった野獣の遠吠えが耳に入り、獣臭さが鼻をついた。冒険が始まる高揚と不安が入り交じり言い様のない感覚が薮を包む。



「ヨッホー・バレバレの結界を抜けたみたいね…ここからは油断しないように。その間抜け面もいい加減やめなさい。」



「これは生まれつきだよ…んで、まずはどこに向かうんだ?」



「魔王が居るのは足元…遥か地中に広がる世界よ。辿り着くには一度南方のパレパレタウンから北上して最北方…地中に通じる穴があるクラフマに行くわ。そこで地中に入って魔王を探しだして征伐するわ。」



「簡単に言うけどどのくらいかかんの?」



「貴方達の頑張り次第ね。とりあえずは少し北にある町、ミストロストを目指すわ。」



ようやく示された旅の方針に薮は胸を撫で下ろした。



_______明確な目標があれば頑張れる。頑張れば余計な事も考えなくなる。





誰にも話していない薮の秘密。



薄れるのではなく、綺麗に跡形もなく消えていく自分の記憶。


友人の名…顔



一旦全てを忘れて目先の事に専念することを決めた。

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