百学の児戯
「絶望的に似合いませんね…装備の下、素の貧弱さが窺い知れます。」
「自分で着せといてひどくない!?」
二人はフィフィに連れられ服屋に戻ってきた。
というのも…
「いきなり魔王討伐だなんて無理に決まってんじゃん…俺、レベルでいうと1だぞ?」
「レベル?また訳の分からないことを…とにかく、貴方達に選択権はありません。私と一緒に来てもらいます。」
フィフィはライオネルにこの服屋を任され、自由に町を出られなかったらしい。
しかし、監視という命令が出た以上フィフィは籔達の行く場所に同行しなければならなくなるので、しばらく店番から解放される。
____俺達のといっても、実際目的地を決めたのはフィフィ本人なのだが…
「魔王…」
人間を皆殺しにせんとする魔族の頭。
どういう因果があるのか、フィフィは魔王を打ち倒すことにかなり執心しているようで、その旅に籔を巻き込む気満々なのだ。
なぜそれほどフィフィが魔王討伐に心身を燃やすのか、ヘタレな籔にはまだ触れられない問題だった
「ライオネルがフィフィに店番させて町に縛り付けていた理由が分かるな。」
放っておけばフィフィは一人でも魔王討伐に乗り出すだろう。
ライオネルが言うにフィフィはかなりの手練れだそうだが、そんな無茶をすれば命がいくつあっても足りない。
ライオネルもそう判断したからこそフィフィをこの町に置いていたのだろう。
しかしそんなフィフィに頼らなければ抑制できないと苦渋の決断を強いた…
「似合わんな。」
「…」
善と目が合った。
正直、善の潜在能力については今まで接触した全ての人間が測りかねている。
「どの適正職だとしても、最低限このくらいの装備はしてもらわないと貴方ではフワルンの一撃も耐えられないでしょうから。」
「フワルンって魔獣?名前的にめちゃくちゃ弱そうだけど…世界最弱の魔獣的な?」
「いえ、歴史上最弱の魔獣です。」
「俺ってそんなに弱いの!?」
籔が渡された鎧を着込みながら大声を上げる。
しかし満足に動くこともできず、よたよたと立つのが精一杯といった様子だ。
「この程度の重量で足元が覚束ないなんて…これじゃ旅の荷物持ちすら任せられませんね…籔さんに鎧は無理ですか…」
「すんません…」
籔は足枷となっていた鎧を脱ぎ去り、床に置いた。
古びた床は底が抜けないか心配になるくらいに沈みこんだ。
_____……鎧ってこんなに重いもんなの?
「仕方ありませんね。なら先ずは適正職から今後の方針を模索していきましょう。」
「んー、さっきから気になってたけど、適正職ってなに?」
「旅に出る以上戦いは付いて回ります。人間には得意不得意があるものでしょう?前衛で戦うことに秀でた者、後衛での支援に秀でた者。あなた方がどちらを得意とするかを調べておかないとこの先支障がでます。」
「それって鎧着せる前にしなきゃいけなくない!?…んで、それはどうやって調べるんだ?」
「頭を貸してください。」
そう言ってフィフィは籔の髪の毛を鷲掴みにして強引に自分の腹部辺りまで押し下げた。
「痛い痛い痛い!もうちょっとやり方あるだろ!」
「みょん…みょん…みょん…」
「なにそれ効果音?口で言わないとダメなの?」
ふざけた効果音と違いフィフィの顔は真剣そのものだ。
半信半疑の籔も大人しく頭を垂れた。
「ふむ…籔さんの適正職が分かりました。」
「ほんとか?!何だった?こう見えても運動神経には少々自信がある。やっぱり前衛か?」
「あなたの適正職はチンカスです。」
「チンカス…あんまり耳障り良くない言葉だけど…この世界じゃ重要な役職だったりするのかか?」
「いえ、チンコのカスです。」
「そのまんまかよ!ていうか女の子がチンカスとか言わないでくれない!?反応に困るから!」
「冗談です。」
「真顔で冗談言うのやめてくんない…?」
フィフィはクスりとだけ微笑んだが、すぐに咳払いして真剣な表情に戻った。
「そもそも、私に適正職なんて調べられません。気になるなら教会の占術課で調べて下さい」
「また戻るのかよ…まぁいいや、たぶん俺は前衛かな。」
籔は手近な場所に置いてあった剣を手に取り、目の前に翳した。
「中々しっくりくる。もっと重くて扱い辛い物かと思ってたけど意外と振れるもんだな。これに決めた!!ピロキチと名付けよう!」
「4万レシオです。」
フィフィが大事そうに剣を握る籔に告げる。
レシオというのはこの国の通貨だ
多少の違いはあるだろうが大方日本の円と同じ感覚で扱って問題ないというのが町中にあるものに張られた値札を見た籔の感触だった。
「え、金取んの?」
「当たり前です。うちの店の商品なので。」
「お金…ないです…」
「…ピロキチにお別れを」
「待ってくれ!出世払いとかでお願いできない?!」
「あなたはこれから私と根無し草の旅に出るんですよ?出世の見込みがありません。却下です。」
「そんな!じゃあどうやって魔獣と戦うんだよ!?」
「……小枝とか?」
「ひのきの棒かよ!!」
ピロキチを取り上げられた籔は力なく地面にへたりこんだ。
後ろでそれを見ていた善はおもむろにピロキチを手に取る。
「眠っとるな、起こさないかん。」
「善さん、危ないから刃物に触っちゃ…って何かピロキチ光ってない?」
さっきまでただのなまくらだったピロキチだが、善が手にした途端に剣の輪郭をなぞるように紫色にうっすらと光りだした。
「これは…!剣神の加護?!」
「なにそれ?」
突拍子もなく飛び出した単語に籔が疑問を投げ掛ける
フィフィは善の方に釘付けになったまま口だけを動かして説明した。
「この世界には努力や才能で身に付ける力の他に生まれながら受ける天賦…加護というものがあります。これは後天的に増える可能性は限りなく低い、正に天賦の才です。」
「へぇ、俺にも付いてないかな?加護。」
「普通は付いていません。何かの加護を授かる人間は3万人に一人と言われています。。しかも、剣神の加護はその中でも群を抜いて強力な加護…剣神の加護を持つ者はどれだけ修行を詰んだ剣士をも凌駕する剣技を生まれながらに持つと言われ、その者には全ての剣が服従し、その肌に一切の刃を通さないと言われています。」
「なにそれ無敵じゃん!?」
「はい…この加護を授かったのは過去に二人。先代の魔王を討ち取って一時代の平定をもたらした勇者、ニズベンとその弟子に当たるカルヴェイトのみ…彼らの剣は薄紫月、千人一太刀と言われ、一振りで国を崩すと言い伝えられています。」
「すげぇ……これ、もしかしたら魔王も余裕じゃないのか?」
「そんなに甘くはありません。確かに先代の魔王は沈みましたが、ニズベンはその時に深手を負い、現在の魔王が台頭してきた時に弟のカルヴェイトと征伐に向かいましたが、二人がかりで返り討ちに遭い亡くなっています…魔王とはそれほどに強大な存在なんです」
「それは…今の魔王が先代より強いってこと?」
「一概にそうとは言えませんね…ニズベンは深手を負ってかつてのように戦うことは困難だったでしょうし…弟子のカルヴェイトもまだ未熟だったと言われています。何せ当時カルヴェイトはまだ11歳でしたから。」
「小学生じゃん!?」
「しょうがくせい…?」
「え?あぁ、まだ子供ってことだよ…そんな子供が出張らなきゃいけなかったのか。」
「剣神の加護とはそれだけ強力なんです…それ故に人からも魔族からも疎まれる存在でした。」
籔はフィフィが何気無く放った一言に違和感を感じた。
「待て待て、魔族からしたら最悪の敵だが人間からも疎まれるって…?」
「籔さんに特技はありますか?」
「唐突だな……誇れるほどの特技はないけど、料理なら得意かな。」
「はぁ、そうですか。なら籔さんは剣術が特技だったとしましょう。」
「聞いてきたくせに興味薄くない!?まぁいいけど…」
「自分が何十年もかけて修練を重ねた技、それが初めて剣を握った子供に成す術無く叩きのめされ、地に伏した時貴方はどう思いますか?」
「めちゃくちゃ悔しいな…って嫉妬で疎まれてたってことか?」
「人とはそういう生き物です。」
「…確かにそうかもな…んじゃ善さんの加護の事はあまり大っぴらに言わない方がいいかな」
「それが賢明ですね…とりあえずもう一度教会に戻りましょう。」
「あれ?大っぴらに言わないようにって決めたばっかりなんだけど…?」
「この強大な力の責任は…彼一人に背負わせるにしては重すぎます。」
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「ほ~ぉおぉう?その者がぁ?剣神の加護を持つぅんだってぇの?」
このふざけた話し方をする老人は『アザイヌ・ペンサック』、こんなのでもこの国の占術の権威らしい。話し方だけでなく座り方もふざけている。なぜV字開脚をしているのかは彼以外にはわからない。
あれからすぐに三人は教会に向かい、2ヶ月先まで予定が詰まっているという占術課に無理を通して時間を作ってもらった。
無理を通せたのは教会関係者であるフィフィのおかげに他ならない。
「フィフィ様感謝だな」
「籔さん、気持ち悪いので少し黙っていてください。」
「すんません。」
フィフィは不愉快そうに籔の感謝に罵りを吐き捨て、小さく咳払いをしてから頬杖を付いて次の言葉を待ちかねる老人に向き直った。
「お忙しい中時間を頂き申し訳ありません。アザイヌ様に火急この人間の潜在能力の全容を確かめていただきたく無理をお願いさせていただきました。」
フィフィは一歩下がり善を少しだけ前に押し出した。
「ワシになにする気や?」
善の目付きが一瞬鋭くなる。
途端に一同は辺りの空気が凍り付くような感覚に襲われた。身体が悲鳴を上げ冷や汗が止まらない。
いや、籔だけではない。
効果に大小あるのは間違いないが、フィフィは息を飲み、アザイヌは眉をピクりと動かした。
「驚いたのう…これは真王の加護じゃ…発する言葉自体に力を持たせることができる。それは文字通り力、相手によっては…その気になれば言葉だけで対象を殺すこともできる代物じゃ。有名な独裁者の中にはこの真王の加護を持っておる者もおったと聞いておるが…」
「なんか凄い能力なのは分かったけど、それより衝撃なのはアザイヌさんのキャラがブレブレな…」
「うぉぉっほん!!」
籔の冷静な分析にバツを悪くしたアザイヌは大きな咳払いで籔の疑惑の声を打ち消した。
「しぃかし、2つの加護をぉ持ち合わせる人間なんて…おるんじゃの~ぅ」
「今更軌道修正すんのは無理じゃないか?」
「…しかし2つの加護を持ち合わせる人間なんておるんじゃのう。」
「諦めんの?!」
「いや、ワシもキャラ作りとか面倒なんじゃよなマジで、耄碌したフリしときゃ払える火の粉もあるからの。至って合理的かつ効率的に年齢という武器を行使しておるだけじゃ。」
「そんな内情聞きたくなかったけど…実際加護の2個持ちって珍しいのか?」
アザイヌは豊富に蓄えられた髭を弄りながら椅子に座り直した……普通に。
出会ってすぐに崩壊するキャラ設定…そんな張りぼて必要ないのではないかという疑問が浮かぶが、アザイヌの言うとおり耄碌演技には一定の効果があるのだろう。
「珍しいも何もそんな人間ワシが知る中では誰一人おらんぞぃ。んで、ワシが知らんということは世界中の誰も知らんじゃろな。」
「えらく偉そうな物言いだな…イテッ!!」
後頭部を突如襲う痛みはフィフィの拳によるものだった。
振り下ろされた拳を震わせながら籔の方を睨み付けている
「いってーな!!何だよいきなり!」
「口を慎みなさいアンポンタン!アザイヌ様は偉そうなのではなくホントに偉いのよ。」
「それにしても女の子がグーパンはねぇだろ!ゴリラかお前!……あ、ごめ…グォッ」
そこで籔は完全に無力化された。
フィフィの蹴りによって。
「大丈夫かの?地面に突き刺さっておるが……あの者死んでおらんか?」
「大丈夫でしょう。ゴリラというのが如何なる物か分かりませんが腹立たしかったので地面に突き刺しました。全く、とんでもないですね、このアンポンタンは…これからはアポと呼ぶことにします。」
「して、ワシは主らの依頼を迅速に遂行するとしようかの。こう見えてワシ仕事多いんじゃ。マジかったりーがのぅ」
「俺抜きで自然に話進めないでくれる!?」
地面に埋まった顔を抜き出して合流した籔を待って、アザイヌが善の眼前に移動する。
足取りは軽く、とても老人とは思えない所が善と似たような雰囲気を醸し出している。
「何するんや。いじめたらイカン」
「いじめようなどと思っておらん。少し主の業を覗かせてほしいだけじゃよ。ほれほれ」
嫌がる善にアザイヌがすり寄る。
その度にアザイヌが被る縦長の帽子が左右にピョコピョコと躍動する。
「何で爺さん同士がじゃれ合ってんの見なきゃいけないんだよ…」
「微笑ま…いえ、見苦しいですね。」
「言い直してからのほうが酷くなってるぞ」
「さぁさぁ、見せてみるがよい。嫌がる事ないじゃろ~シャイ爺め!」
「うわぁ~やられる!」
観念したのか、善はわざとらしい悲鳴をあげながらも抵抗を止めた。
アザイヌは片手で善の側頭部辺りを掴みながらもう片方の手で髭を弄る。
「ほっほっほ~のほ、中々面白い者を連れてきたもんじゃ。お主の潜在…ん?おかしいのぅ」
アザイヌは翳す手を側頭部から頭頂部に変えたりと色々試すが、雲行きの怪しい表情で首を傾げる。
「なんじゃ~?これは、ワシの脳内斥候の術が全く通じんぞぃ?」
「脳内斥候って?」
籔がフィフィに小声で尋ねる。
「私たちが依頼した潜在能力を見てもらう術の事よ。もっとも、アザイヌ様ほどの御方が使えば他にも様々な情報を盗み見ることができるでしょうけど。このアポ。」
「あの…その呼び名で統一する感じ?てか使い方が悪口みたいじゃない?」
「当たり前でしょ?せっかく柔らかく接して上げてたのに付け上がって…それにしてもアザイヌ様、様子がおかしいわね。」
フィフィに釣られてアザイヌの方に目を向けると善の頭を両手でがっしりと掴みながら額に脂汗を浮かべていた。
「普段からあんなもんじゃないの?」
「ホントあなたはアポね。アザイヌ様があんなに狼狽する姿なんて滅多にないわ。隠してたいやらしい雑誌が見つかった時ですら堂々としておられたというのに…」
「ちょっと精神的に強い中学生みたいな出来事だな。」
「アポはもう少しアザイヌ様を敬いなさい…アザイヌ様!大丈夫ですか?」
吐き捨てるように籔を一瞥してからフィフィはアザイヌに駆け寄っていく。
「敬ってほしいのならもう少しそういうエピソードを聞かせてくれれば何とでも脳内補完できんだけどなぁ」
籔は聞こえないように小声で文句を言いながらフィフィの後に付いていった。
よく見ると結構な苦戦を強いられているようで、アザイヌの縦長帽子は地面に投げ捨てられ、綺麗に並んでいた髭は水でもぶちまけられたかのように乱れていた。
「もう少しで…もう少しでぇぇ見える…ふ!ぐぐぉぉ~!!なんじゃこの爺は!!はやく見せんかぁぁ!老いぼれがぁぁぁぁ!!」
「アザイヌ様!!自虐にしか聞こえません!あなたも爺で老いぼれです!!」
「いやいや、フィフィ聞こえてないだろアレ。ってか敬う心はどうしたんだよ!」
「私は素直なの。」
悪びれる様子もなく言い放ったフィフィを見て籔は、やはりこんな奴と旅をするなんて安易に了承するべきではなかったと後悔する。
安易に了承したわけでもなかったが……
「ふんぬぅぅぅああああ!るっッ!ッがぁぁぁぁ!ぷるんぷるん!…ォ……見えたぁ!!!!」
その叫び声と同時にアザイヌは善の頭を勢いよく突き飛ばした。
その勢いのまま本棚に突っ込みそうな善だったが、すんでの所で籔がクッションとなり事なきを得た。
「めちゃくちゃすんなよ爺さん!」
「はぁ……はぁ…手強い爺じゃな全く。老いたとはいえこの百学のアザイヌと言われたワシを手こずらせるとは…マジで死ねばいいのに!」
「なんかもう、ブレすぎじゃないか?この爺さん。」
「アポ、こういうのは情報さえ得られれば他はどうでも良いのよ。」
肩で息をしながらぶつぶつと文句を言っているアザイヌに改めてフィフィが本題を切り出す。
「それで、結果は?」
「んぁ…?あぁ、ほっほっほ、そうじゃそうじゃ。この爺さん凄まじい閉心力じゃったが、無事成功したぞい…しかしとんでもない爺さんじゃな。これは化け物としかよう言わぬ」
アザイヌの額に浮かぶ脂汗は激しい動きの後だからだと思っていたが、もしかすると、善の潜在能力を垣間見た衝撃から来るものなのかもしれない。
それほどに険しい表情を隠すこと無く全面に出していた。
人は未知に遭遇した時に恐怖を覚える。
百学とまで言われるアザイヌが未知に遭遇したのは一体何十年ぶりの事か、彼にしか分からないだろう。
「……というと?」
フィフィが促すとアザイヌは椅子に腰掛け、乱れた髭を整えた。
些か手が震えているように見えるのは籔の見間違いではない。
「ふむ、こやつの潜在能力じゃが、正直ワシでさえ測りかねる。」
「そんなに凄いんですか?」
「凄いなんて言葉では表せない程の力じゃ。百学のワシが語彙に苦しむとは思わなんだな…こやつは加護を受けておるんじゃない。自ら作り出しておる。」
「加護を…作る?」
フィフィがアザイヌの言葉を反芻する。
この世界の知識が乏しい籔でさえもはや善の力は疑う余地も無くなっていた。
「加護を作るなんて、できるもんなのか?」
「はっ!普通に考えて無理じゃな。加護とは本来は神から授けられる天賦じゃ。後天的に授かることもあるにはあるが、作り出すというのは世界の理から外れておるな。」
「ある意味、俺と善さんは世界の理からは外れてるのは確かだが…」
「何を言っておる?小僧はこの世界の凡夫そのものじゃぞ。ピッタリと脆弱の枠にはまっておる。見事なもんじゃ」
「そこまで言う!?アンタ俺の何も知らないじゃん!」
「ほほ、お主程度の力など脳内斥候を意識せんでも透けて見える。透け透けじゃキャバ嬢の部屋着みたいなもんじゃな」
「なんか言い回しが所々日本チックなんだけど…アザイヌさんも遭難者だったり?」
「百学を侮るでないぞ?遭難者の世界の知識も並の人間の比にはならぬ。ボンジュール?」
「見事な発音だ…使い方は違うけど。」
「ともかくじゃ、この爺…ワシが確認した加護だけでも200以上の加護を持っておる。探るうちに新しい加護もどんどん授かっておったわい。神に溺愛されておる……」
「200…ッ!」
「正確に言えば233の加護じゃ…まぁ新たな加護を授かり続けておったからの。何の指標にもならんじゃろうて。ただ、気になることもあった。」
「気になる事って…悪いことですか?」
「そう取るのが良いじゃろうな、この爺は脳内の記憶の大半が固く閉ざされておる。素性が一切知れなんだわい。」
「それって、何か悪い事なんですか?呪いとか?」
「悪いというのはちとニュアンスが違うかの。不吉じゃ…例え認知症であろうがワシの潜心なら物心ついた時から全ての記憶が見えるはずなんじゃが、この爺さんからは一部の記憶しか抜き出せんかった。」
「ってことは何らかの記憶は抜け出せたんですか?」
「ふむ、この世界に来る前の記憶か後の記憶か判別できなんだが…四本角の魔族と退廃した世界を並んで歩いておった…ワシが見たのはそれだけじゃ。」
「四本角の魔族…」
フィフィが小さく呟いた。
「四本角の魔族…元の世界の記憶ではないと思います。俺が居た世界には魔族なんていませんでしたし。」
「ふむ。しかしこの世界に来てからの記憶とも思えんかった…記憶の中で空は陰り海は枯れ果てておった。」
藪のいた世界には魔族なんて物騒な種族がいないのはもちろん。
この世界に比べればかなり文明的な進化を遂げている。
アザイヌが認知症という言葉を知っていることを鑑みれば、藪の世界の知識があるという発言も恐らくは真実だろうと思える。
なればこそ、善の記憶で見た世界が藪の世界ではないことは他ならない彼が一番理解しているはずだ。
「お主らの世界には平行世界という概念があるじゃろう?」
「あぁ、いわゆるパラレルワールドってやつですか。」
「そうじゃ。ワシが思うに魔力が失われた世界は科学の道を、魔力が残った世界は魔法の道を、その分かれ道まではワシらの世界も同じだったのではないかと考えている。」
「さすがにそこまでいくと眉唾ですね…」
多少話が飛躍しているように感じたが、百学と称されるアザイヌならそう考えた根拠を提示してくれるだろうと続きの言葉を待った。
「ワシも考えなしに言うとるわけではないぞぃ?この世界と主らの世界には共通点が多い。それは主も感じておることではないか?」
「確かにそう感じる場面はいくつかあった…物の名前なんかは俺の世界と変わらない…と思う。それに同じ言葉を話せるというのも…」
「そうじゃ、魔力という豊富なエネルギーが残っているこちらでは人間が知恵を付けても動物は強くあり続け独自の進化を遂げた…人間も食物連鎖の中に組み込まれておるじゃろう。そのせいで発展という点では遥かに遅れておる。しかし、個の強さで考えれば遭難者としてこちらにやってくる人間は皆揃って貧弱に尽きる。主も例外ではない。」
「確かに、向こうの世界からこっちに来て最強を名乗れる人間なんていない…魔法はおろかろくに喧嘩すらしたことないって人間だって大勢いる。」
「しかし…じゃ、この爺はこの世界においても頂におる。この世界で生まれ研鑽を積み続けたワシでさえ山嶺しか見えぬほどの高みにおるといってもええじゃろう。」
「つまり?」
「わからんか。やはり小僧よなぁ…つまりじゃ、ワシが言いたいのは…」
「善さんは藪…アポとも別の平行世界からやって来たと?」
得意気に髭を弄りながら鼻高々に講釈するアザイヌにフィフィが横やりを入れる。
「言い直さなくて良くない…?まぁ、俺はそれもないと思いますけど…」
「ほう?何故じゃ?」
自分の考えが否定されたのが気に入らなかったのか、アザイヌは不機嫌そうに身を乗り出した。
長年生きた百学と言えど、こういう子供っぽい所は変わらないのだと少し笑みが込み上げてきた。
「いや、だって俺と善さんはこの世界に来る前から顔見知りでしたし…この世界に来たのも同時だし。」
「なんじゃそんな事か。それは宛にならんな。」
アザイヌは小馬鹿にするように鼻を鳴らした
「それは主の記憶に基づいた話であろう?そんなもの、この世界では何のアテにもならんぞ?」
「は…?何を」
「この世界の魔法なら記憶を操る事もそう難しくない。ましてや、それだけの力を有しておる爺じゃ、主の記憶を操る事も容易いじゃろうて。」
「いやいや、い…なんの証拠があってそんな…」
藪は考えが纏まらず、仕草はしどろもどろに、声は上擦り耳の裏から汗が流れる不快感が全身を駆け巡る。
「証拠とまでは言わぬが、根拠はあるぞ?主らと他の遭難者では違いがありすぎる。」
「主らって……俺も?」
「そうじゃ。というよりワシが一番違和感を覚えたのは主のほうじゃな。」
「俺の…?」
「そうじゃ。ワシも長く生きておる。百学という名で呼ばれるようになってからも百年は過ぎた…遭難者と出会ったのも10や20ではない。その者らはワシが百学の賢人だと知ると開口一番に同じ事を口にする。」
「……」
「『『『元の世界への帰り方を教えてくれ』』』………とな。ワシが見る限り、主は元の世界の事などもう忘れておるように見えるがどうじゃ?」
「そんな…俺は奨学金を貰えなくてバイトして…え…?貰っていた……のか?父さんや…母さんは…」
「記憶に綻びが出てきたか?面白い…それを紐解いてゆけば主が何者か…」
「アザイヌ様!!!……この辺りで。」
フィフィが声を張り上げアザイヌの言葉を遮る。
意外な人物が上げた声には怒気すらもこもっているように思えた。
「ふむ…百学としてはもう少しつついてみたい所ではあるが……まだまだ仕事も山積みじゃしな…主らに用が無いならこれまでとしよう。」
「それでは…アポ…薮さん。行きましょう。」
「え、おぁ…っと!」
フィフィは強引に善と藪の手を掴んで足早に部屋を出る。
藪は未だに思考の整理が付かないまま、ただ手を引かれて歩いている。
「…ただの耄碌爺の戯れ言よ。気にするほどの話じゃないわ。」
「…あれ、心配してくれてんの?」
「ただ事実を羅列しているだけよ。。気にしないでいい。それだけ」
「気にするなって言われると余計気になるのが男の性…ってぇ!急に立ち止まるなよ!」
かなり足早に手を引いていたフィフィが急に止まったせいで藪はフィフィの背中に鼻をぶつけ、声を荒げる。
一瞬蹴りが飛んでくるかと身構えたが、意外にも向こうを前を向いたままフィフィは何も言い返してこなかった。
「あの…フィフィさん?」
「……この町を出る前に…もう少しお互いの事を知っておきたくありませんか?」
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辺りは鬱蒼とした木々に囲まれている。
あれから町のはずれにある森の中に来ていた。
対魔獣用の結界が張ってあるすぐ側の切り株に三人は腰掛けている。
お互いのことを知る
あのタイミングでフィフィが言葉にしたということは藪や善のことを根掘り葉掘り問い詰める…というわけではないだろう。
むしろ逆…自らの話をするために人目の付かないこの場所まで二人を連れてきたと考えるのが自然だ。
空を見上げれば薄暗くはなってきているものの、どこか物悲しい赤い夕焼けが見える。
しかし木々が夕陽を遮断している森の中では物悲しさもない。森の奥の闇がぽかんと口を開けている。
「この場所ならどんな内緒話も飲み込んでくれそうだな…で、俺たちをこんな場所まで連れてきて何の話が?」
「私の…正体の話です。」
フィフィは頭に巻いていたバンダナに手を掛け…一息にそれを脱ぎ去った。
バンダナの下に隠れていたのは頭の左右から生えた角…
「角があるってことは…魔族ってことかよ?!」
「それだけじゃありません…」
フィフィが頭が見えやすいように下を向いて屈む。
何を見せようとしているのか分からなかったが、とりあえず藪は目を細めて凝視した。
左右から渦巻き状にとぐろを巻く角が二本。
そして…
その内側から真っ直ぐと伸びてきている角が二本…
「四本角の……魔族」