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万能の爺  作者: ヤブドラゴン
3/7

万能の片鱗

「この小説はなんや」


「わからん」

不必要なほど高い天井にある明かりだけでは室内全体を照らすことは叶わず、教会の中は少し薄暗い。


扉を開けてくれたのは聖堂衣のような服を着た若い女性だった。



籔は軽く会釈して受け付けに進んでいく

後ろに付いていた善もそれに倣って会釈する。



小学校の教室分ほどある大きな受け付けカウンターにも関わらず、座っているのは目深にフードを被り、目元まで素顔を隠した女性一人だけだった。



「お待ちしておりました、善様と籔様ですね。」



「はい…って何で俺達の名前まで?」



「二階の住民課へどうぞ。」



女性は籔の質問には一切答えず、それでいて煙たがる様子もなくただ淡々と案内をする。

どこか不気味な雰囲気にこれ以上つつくのは藪蛇だと判断し、言われた通り善を連れてカウンターの裏にある階段を登った。



教会といえばステンドグラスに女神の銅像、木材の長椅子がずらりと並んでいる。

そんなイメージだったが



「やっぱ随分違うみたいだな。」



どこの豪邸かと思うほど豪華絢爛な装飾が施された階段は金色に輝いていて、鏡のように籔と善を映し出していた。



「ジャージで歩くのは場違い感がすごいな…しかしもっと人がいてもいいものだけど、こんなにガランとしてて大丈夫なのかね。」



辺りを見回しても籔と善以外に居るのは先程扉を開けてくれた女性と受け付けにいる女性の二人だけだった。



「住民課…住民課…どこだ?」



二階にある部屋を順番に見て回るが、生憎この世界の文字は読めない。

部屋の前にも立て看板が置いてあるがつくづく遭難者には不親切な設計なようだ。



「ここやな。」



善は通りすぎようとした部屋の前で足を止めた。



「ここ?マジで?」



「わからん。」



何とも頼りない返事だが、このまま教会をさまよっても仕方がないのでとりあえず善が指差した部屋に入ってみることにした。



「はよぅ入らんかい」



籔が扉をノックしようとする前に中から声が掛かる。

どこかに監視カメラでもあるんじゃないかというほどピッタリなタイミングに少し気圧されたが、とりあえず言われた通りに扉を開けた。



受け付けとは違い中は質素な作り…というよりも書類が散らばっているせいで小汚なくさえ思えた。

書類の山が積まれた机の奥から茶色い毛だらけの手が手招きしている。

掌であろう部分には肉球までついている。



近づくと書類の山はその太い腕に掻き崩されていった。

籔はとっさに受け止めようとするが…



「ええねんええねん。そこ座りぃや」



関西弁の眼鏡を掛けたライオンに制止された。



「いや、住民課を探してまして。」



「おう、ここが住民課や。ワシは司教のライオネル言うねん。」



ライオネルは真っ白な牙をむき出しにした。

恐らく本人にとっては笑顔なのだろうが、風貌のせいで全く親しみが感じられないというのが籔の本音だった。



「あんたら二人とも遭難者やろ?最近は少ななっとったんやけどなぁ。一気に二人来るなんて珍しいで。」



ライオネルは眼鏡をクイッと上げて資料と籔を見比べる。



「なんや、あんた手配書より随分若いよう見えるなぁ…」



「手配書…?」



ライオネル口から零れた単語に違和感を感じた籔は聞き返した。

ライオネルは頭をかきむしりながら

「あ~…説明したるわ。とりあえずそこ座りぃ」

と、目の前の床を指差した。



ここで反論しても仕方がないと籔は大人しく言うとおりにする。

乱雑した書類の上に座っているおかげで身体が冷えることは無さそうだ。



「善さん。」



籔が声をかけると善も床に腰を降ろした。

それを見届けてライオネルは再び書類に目を落としす。



「その…手配書っていうのは?」



「あぁ、君ら…っていうよりそこの爺さんやな。指名手配されてんのは」



「指名手配?…善さんが?」



「せや。」



誰が見ても人畜無害であるはずの善を指差したライオネルに思わず聞き返す。

当の本人は「わからん」の一点張りだ。

もっともこれは口癖のようなもので本人はなにも理解していないのだろうが…



「魔力痕……簡単に言えば指紋の魔力版みたいなもんや。魔力っちゅーんは指紋と同じで個人個人で違うもんなんやが……あんたらがこの世界に降りてきた時、近くの村が丸焼けにされとったん知っとるやろ?」



「はぁ…」



恐らく丸焼けにされた村というのは籔と善がヴォイツェフ達に出会った場所のことで間違いないだろう。



「その村焼いたんも最初は魔獣の仕業や思て冒険者に討伐依頼出したんやが。」



「その依頼を受けたのがヴォイツェフ達ってことか…でもあれは魔獣の仕業と言ってましたが…」



彼が何を言いたいのかは大体わかっていた。

善さんが村を攻撃した可能性があるのではないかと疑っている…というよりも確信に近い。

しかし籔は焼け爛れた村に魔獣の死体が転がっているのを確かにみていた

それはヴォイツェフ達も同じはずだ。



「せやなぁ、確かに襲ったんは魔獣で間違いない。直接手ぇ下したんもそやろな。でもな、冒険者からの報告で引っ掛かる点がいくつかあったんや。」



「引っ掛かる点?」



「あの村襲ったんはガルフとレイフィっちゅう魔獣なんやがな。その2種は人里にそうそう近付かんのや。何よりも顔合わせたら殺し合いするような犬猿の仲や。近くに人里があっても協力して村襲うなんてことは絶対にありえん。ほれ、あんたら用に作った資料や。」



ライオネルはガルフとレイフィの情報がまとめられた資料を籔に投げて寄越した。

目を通すと日本語で危険指定魔獣と書かれていた。

危険指定魔獣…それがどういうものかはなんとなく想像が付く。



「この世界でも向こうの世界の文字が存在してるんですね。」



「最初に遭難者が来たんはもう何十年も前やからな、最初はただの狂言者扱いやったが余りにも遭難者が続いて教会としても対応せなあかんようになっていった…ってな成り行きや。下手くそな字ぃやけど読めるか?」



「汚い字ですけど読めます。」



「言うてくれるなぁ」



実際籔が書く字よりは幾分綺麗だがそれは割愛しておく。

資料には分布や習性など事細かな情報まで記載されていた

2種共通して、強い縄張り意識という箇所に赤線が引かれていた。



分布を見てみると確かに人里の全くない山奥が主な生息地帯と記されている。




「まぁ、大体分かりましたけど、それと善さんが指名手配されてるのと何の関係が?」



刺々しい口調で食って掛かるが、当のライオネルは意に返さずといった様子で肘をつり上げてガリガリと音を立てて背中を掻きだした。



真面目に話す自分とあまりにも対照的なその態度に籔は苛立ちを感じるが、その焦りを悟られて相手のペースに乗るとますます深みに嵌まる。

籔は奥歯を噛み締めた



しかしその僅かな動作でさえ見透かしているかのようにライオネルは小さく鼻を鳴らした。



「今言うたようにこれは自然的に起こる襲撃やとは考えにくい。冒険者の報告を聞いて違和感を感じた町長は私設の調査兵を現場に向かわせたんや。んで、さっきその調査結果の足書がこっちにも届いた。」



「これはこっちの文字やからあんたらに見せても読まれへんやろうし、一応これ機密文書やから見せられへんから、内容だけ伝えると現場に残ってた魔寄せの魔力痕がその爺さんと一致した。重要参考人っちゅーわけやな」



「魔寄せ…?」



「魔寄せは自分の魔力を餌に魔獣を引き寄せるかなり原始的な魔法や。本来なら使った本人も魔寄せに釣られた魔獣の餌食なんやが…」



ライオネルの刺すような視線が善に移る



「その爺さんが何で生きとるんかワシにもさっぱりや」



ライオネルは立ち上がり善の前まで移動する。

書類が散乱した床はライオネルが歩く度にミシミシと悲鳴をあげた。



「あんたァ…何者や?」



うなり声にも聞こえる低い声で善に問い詰める。

ライオネルのナイフのように鋭い牙の隙間から緑色の炎を吹き出させ善を威圧する。

座ったまま上半身を捻ってその様子を見ていた籔はあまりの迫力にそのまま固まってしまった。



「睨んだらいかん。」



「死にたァなかったら正直に答えや…」



「知らん。」



「おどりゃぁ…」



ライオネルが大口を開けて善にかじりつこう迫る。目の前の光景がゆっくりと進んでいく奇妙な感覚が籔を支配する。

いや、かじるなど微笑ましいレベルで表現できるものではない。

上半身くらいなら丸呑みにしてしまうだろう。ライオンなど間近で見たことはないが、いかに凶暴なライオンでもこれ以上恐ろしい顔を作ることはできないだろう。



スローで見えていた光景が急速に収束し、溜め込んでいた時が爆発する。



「」



「~~ぇ纏い影毘ご曲~~」



人間には何一つ行動が許されない刹那の間

善はとてつもない早さで何かを唱えた。

何一つ聞き取ることのできない音の羅列が直接空間に叩きつけられた。



その瞬間ライオネルは動きを止めた。

いや、止められたのだ

ライオネルは額に青筋を立てながらなんとか身体を動かそうとするが、まばたきすら許されない完全な拘束。

微動だにせずそれを見つめる善はいつもと全く変わらず自分に危害を加えようとした相手をただ見つめていた。



「善…さん?」




「なん、やぁ…これぁ」




よだれが垂れ落ちるのも憚らずライオネルは口を開こうとするが、それすらも満足には叶わず零れでる言葉は弱々しい。



「ワシをいじめたらいかん。」



「どうなってんだよ…」



目の前の光景に頭が追い付かず、籔はその場にへたりこんで動けなくなる。

動きを封じられたライオネルの顔はだんだん青白く変色していき、今にも息絶えそうなほどだ。



「善さん!やばいって!異世界にきて早々犯罪者とかありえないって!」



「止めるんか?」



善の問い掛けに籔は勢いよく何度も頷く。首が取れるほど頷いたあと、善はようやく目を閉じた。

ライオネルの拘束は解除され、地面に崩れ落ちた。



「ゴォッホ、エホ…どうなっとるんや…ちょっと発破かけただけで殺されかけたわ……」



「発破掛けただけには見えなかったんですが…」



「そうすんのが発破掛けるゆうことやろうが…全く、審査結果は最悪やが…悪意があるわけやなさそーやな。」



「審査?」



「そや。ワシは密入国者やらあんたらみたいな遭難者を審査して相応の対処をせなあかん、住民の安全を守んのも住民課の仕事っちゅうわけや…そんで、」



ライオネルは立ち上がって善と籔の方に向き直った。



「あんたらは…というかその爺さんやな。野放しにするには少々危険やでな、しばらく監視をつけさせてもらうで」



「そんな急な…」



「急もなにも、指名手配犯な上に公人殺しかけといてこんな甘い審査なんてワシの寛大さに感謝せなあかんで。」



「ありがとうございます!ありがとうございます!」



____先程の行いを考えれば監視を一人付けるだけというのは確かに破格の条件だ。

それに考え方によっては何も知らない世界での案内人ができたとプラスに捉えることもできる。



「もしかして…案内人って……ライオネルさんですか?」



「んなわけあるかい!ワシはそんな暇やないわ!そやなぁ…そこの爺さんは魔法の制御もなんもできてへんみたいやからなぁ…アイツしかおらんか…いや、しかしなアイツはなぁ」



ライオネルは髭なのか、たてがみなのか分からない体毛を撫でながら考え込む。



「そんなに悩まれたらこっちも怖いんですが…」



「少々厄介な奴なんやが、アイツくらいしかそこの爺さん止められへんやろうしなぁ…しゃーない。まぁその爺さんの手配書は取り下げといたるわ」



独り言が終わると、ライオネルは胸元から足書ペンを取り出して頭を抱えながらつらつらと筆を走らせた。



「善さんのせいで凄いヤバい人付けられそうなんだけど……」



「知らん。」



「すべての元凶のくせに…!」



ライオネルは文章を送り終わると机の引き出しから小さな箱を取り出した。

大きな手ではさぞ開けにくいであろうその箱を器用に爪を使って開けていく。



中身は銀色のブレスレット。

小さな文字の彩飾が施されている。。

おしゃれ用には程遠いそれを籔に差し出して受けとれと目で合図する。



「いや、俺の趣味じゃないですね。」



「アホかお前やない、そこの爺さんにそれ付けぇ」



受け取ったブレスレットを手に取ると奇妙な暖かさを感じた。まるで小鳥でも乗せているかと錯覚してしまうような……



「それはアイスホーンテイルっちゅう魔獣の牙で作ったもんで触れてる間は魔力を押さえ込むことができるめっっっちゃくちゃ!貴重なもんや。やけど、その爺さんには必要やろうからやるわ。」



「魔法のこととか何も知らないんですけど、善さんの魔力ってどの程度凄いもんなんですか?」



「歩いてるだけで魔獣呼び寄せるくらいえげつないな。それはワシが魔獣に近い獣人やからわかるけど…その爺さんがこの部屋に来てから垂れ流してる魔力だけで並の魔法使いが一生かけて捻り出すような量の魔力や。規格外もいいとこやな…」



「これ、外せるんですよね?」



「呪具やないんやから外せるに決まっとるやろ。ほら、はよ付けぇ」



籔はブレスレットを受け取り善の腕にはめる。

ライオネルはそれを見届けてから椅子に深く座り直した。

ちょうどそれと同時に部屋にノックの音が響き、籔と善は扉に顔を向けた。



「ライオネル様、フィフィです。」



「おう、入りぃ」



「失礼します。」



扉を開けて深々と頭を下げたのは、籔が教会にに来る前に世話になった服屋の店員、フィフィだった。

聖堂衣に身を包んだ彼女は刺々しいイメージがいくらか薄れ、鋭い目付きも緩和されていた。



「あれ、フィフィさん?」



「教会には迷わず来れたみたいですね。教えた甲斐がありました。」



「色々すっぽ抜けてたせいで苦労したんだけど…でもなんでここに?」



「そりゃワシが呼んだからに決まっとるやろ。」



ライオネルの言葉にフィフィはツンとした表情でそっぽを向いた。

バンダナは聖堂衣に変わっても取っていないらしい。

服屋に居たときは気付かなかったが、頭のバンダナが不自然に膨らんでいる。

籔の視線に気付いたフィフィは気に入らなかったのか小さく舌打ちした。



「チッ…」



「すんません…」



何故か謝罪しなければ許されない雰囲気に屈した籔は助けを求めてライオネルに視線を送った。



「…あんたさんにはこの二人の監視をしてもらいたいんやが…伝えた通り、その爺さんは少々厄介やで。」



「貴方が厄介者扱いしている私を使おうとする程ですからね。」



「親の心子知らずやなぁ。」



「私に身寄りはありませんが貴方を親だと思ってはいません。」



「ワシはそういうとこを言うてるんや…まぁええわ。このアンポンタンがあんたらを監視するフィフィや。」



長い付き合いなのかお互いに遠慮のないやりとりをする二人。

ライオネルが最後まで監視人にするのを悩んでいた理由も容易に想像できた。

現に籔も彼女の姿を見てから尻の痛みがジンジンと甦ってきている。



「すみません、チェンジとかでき」



「それは無理や。」



言い切る前に断言されてしまう。



「本人を目の前にしてチェンジ等とよく抜かせましたね。次は眼球蹴り潰して欲しいということですか?」



「…いや、明らかに問題があるのはフィフィさんの方ですし……」



「問題があんのはお互い様なんやし…もう、丁度ええやろ。」



「もう、って何だよ!そこなげやりにされたら俺の異世界ライフの幸福度めっちゃ下がるんだけど!?」



「ワシが重きを置くのはヨッホー・パレパレタウンの住民の幸福度や。あんたらは知らん。」



ライオネルは突っぱねるようにゴミでもはたくように出ていけと合図を送る。

籔はどうしていいかわからずフィフィの方に視線を送るが、もうすでに扉を開けて部屋を出ていこうとしていた。



「あー、言うとくけど監視者から離れたらあんたらしょっぴかれんで。」



「なんで!?そういうのって監視者が俺達から離れないようにするんじゃないの?!」



「どこの世界の常識やそれ…」



籔は善の手を引き部屋を飛び出した。

廊下に出てフィフィの姿を探すと以外にも律儀なことにすぐそばの階段の手すりにもたれ掛かって籔達を待っていた。



「……」



「何ですか?」



「いや、、べつに。」



フィフィは言葉を紡ぎだせずに固まっていた籔にいらついた声色で不機嫌そうに当たる。

この気まずい空気は陽気な性格と人を引き付ける魅力と些細なトーク力があっても打破そうにない。



もっとも籔にそんなスキルは備わっていないが…

相変わらず人気のない教会を二階から眺めながら今後の方針という難題について思案する。



_____…異世界に来たらまず向こうの世界の知識でひと稼ぎしておきたい。

というかしなければならない。

このまま一文無しではすぐ路頭に迷って死亡…現時点でも若干路頭に迷ってるしな。

とりあえずまずはこの街で安全に稼ぐ方法を…



「早く準備してください。魔王狩りに行きますよ」



思考の海の水はその一言によって干からびた。。

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