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マッチ売りの少女は成り上がる! ~もしも少女がハイパービジネスガールだったら~

作者: 瀬戸速水

 あるところに、マッチ売りの少女がおりました。


 毎日街角に立ち、可愛らしい笑顔で、道行く人たちにマッチを売っていました。


 収入はとても少なく、爪に火を灯すような生活は決して楽ではありませんでしたが、お客さんとの温かなふれあいを生きがいにして、少女は幸せに暮らしていました。


 ところが、お手軽で雨風にも強いライターが世の中に普及すると、少女のマッチの売上はどんどん右肩下がり。家計は火の車。このままでは、やがて破産してしまうのは火を見るより明らかでした。


 少女は業態を変え、ライター売りの少女に転身することも考えました。しかし、ライターの卸値はとても高く、借金に背中を焼かれている貧乏な少女にはとても手が出せない商材でした。また、売れ残りマッチの在庫を大量に抱えており、早くこれを何とかしないと手形の期日に間に合いません。


 そんなお尻に火がついた状況の中、ふと、少女にあるアイデアが浮かびました。


「そうだ、商品に付加価値を付けよう!」


 少女が目を付けたのは、現在売り出し中のアイドルグループでした。少女はそのグループと業務提携契約を締結。マッチを購入してくれたお客さんに、おまけとしてアイドルグループとの握手券をプレゼントするキャンペーンを始めました。そして、グループにはマッチの売上の五パーセントを歩合で支払う約束です。


 この戦略は当たりました。握手券欲しさに、世の男たちは我先にと少女のマッチを買い求めました。マッチなんか要らないから券だけくれ。そんなお客さんもいました。


 マッチは飛ぶように売れ、少女の(ふところ)は潤いました。


 でも、そんな好景気も長くは続きませんでした。アイドルグループが成長して、世間で名の知られた存在になると、グループは歩合のアップを要求してきたのです。ただでさえ利益率の低いマッチですから、これ以上歩合を上げると赤字になってしまいます。少女がその要求を拒否すると、契約は一方的に破棄されてしまいました。


 少女は困りました。倉庫には先を見越して仕入れた在庫の山。これを何とかしないと……。


「そうだ、自分がアイドルになれば、スポンサー料なんていらないよね!」


 少女はその発案を早速実行します。街でスカウトした女の子たちと新アイドルグループを結成、MTC48と名付けて活動を始めました。


 ところが、世はアイドルグループ乱立の時代。急遽の寄せ集めで作ったMTC48の人気には、なかなか火がつきませんでした。


 そこで少女は、握手券から一歩進んでハグ券、更に進んでキス券を付けたり、マッチを大量に購入してくれた金ヅル……、いえ、大口顧客様には、裏アイテムとして「推しメンと一夜のデート券」を内密に贈呈したりするなど、サービスをどんどん過激化していきました。また、メンバーの枕営業の実態を週刊誌にリークして、炎上ビジネスも仕掛けました。


 そうして少女はあの手この手で奮闘したのですが、女の世界特有のドロドロした醜い争いもあってグループは内部崩壊。やがてMTC48は、音楽の方向性の違いによる無期限活動休止という名目ではあるものの、事実上の解散に追い込まれました。


 またひとりに戻った少女。次なる策略を考えなければいけません。倉庫には更に積み上がった在庫の山。


「うーん、こんなにたくさんのマッチをひとりで売り捌くのは、さすがに無理があるよね……。あ、そうだ!」


 少女は販売代理店を募集することにしました。


 でも、大して儲かりもしないマッチを商材にするような奇特な人なんて、そうそうはいません。人を集めるには、「儲かる仕組み」が必要なのです。


 そこで少女は、連鎖販売取引の手法を取り入れました。代理店契約をした人が、友人知人などを勧誘して更に下層の代理店を作ることにより、販売マージンを吸い上げるシステムを構築したのです。


 このビジネスは大成功。


 代理店を増やせば増やすほど儲かる!

 働かなくても勝手にお金が入ってくる!


 そんな人間の欲望に火をつける儲け話が口コミで広がり、お金に目が眩んだ人たちが続々とマッチ売りの代理店契約を結びました。いつしかマッチは点火する道具ではなく、金儲けのための金融商品として扱われるようになりました。そして、ピラミッドの頂点に立つ少女は膨大な収益を上げたのです。


「お金お金、お金がいっぱい!」


 少女は日々膨らんでいく預金残高の数字に心を躍らせました。


 しかし、(おご)るマッチ売りも久しからず、その栄華もすぐに陰りが見えてきました。このようなビジネスの形態だと、本当に儲かるのは山頂付近の一握りだけ。それが定説です。世間に広まってから参入してくるような出足の遅い人たちは、飛んで火に入る夏の虫なのです。案の定、市井(しせい)に代理店が飽和してくると、思うように儲けが出ない末端の人たちから不満の声が上がり始めました。更に、その違法性を問題視した消費者団体の告発により、少女の会社に捜査のメスが入ったのです。


 幸いにも警察の上のほうに袖の下を握らせていたおかげで、少女は危うく難を逃れましたが、これはもうアカンと代理店ビジネスを畳みました。


「やっぱり、真っ当な商売をしなきゃいけないよね」


 ギリギリの際どい商法ながら、それによってある程度の資産を得た少女。次は正攻法で行こうと、マッチ工場を建設して、生産直売を始めました。自社で生産から販売までを一括して行うことで、中間コストをカットして利益率の向上を図り、より安価で高品質なマッチの提供が可能になりました。


 そして、社長である少女自身も、研究員として薬品の研究に没頭しました。その甲斐あって、炎の色や香りを自由自在に変えられる頭薬の開発に成功。マッチ箱も海外の一流デザイナーに依頼したお洒落なものにして発売すると、流行に敏感な若い女性を中心に大ヒットしました。


 その他にも、何度も使えるリサイクルマッチ、逆に火が消えるマッチなど、これまでのマッチの概念を覆すような斬新な商品を次々と世に送り出し、少女のマッチ会社は業界トップへと駆け上がっていきました。


 また、商品だけではなく、広告戦略においても少女は攻めの姿勢を崩しませんでした。


 ライターなんてダサい!

 ライターのガスは体に毒!


 と、マスコミを使って憎きライターに対するネガティブキャンペーンを展開、マッチ業界全体の復権を推し進めました。また、11月11日を「マッチの日」と制定、「ハートに火をつけて」のキャッチフレーズで、女性が好きな男性にマッチを贈るトレンドも生み出しました。


 そんな少女のひたむきな努力が実り、やがて市場シェアにおいて、マッチは遂にライターを逆転。火をつけるアイテムといえばマッチの時代が再びやってきたのです。


 少女は時代の寵児(ちょうじ)としてマスコミに持て(はや)され、その半生を綴った自伝も出版しました。実際に書いたのはゴーストライターですが。


 その後も、人件費の安い海外に新たな生産拠点を建設するなど、順調に経営拡大を進めていく少女。


 身売りされた球団を買収してプロ野球界へも参入、チーム名をファイヤーズと名付けました。ところがこのファイヤーズ、投手力が貧弱で、登板する投手がマウンドで炎上しまくるので、当初はあまり強くありませんでした。しかし、オーナー兼GMの少女は球界でも優れた手腕を発揮、球団創設から僅か三年目にしてチームを優勝に導きました。


 少女はオリンピックの公式スポンサーにも名乗りを上げました。マッチ開発で培った特殊な技術で作った聖火台は、七色の炎で会場を(きら)びやかに照らしました。


 少女のマッチ会社は世界的なブランドとなり、海外のセレブも(こぞ)って愛用。売上は青天井で、念願の株式公開、一部上場も果たしました。そして創業者である少女は、一生掛かっても使い切れないほどの莫大な資産を得たのです。


 純白のリムジン。プール付きの豪邸。フワフワのベッドでドン・ペリニヨン。


 欲しいものは全て手に入れた少女。ですが、その欲望の(ほのお)はますます燃え盛る一方でした。


 お金というものは、海の水と一緒で、飲めば飲むほど喉が渇くのです。


「もっともっと、もっとお金が欲しいっ!」


 少女は時価総額世界一の企業を目指し、経営の多角化を推進していきました。国内外を問わず、M&Aで多数の企業を傘下(さんか)に収め、金融・保険や不動産、通信インフラ、街の宅配ピザ屋さんから宇宙開発に至るまで、多種多様な事業を展開。やがて、少女が指揮を執るMUSホールディングスの連結子会社は千を超え、世界的大企業としてその名を轟かせるようになりました。しかし、買収や投資のためにお金を借りまくったことで、銀行などへの有利子負債は百億ドルを超えるほどにまで膨らみました。とてつもない額の借金です。


 でも、貧しかったあの頃のように、少女は背を焦がす借金にヒイヒイ(あえ)いでいる訳ではありません。全ては少女の策略通りなのです。


 これほどまでに巨大化した少女の会社が、万が一倒産するようなことがあると、その影響は果てしなく甚大です。ドミノ倒しのように取引先企業もバタバタと倒れ、その結果、大恐慌を引き起こす危険性もあります。なので、国は公金注入も辞さず、少女の会社を支えようとするでしょう。つまり、少女は国の経済と一蓮托生の存在になることで、国の手厚い保護、これ以上ない強力な後ろ盾を確保したのです。


 少女にはもう怖いものなんてありません。史上最年少にして経団連の会長に就任し、政界へも大きな発言力を持つようになりました。毎晩のように、高級料亭のお座敷で、小さな少女の前にひれ伏す大人たちの姿がありました。少女はこの国を陰で牛耳るフィクサーとして、望むがままの世を謳歌しました。


 しかし、咲き誇った桜もやがて散るように、諸行無常、盛者必衰、少女の時代も終わりを迎えるのです。


 そのきっかけは、海外から回ってきた一枚の文書でした。


 資産隠しのため、密かにタックスヘイブンに設立していたペーパーカンパニーの存在が明るみになり、少女は世界的な非難の業火に(さら)されました。ブログも大炎上。


 少女は金のチカラで懸命にもみ消しを図りますが、未曾有(みぞう)の成り上がりである少女に嫉妬の炎を燃やす人たち、アンチマッチ売りの少女派が、ここぞとばかりに誹謗中傷罵詈雑言の集中砲撃で火に油を注ぎます。騒ぎに乗じて動き出したマスコミにより、次々に暴かれていく少女の裏の顔。更に、この機を逃してなるものかと、勢い付いて躍動したのは野党連合でした。政府与党と少女との癒着を連日に渡り国会で糾弾(きゅうだん)、事態はますます過熱していきました。


 少女は証人喚問の要請を受けるも、健康上の問題を理由にこれを拒否、コンツェルン傘下の病院に逃げ込みます。しかし、少女が厳重警戒の要塞で息を潜めているうちに、少女の側近や懇意にしていた政治家たちが、贈収賄や政治資金規正法違反などで芋づる式に逮捕。そして、国の中枢に巣食う巨悪を追う地検特捜部は、遂に疑惑の本丸である少女のタワービルへ踏み込んだのです。


 この火ダルマな状況を見て、甘い汁を求めて少女の周囲に(たか)っていた大人たちは、我が身に火の粉が降り掛かるのを恐れ、蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げ出しました。そして、少女の味方は誰もいなくなりました。


 結局この騒動は、この国史上最大級の疑獄(ぎごく)となり、少女は贈賄、脱税、特別背任、有価証券報告書虚偽記載など多数の罪で起訴され、実刑判決を受けてしまいました。


 無機質な冷たい牢獄に収監された少女。


「私はなぜ、こんな場所に閉じ込められているのだろう……。私はただ、一生懸命に生きてきたつもりだったのに、一体どこで道を間違えたのだろう……」


 少女は自分自身を見つめ直し、模範囚として過ごすうちに、少女に取り憑いていたお金の魔力からようやく解放されました。


 やがて自由な世界に帰ってきた少女は、残っていた全部の財産を慈善団体に寄付しました。少女は気付いたのです。サイズの小さな服は窮屈だけれど、大き過ぎる服も持て余すもの。それに合わせようとすると、醜く太るだけです。そう、「ちょうどいい」が一番だと。


 少女はカゴにマッチ箱を詰め込み、懐かしい街角に向かいました。


「やっぱり私には、この生き方が合ってるわ。だって私は、マッチ売りの少女なんですもの!」






 そして少女は今日も街角に立ち、以前にも増して素敵な笑顔で、道行く人たちにマッチを売っています。


「では、本日の問題! マッチ棒を二本動かして、正しい数式にしてください!」


挿絵(By みてみん)


「うーむ、これは難しいな。どうすれば良いものかねえ?」


「ヒントは、8のところですよ~」


「あっ、わかった! こうだね!」


挿絵(By みてみん)


「お見事、正解でーす!」


 そんなふうにマッチ棒パズルを楽しむなど、お客さんとの温かいふれあいを生きがいにしながら、少女はとても幸せに暮らしましたとさ。




 おしまい。












 あとがき


 ちなみにですが、さっきのマッチ棒パズルの問題は正解がもうひとつあります。良かったら解いてみてくださいね。答えは下のほうにあります。











































 答え


 まず、持っているスマホを上下反対に持ち替えてください。(PCの方はゴメンナサイ)


挿絵(By みてみん)


 ↓ ↓ ↓


 すると、こうなりますね。


挿絵(By みてみん)




 そして、この通り。


挿絵(By みてみん)




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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[良い点] マッチ売りの少女 なろうを検索したらこれが堂々の1位 読破しました おもしろかったです
[良い点] 冬童話から検索して参りました。 商才がすごすぎる……(笑) ちょこちょこ出てくる火の慣用句がお上手ですね。勢いがあって面白かったです。
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