探検再開、したはずが?
ドタバタとした朝食タイムを終えた。
アイリスの食事の件は、試行錯誤をしていく事で落ち着いた。
そもそもアイリスがどうして肉食で押し通そうとしていたかというと、要は彼女の作者がドラゴン氏であるためだった。真竜であるドラゴン氏は普段は食事をとらず、ただしおやつとして特に精霊分の多い魔物を食べているそうで、アイリスもその感覚を引き継いでいるらしい。
ちなみに、そんなアイリスが食べたご飯・焼き魚・インスタント味噌汁の食事はというと。
『どうだ、うまいか?』
『……よくわからないけど、なんかキモチいいかも』
『気持ちいい?』
『ハチ。もしかして、美味しいという感覚自体が未体験なのではないか?』
『……まさか!』
『いや、ありうるぞハチ』
『……』
『竜の眷属と言えば聞こえはいいんだが。それは悪く言えば「神の端末」に等しい。
すなわち、上位存在である真竜どのの存在を脇にうっちゃってしまえば、良くも悪くも空っぽの存在なのかもしれないぞ』
それってつまり。
『アイリスは本当の意味で無垢な赤ん坊ってことか?』
『いや、生まれたばかりの赤子でもエゴイズムもあれば味覚もある。当たり前だが一個の生命体なんだからな。
だが……アイリス嬢はそれすらもないのかもしれん』
『……マジで?』
『マジでだ』
『……』
呆然としている俺を見て何かを感じたんだろう。オルガが付け足してくれた。
『正直いうとなハチ、わたしも眷属がここまで真っ白な存在だとは今まで知らなかった。
その意味がわかるか?ハチ?』
『いや、わからん。どういうことだ?』
『我々はあまりにも彼女たちを知らなさ過ぎる、ということだな。
ハチ。
もししも君が、アイリス嬢の扱いを間違えたのではと考えているとしたら、それは間違いだぞ。むしろ逆だ』
『逆?』
問いかけると、オルガは情けなさそうな顔をした。
『あたりまえだろう。
この世界のどれだけの人間がかつて、眷属どのに助けられたと思ってるんだ?
なのに、わたしたちは眷属どのについて全く知らなかった。いや、知らないという事実を認識すらしていなかった。
なのに、異邦人であるハチはそれに気づいた……少なくとも、気づく状況を作り上げた』
『それは』
オルガの言いたい事が、さすがに俺にも理解できた。
『ハチはそれだけ彼女を彼女自身として扱っている、という事なんだろう。
それは何より素晴らしいことで。
そして同時にわたしたちこの世界で生まれ育った者は、もう少し君に学ぶべきなんだと思う』
『そうか』
それはオルガの本心なんだろう。
だけどなオルガ。
それでもやっぱり、俺は、もう少しアイリスを知るべきなんだと思うよ。
食事をすませてわずかなティーブレイクの後、出発となった。
食器を洗った米のとぎ汁は、あとで外に出たら処分する。今は捨てるところがないのでそのまま積んであるんだよね。
え、排水口に捨てればいいじゃんって?
いやいや、炊事の排水は色々入ってるから。
悪いものは入ってないと思う。だけど、逆にこれが流れず沈殿してしまった場合、雑菌とか雑草とか育てちまう可能性があるから。
俺はエコロジーに関心をもつような人間じゃない。ゴミの分別が面倒くさいと思う程度には常識のないおっさんだ。
だけど。
きれいなものを自分のせいで汚してしまうのは好きじゃない。
ところで。
「アイリス」
「ん?」
「おまるを屋根の上に積むのはやめろ」
「えー」
「えーじゃない!」
「かわいいよ?」
「恥ずかしいことをするなと言ってるんだ!」
なんでキャリバン号の屋根の上の、しかもめっちゃ目立ちそうなとこにアヒルのおまるを積もうとするんだよ。
嫌がらせか?
嫌がらせなのかアイリス?
「これがアイリスの感性なの。グランドマスターに命じられたわけじゃない、アイリスが自分で感じたことなの」
「ああ、そうだろうな。そしておまえの悪癖をただすのは俺の仕事だ。
さ、おまるをおろして車内に積むんだ」
「えー」
「えーじゃない!」
ったく、頭の切れる子供ってのは厄介なもんだ。
その証拠にホラ。
「でも、車内に積んだらニオイが広がるんじゃない?」
「オルガの魔法陣でガッチリ処理されてるだろうが。実際、今少しでも臭うのか?」
「む……パパ、ヘンに頭が回るし」
「それは俺のセリフだよっ!!」
頭を抱えていたら、オルガがクスクス笑いだした。
「なんだよ?」
「いや、こういう感性は正しく子供なんだなと思ってな」
「ん?というと?」
「子供はああいうネタが好きだろう?」
「……たしかに」
なぜか排泄物ネタ好きだよな、子供って。
あれはどうしてなんだろうな?
そんなこんながあったものの、とりあえず出発した。
まぁ出発したといっても昨日と基本的には変わらない。周辺を警戒しつつトンネルの中を進み、気になったものはキャリバン号を止めて記録したり検証したり。それの繰り返しだ。
「あと60キロだよー」
「おう」
だいぶ進んだな。
さすがに数百キロも同じトンネルを見ていると、オルガも俺も食傷してきていた。アイリスだけは楽しそうにタブレットをいじり、残りを距離を定期的にカウントしていたが。
と、そんな時だった。
「……ありゃ?」
ふと気になるものをみつけた俺は、キャリバン号を止めた。
「なんだ、ハチ?どうして止める?」
「これ……崩落か何かの修復跡じゃないか?」
「え?どこが?」
「どこがって」
オルガは気付いてないのか?
俺はキャリバン号を降りると、その微かに見える継ぎ目の後に近づいた。
「ほら、オルガ。これだよこれ」
「……単なる保守の跡だと思うが?」
「そうか?でもほら、ここをずーっと伝ってみろよ」
俺はわかりやすいように、継ぎ目をそって指差してみた。
「見てみ、継ぎ目が不連続になってるだろ?明らかに斜めというか、何かを修正した感じだ。
あの作業機械だかゴーレムだかは、ただの真っ平らな壁面にこんな斜め向きの仕事をするか?何かを手直しした跡じゃないのか?」
「……一理あるな」
オルガが眉をしかめ、そしてキャリバン号を降りて俺のところにやってきた。
「探査してみる」
「おう」
俺のなぞったラインを何か謎の方法で調べ始めたオルガだったが、だんだん顔色が変わってきた。
「……これは」
「どうだ」
「間違いない、確かに補修跡だ。ハチのいう通り、構造に問題が出るほどの破壊を手直しした跡である」
そういうと、オルガは俺の方を見た。
昨夜の甘ったるさが微塵も感じられない、きつく探るような目線。
うむ。
これがプロとしてのオルガの顔か。
「ハチ、どうやってこれに気づいた?わたしもそうだがアイリス嬢も気づいて……なかったのだろう?」
「アイリスも知りたい。パパ、どうやったの?」
「どうもなにも、この痕跡のラインで気づかないのか?」
俺はためいきをついた。
「この修復のラインだけどな、前に似たカタチを見たことがあるんだ。もちろんこの世界じゃなく日本でだが」
「ほうほう、具体的には?」
「山自体が水気を帯びすぎた土地でな、工事そのものにも不備が……まぁ手抜きだったらしい。
で、なんと完成直後に崩落を起こした。
原因はいうまでもないが、山の水気が手抜き工事部分を侵食したようだ。他の地域なら何年かはもったのかもしれないが、あの土地では無理だったんだろう。
見たところ、流水と山の膨大な圧力のダブル攻撃に負けて壁面が変形し、そこから芋づる式に潰れたようだった。もはや修復困難なほどにね。
結局そのトンネルは修復もされたけど問題だらけで、わずか18年ばかりで廃棄され、まったく新しい道と頑丈で大きなトンネルに取り替えられたんだ。
その18年もたぶん、新トンネルが完成するまで無理やり保たせられたに近かったようでな」
「詳しいな」
「実際に見てきたからな」
「そうか。
水……なるほど、こうも不連続なのは液体の侵食だからなのか」
「俺はプロじゃないしこの世界の土木工事の状況も知らない。だから、でっかい勘違いかもしれないけどな」
いちおう、俺は釘をさした。




