アイリス
まあ、いつまでも眷属ちゃん(仮)はダメだもんな。
ドラゴン氏が主人なら彼がつけてやるべきと思うけど、そういう事なら。
ふーむ。
「じゃあ、アイリスでどうかな?」
「アイリス?」
「瞳のことさ」
自分の目を指さしつつ言ってみた。
厳密にいうと目の虹彩のことらしいけど、意味するところはあまり変わらないだろう。
「君は灰色の瞳だよね?」
「はい」
「今まで俺の身内に灰色の瞳はいなかった。君だけなんだよ。
たったひとり、君だけのひとみ。だから瞳。
どうかな?」
「……」
な、なんだ?
なんかよくわからんけど、びっくりしたような顔でこっち見てますが?
「……」
眷属ちゃん(仮)はしばらくフリーズしていたが、少ししてやっと動き出して、
「はい、ありがとうございます。私はアイリス。これからも末永く、よろしくお願いします」
そういうと、ぺこりと頭をさげてきた。
お、こういうとこは自然でかわいいんだな。
「うんよかった、これからよろしくなアイリス」
「はい」
うん?名前をあげたら、少し雰囲気も柔らかくなった?
あーいや、気のせいかな?
いや、それよりちょっとまて。
「末永く?」
「はい。何か問題がありましたか?」
「あ、うん、問題というより確認事項なんだけどね。
君は、いわば当面の間の補助として『彼』が貸してくれたんだと思ったんだけど?」
「はい、そうなります」
「なのに末永くって?」
なんとなく違和感あるんだけど?
しかし、そういうと眷属ちゃん改めアイリスは、少しだけ微笑んだ。
お、笑顔もかわいいじゃないか。
「当面の間、というのはグランドマスターの尺度でのお話ですから」
「あー……そりゃそうだろうね」
「それを人族の時間になおしますと、それはざっと千二百年ほどにはなると思います」
「……はい?」
……千二百年?
「しかも今まで、預けた方の死亡以外で眷属を引き上げたケースは過去、たった一度しかないとのことです。ですので、これは『末永く』にあたると判断いたしました」
「……はあ?」
一瞬、言われた意味がわからなかった。
そして、千二百年の意味が頭に染み通ってきて、ようやく声がでた。
「あの、アイリスさん?」
「さんは不要です。アイリスでお願いいたします」
「わかったアイリス。……千百年て、マジ?」
「はい、マジです」
「一生じゃねえか!」
「はい、ですので末永くと」
「……」
おもわずためいきをついていると。
「あの、ご迷惑ですか?」
「……聞きたいんだが」
「あ、はい」
「なんでいきなり、すがりついて見上げてくるわけ?狙ったような上目遣いで、しかも甘え口調で?」
「???」
「あーわかった、よっくわかりました」
かならず異性タイプをあてるって言ってたよな、たしか。
ようするに、こういうことか。
つまり、異性タイプ、しかも子供をあてるってそういうことか。その方が説得しやすい、譲歩を引き出しやすいからだと?
ああもう。
ドラゴン氏いい性格してるじゃないか。まったく!
「ま、いい。事情はわかった。とりあえずよろしくな?」
「はい。よろしくお願いいたします」
そういうと、アイリスは少し姿勢をただした。
「ありがとうございます、ではもうひとつのお願いを」
「おう」
名前に匹敵するほどのお願いなのかな?何だろ?
「お疲れ過ぎです。すぐに休息をとってください」
アイリスの言葉が一瞬、わからなかった。
「え?休め?」
「やっぱり、お気づきでないのですね」
え?え?
「極度の睡眠不足と思われます。お休みにならないと」
「あーいや、でも」
でも出発しなくちゃ。
それに、安全なところで魚もちゃんと処置しないと、だめになっちゃうし。
「ご主人さま」
アイリスの顔が、ずいっと目の前に来た。
「いや、あの」
「最後にお休みになられたのはいつですか?」
「え?いや、それは……!」
あ。言われて気づいた。
「この世界に来てから……寝てない、かも」
しかも。
あっちでの俺は、休日を楽しむために遅くまで仕事してた。現地で寝りゃいいって。
で。
深夜からいきなりこっちの真昼間、いや、たぶん午前中に来ちゃったんだっけ。
いけね、その前も徹夜同然だったんだ。
しまった。
自分が疲れてる、それに自分で気づけないほど疲労してるって?
それはまずい。
「今、何時かな?」
「よくわからないけど……もうすぐ日が暮れるよ?」
「そうか」
つまり。
徹夜状態の翌日も深夜まで仕事してて、しかも世界転移でいきなり昼に。さらに未知の危険から逃げ回って、とどめにラシュトル騒ぎからドラゴン氏登場と。
は、はは、ははは……なるほど。
ちょおっと、おじさんには、まずいかな?
あー、うん。
自覚したら猛烈に睡魔きたわ。
「アイリス」
「はい」
「悪い、ちょっと仮眠する。三時間、いや二時間後に起こしてくれ」
スマホにもアラーム登録しとこう。
そう思って取り出そうとしたら、なぜか止められた。
「お待ち下さい」
「?」
「短すぎます。せめて十二、いえ八時間でもいいですから」
「それはだめだ」
俺は首をふった。
「せっかく釣った魚が腐る。ダメになっちまう」
「お魚?」
アイリスは周囲を見回して、バケツに気づいた。
「このお魚ですね、これを腐らないようにすればいいのですね?」
え?
「わかりました何とかします。ですのでお休みになってください」
「……わかった」
だめだ、もうやばい。
信じて任せる、しかない、か。
なんとか後部荷室にまわり、寝袋を荷物から引き出した。
潜り込もうとするんだけど……目があかなくなってきた。
寝袋にはいる、たったそれだけがどうしてもできない。
仕方ない。寝袋をひっかぶった。
「って、ちょっとまった」
「え?」
「ちょっとまって、ひとつだけ」
意識が朦朧としてきた。考えがまとまらない。
だけど、これだけは。
「ご主人様呼びはダメ……直してね」
「あ、はい、ですがしかし」
「よろしくね、おやすみ」
「……はい。おやすみなさいませ」
それでもう限界だった。
スイッチでも切れるみたいに、俺の意識は休息に眠りにおちた。
意識が落ちる直前に気づいた。
『おやすみなさい』
うん。
誰かにそんな言葉を言われたの、何年ぶりだろうって。