閑話・28號と愉快な仲間たち
ハチたちが古代トンネルの中で謎の珍道中を繰り広げている時。
聖国の一角では、ひとりの青年とふたりの女が、間諜のもたらした情報を吟味していた。
「おじさま、これ日本の軽自動車ですよね?」
「そうじゃ。しかもちょっと古い型のな」
青年本人は長いこと運転をしていないが自動車産業とは縁があったし、身の回りには軽や普通車のワンボックスを愛用する釣り好きもたくさんいた。
だから、この手のクルマについて少しだけ知っていた。
「ただの車ではないようじゃな」
「どういうことですの?」
「移動速度を見てみよ。砂漠の移動が推定60セクタ以上と書いてあるじゃろ?」
「ええ」
「この情報が信用できるとしたら、おそらくこの車は見た目だけじゃろう。騙されてはいかんぞ」
「えっと、どういうことですの?」
「ウエスト、わたしも知りたい」
「うむ」
ふたりの美女……姪と嫁にじっと見つめられ、ウエストはちょっと困ったようにコホンと咳払いをした。女たちはその意味に気づいているようで、ウフフと少しだけ口元がゆるむ。
とはいえ、もちろん本題は忘れていない。
「栞、まずお主にわかりやすく説明しよう。
この車は旧規格、昭和後期の軽四輪しかもワンボックスじゃ。だいぶポンコツであるし謎の改造箇所もあるようじゃが、たぶんスズキ製じゃな」
「そうなんですか?」
シオリはピンとこないようだが無理もない。こちらに来て二百年が過ぎているのだから。
ウエストもシオリの反応は想定内のようで、気にせず続ける。
「この時代の軽四は、あまり高速道路は考慮されておらん。そもそも絶対性能が不足しておったのでな。ノーマルの昭和の軽四ワンボックスとなったら、高速道路では80kmとちょっとで巡航するのがせいぜいであろう。それ以上で飛ばし続ければ……走れなくもないかもしれんが、まぁエンジン・車体・運転手のいずれかが音を上げるじゃろ」
「そんなものなんですか?それじゃあ、私のバイクくらいの性能なの?」
「ん?カブ号のことか?そうじゃな、あれといい勝負じゃろ」
大学時代の事になるが、シオリは兄のおさがりのホンダ・スーパーカブを寮やキャンパスのまわりで使用していた。これは原付でなく小型枠のものであり、さらに凝り性の兄が密かに手を入れてあったので、実はノーマルよりかなり高性能のカブ号だった。
昔を思い出しているのか、懐かしそうなシオリにウエストは目を細めた。
「さらにいえば、中央大陸の該当地域に舗装されたハイウェイは存在せんじゃろう?
日本の軽四で中央砂漠をぶっ飛ばし、シャリアーゼまで走破できる車なんぞほとんどない。もちろんこのクルマでは無理じゃろう」
「そんなものなんですか?でも実際に」
うむ、とウエストはうなずいた。
「実際にどれだけの速度が出ていたのかはわからぬが、複数の飛行機械、そして大部隊を相手に渡り合ったところからいって。
おそらく魔力による強化かなにか、しっかりと対策が施されているのは間違いないじゃろう」
そういうと、ウエストは別の資料を見た。
資料は文章だけでなく写真もあった。
それらは地球のカメラを研究してこの世界で再現された写真機によるものだが、魔石を用いた魔力望遠、自撮り棒どころか自力で空を飛び撮影させられる簡易ドローンなど、地球ですらまだ目新しい技術も使われているようだった。
もちろん、コンパクトさの点で地球製に大きく劣るものも少なくない。
しかし撮れる写真の精度や自由度は段違いである。
その装置により、接近遭遇時にいろんな角度から写真が撮られ、また研究用のタブレット経由でデータが送られていた。
で。
窓の中が映されている写真をウエストは見ている。
「遮光用のカーテンに……断熱装備も使っておるか。
使い込んであるのに普段は荷物があまり乗ってないルーフキャリア。
そして、このステッカーは……塗装のハゲやサビを隠しておるな。
使い込んではいるが……これは仕事用ではないのう」
「そうなの?なんで?」
「業務用でも使い込みはするが、さすがにこれはないわ。
だいいち、仕事用ならアニメのステッカーは貼らんじゃろ」
「アニメ?」
「うむ、これじゃ」
ウエストの指差したところには、巨大ロボットを背景に、ゴスロリ幼女とオッドアイ状態の長髪男のステッカーが、しかし妙な角度で貼られていた。
明らかに、裏にある何かを隠しているのだろう。
「これが、アニメというやつ?」
「うむ。
わしはこういうのはあまり見ないんじゃが、実は、わしのウエストという名前の由来になった作品なんでな、これだけはわかるんじゃ」
「へぇ」
エミはアニメと言われてもわからないので、そんなものかと首をかしげた。
「ウエストはこういうの好きなの?」
「正確には、わしのひ孫がな。つきあってよく遊んでおったんじゃが、わしのお気に入りは、それに登場する頭のイカれた科学者でなぁ」
「……なるほどわかる」
「いや、そこでわしの顔見て納得せんでもいいんじゃが」
そしてシオリの方は。
「おじさま、これ何を積んでいるかわかります?」
「わからぬな。じゃが、こういう車の用途はだいたい決まっとる」
「と、いいますと?」
「この手のワンボックスをこういう使い方をする者というのは、だいたい決まっとる。
釣り、写真撮影、天体観測……まぁなんでも良い。
仕事でなくプライベートでこの手の車を使う者というのは基本、何か目的か趣味がある。で、そのための道具として車を使っておるわけじゃな。
当然、そのための道具類が積まれておると思うんじゃが……これを見てみよ」
ウエストは一枚の写真をシオリに見せた。
「この、ちらっと見えておる青い網に見覚えはないか?ほれ、江崎の別荘近くの漁港じゃ」
「え……あ、干物のかご!」
「そう、それじゃ。干物マシン、干しかご、いろんな呼び名がある例のやつじゃな」
クスクスとウエストは笑った。
「単に寝泊まりする者ならこんなものは積まんじゃろ」
「なるほど。やっぱり漁業関係でしょうか?」
「いや、それはないじゃろ。むしろ車中泊中心のキャンパーの可能性の方が高そうじゃ」
「キャンパー……キャンプですか?こんな小さい車で?」
「お嬢、言っておくが」「おじさま?」
ウエストがシオリをお嬢と呼んだ瞬間、シオリが眉をつりあげた。
「……ふむ、シオリよ」
「はい」
今度は微笑み。
どうやら、結婚してからお嬢呼びを禁止されているらしい。
「シオリ、佐竹のアレを基準にするでないぞ。モーターホームなんぞ日本で導入できるのはさすがに限られるでな」
「そうなのですか?」
「やれやれ、妙なところだけ浮世離れしよってからに」
ちなみに話題の佐竹という人物は、日本住まいなのにトレーラーハウスまで所有している物好きである。
それはそれとして。
「車の話に戻るがの。
シオリ、そなたの話によるとシャリアーゼの入り口で国家群は待機しておるんじゃな?」
「あ、はい。そのようです。配置図はこれです」
「ふむ」
提示されたシャリアーゼの地図と、各国軍の配置図を見たウエストだったが。
「……もしかしたら、出し抜かれるかもしれんな」
「と、いいますと?」
「いやなに、根拠はないんじゃが。しかし」
じっと地図を見るウエスト。
「こやつらは基本的に、外からシャリアーゼに入ろうとする者を迎え撃つ形になっておるじゃろ?」
「はい」
「逆にいうとこの布陣、もし地下道なりなんなりで安全に市内に入れたらどうする?」
「え、まさか」
「まてまて、根拠はないんじゃ。もしもの話じゃな」
「そうですね」
シオリも地図をじっと見た。
「その場合、完全に出し抜かれますね。
ムラク道入り口にも一部隊がいますから最終的には気づかれるでしょうけど。
でも、そこまで出し抜く力があるのなら、そのくらいならどうにでもするでしょうし」
「じゃな」
ふたりは顔をつきあわせて。
「どうするお嬢?念のため……っと」
「……おじさま?」
「わかったわかった、シオリ。それで彼らには警告するのか?」
「しません」
シオリは首をふった。
「わざわざ待機させている各国には悪いけど、出し抜かれるのが結果的に一番いいはずだもの。
むしろ、へたに激突すると怖いわ。何が起きるかわからないもの」
「そうか?普通の魔法は使えないんじゃろう?」
「乗り物といい、使っている武器といい、何かを呼び出す、あるいは創ることに長けている可能性があります。
いくら本人に戦う気がなくても。
もし激怒して竜族レベルの怪物でも作られたら、それこそ大惨事ですよ?」
「ま、たしかにのう」
ウエストは大きく、そして静かにためいきをついた。




