眷属
しばらくすると眷属ちゃん(仮)は、決めたらしい服を着こんだ。
ちなみに、俺はそのさまを鏡で見ていた。
え?ヘンタイ?
あのなあ。
生まれたばかり、しかも地球のつまり異世界の服だろ?
わからないって事になったら誰が教えるんだよ?
「着ました」
どっかで見たようなオーバーオール姿だな。まあいいか。
「ちゃんと着れたようだな。ところで」
「?」
裸足だったので、靴下と言おうとして気づいた。
「なあ、パンツはいたか?」
「パンツとは何ですか?」
「……おい」
わからないらしい。
「ちょっとまて。今、確認してやる」
俺は頭をかくと、眷属ちゃん(仮)のオーバーオールの中身をのぞいたんだけど。
「……」
……しばらくお待ちください……
数分後、こんどこそちゃんと着た眷属ちゃん(仮)がいた。
うん、靴下もはいてるぞ。
「やれやれ、ま、当然っちゃ当然か」
生まれたばかりなのに、服の着方なんてわかるわけがない。シャツは後ろ前だわパンツはいてないわ、えらい騒ぎだった。
まあ俺も育児スキルないから、おあいこだけどな。
「まてよ、でも靴は……ありゃ」
助手席の足元に、お子様サイズの靴が。
でもこれ、どっかで……あ。
「この靴、実家で見たことあるぞ」
姉貴が小さいころ履いてたのにそっくりだ。
そういえばオーバーオールもそうだ。姉貴が着てたヤツに似てる気がする。
どういうことだろう?
まあ、今はドラゴン氏を待たしちゃってるし。
あとで悩んでみるか。
「ここにきて、俺の隣に座りなさい。あ、一度外に出てこっちのドアからな」
「はい」
いつもは直接荷物室から座席に来れる。
でも今日は、魚いりのバケツが邪魔になる。汚れちまうからな。
眷属ちゃん(仮)が助手席に回ってきたのを見てドアをあけ、中に入れた。
「その靴を履きなさい」
「はい」
無事履けたのを確認して、それから前を見た。
ドラゴン氏は、じっと待っていてくれた。
「大丈夫です」
『うむ。
それは我とつながっている。そしてそれ自体も学習し、知識を蓄えて成長していくだろう』
「なるほど……見た目はこのままですか?」
『そうだ』
え、成長しないのか?幼女のまま?なんで?
『あとで本人に聞けばいいが、それはそれで完成形なのだ。ゆえに身体は成長しない』
あらら。
『大きくなってほしいのかね?』
「できれば、そのほうがいいです」
とりあえず断言しておいた。
『ふむ。理由があるのかね?』
「今のままだと、第三者からの見てくれが凄く悪いですから」
『ほう?』
いや、ほうじゃなくてさ。
だって俺、いっちゃなんだけど、おっさんだよ。
考えてくれよ。
得体の知れない軽四に乗った怪しいおっさんが、どう見ても実の子じゃない幼女を連れ回してたら何に見える?
……そうだよ。
映像的には幼女誘拐だろそれ(泣)
『すまないが、君自身がイヤでなければ、当面はその見た目でがまんしてほしい。どうしてもというのなら、そのうち容姿変更も検討しよう』
「……まあ、とりあえずイヤじゃないです」
こどもは癒やしだ。そこにいるぶんには可愛いもんだ。
ま、現実の子供ならギャーギャー騒ぎまくって大変なわけだけど、この子はむしろ、逆の問題になりそうだしな。
何か事情あるっぽいし、とりあえず容姿は保留か。
そんなこんな会話をしていると、何かキャリバン号の外があわただしくなってきた。
何事かと外を見てみた。
「お」
まわりにいたラシュトルたちが、なぜか引き上げ始めていた。
なんだ?
『日常にもどれと指示したのだ。興味があるのはわかるが、わが眷属からの情報を待てとね』
「なるほど。で、その眷属が今こっちに乗りこんだから?」
『そうだ。彼らは、眷属から情報がもたらされる事を知っているのだよ』
なるほど。今までも似たような事があったって事か。
『さて、では我も去ろう。あとは相談しつつ何とかやってみるといい』
「……わかりました。さっそく色々とありそうですし」
『そうか』
ふむ。やはりこの子を子供のまま置いておくのって、それはそれで別の理由がありそうだな。
まあ、いいんだけどさ。
そんなことを考えていたら。
『問題点はそのつど指摘してやってくれ、先刻も言ったが我とそれはつながっているのでな。
むろん、我らにも思惑がある。そしてそれは、君の現状を考えても損ではないだろうという判断があって、そのうえでのことなわけだが』
「はい、わかります」
『すまないな』
「いえ」
悪意がないのは理解できる。
それに、たとえこの子がなんの役にも立たなかったとしても、旅は道連れだ。事情のわかる話し相手というだけでも、かけがえのない存在だろう。
うん、充分ありがたいよ。
『では今度こそさらばだ。また会おうぞ異界からの友よ』
そう言うと、ドラゴン氏はその巨大な翼をゆっくりと、優雅にひろげた。
おぉ……これはカッコいいな!
思わずスマホを取り出し、カメラスイッチを押した。
ええいくそ、スマホってカメラ起動遅いよな、はやくはやく!
何とかカメラ起動すると、離陸していく雄大なドラゴンを何枚も撮影した。
おおぉぉぉぉ!やっぱりすげえな!
一度だけ、ごうっと風が起きて、キャリバン号が少し揺れた。
そしてもう一度見上げた時には、もうドラゴンはいなかった。
どのくらい呆けていたろう。たぶん時間にすると数分だと思うのだけど。
「ご主人様」
「!?」
およそありえないような単語を聞いた俺は、一瞬で我に返った。
「ご、ご主人さま!?」
「はいご主人様」
「やめろおお!」
「……何か問題が存在しますか?」
「存在する」
「何でしょう?」
見た目の可愛さに騙されてたけど、口調がめっちゃ機械的だな。違和感バリバリだ。
洋画吹き替えなら、日本語版作成者の正気をうたがうところだよな。
「まずその呼び方。ご主人様はなんとかしてくれ」
「そうですか。では、だんなさまで」
「だんな、さまぁ!?」
「……これもいけませんか?」
「いけませんね。ご主人様とか旦那様とか、俺は性犯罪者かっての!」
スマホの対話エージェントよりお堅い言い方といい、問題アリすぎだろう。
とはいえ、ここまでガチガチだと、こっちからリクエストしないとダメかな?
よし。
「俺のことは、ハチとよんでくれないか?」
「お名前で?それは……」
あらら、困惑しちゃった。
もしかして譲歩してほしいのか?
だがすまん、わるいけどここは譲れないんだ。俺の未来の精神衛生とか世間体とか、いろいろな意味で。
でもそんなことを考えていると、
「あの、すみません。それよりまずお願いがあります」
なぜかそんなことを言ってきた。
「お願い?」
「はい、すみませんが緊急です。二件ほどあります」
唐突に何を言いだすのと言いかけたけど、真面目そうなのでこっちも態度を改めた。
なんでもいいけど。
ちんころしたオーバーオールの幼女の姿で、まるでどこぞの宇宙人製アンドロイドみたいな発言と態度はやっぱりまずいだろう。普通じゃないですって宣伝してるようなもんだし。
なんというか、もうすこし態度もかわいくしないと不自然だろう。見た目相応にさ。
そういうと、首をかしげつつも答えてくれた。
「申し訳ありません、ただいま学習により会話パターンを増やしています。
現時点で『子供らしい会話』『対人対応用会話』の学習カリキュラムを進めております。予定では48時間と27分38秒以内に完了させる目標で並行作業中ですが、ここに今リクエストいただきました『見た目相応』の解釈と対応も追加いたします。ご不便をおかけしますが、もうしばらくおまちいただければ幸いかと」
「……お、おう。おまちいただく、いただくから、がんばれ」
「ありがとうございます。最大限の善処をいたしますので」
これはひどい。
まあ仕方ない、マテというなら待ってみるしかないだろう。
「話を『お願い』にもどしてもよろしいですか?」
「おう、いいぞ何だ?」
「まず、お名前をもらえますか?」
名前?
「現在、私には固有の通名がありません。マスターに尋ねてみたのですが、名前はご主人様にもらいなさいと」
だからそのご主人様はやめてと。
ん?マスター?
ドラゴン氏のことか?
「名前は俺にもらえって?」
「はい」
まあ、いつまでも眷属ちゃん(仮)はダメだもんな。
ドラゴン氏が主人なら彼がつけてやるべきと思うけど、そういう事なら。




