古代街道?
いろいろな都合から、どうしてもシャリアーゼ国ですます要件ができたわけで。
しかし、そこは間違いなく人間族の集団が待ち構えているという。
「困ったもんだな」
「困ったねえ」
「……まったくだ」
ハンドルを握る俺、眉を寄せるアイリスに、考え込んでしまっているオルガ。
キャリバン号の中は、ちょっと深刻な沈黙の中にあった。
「どうにかできないもんかな」
「ごめん、わかんない。思いつかない」
「いやいや落ち着け、アイリスは悪くないから」
なぜか悲しそうにためいきをついて謝るアイリスを、あわてて横からなぐさめた。
キャリバン号は古い軽四でMTなんだけど、こうして何もないとこを定速巡航している限りは最新のATと大差ない。何しろ最初から道のないところを浮いて走っているわけで、注意すべきは浮遊状態に影響を与える障害物だけだからだ。それならアクセルとハンドルだけで間に合う。
で、本題の方。
「見せてもらったハチの攻撃力を考えれば、正面突破は可能だろう。イザという時にはアイリス嬢もいるわけだし、できるかできないかっていえば突破できるだろう。
だが、流す血が多すぎる。
バラサの町の入り口の話は聞いているが、あの程度の事ではすまない……おまえには負荷が大きいんじゃないか?」
もっともな指摘だった。
バラサの時みたいに俺が気持ち悪くなってしまったら?
そしてそのためにキャリバン号が動かせなくなってしまったら?
そう。
勝っていても一気に形勢不利になってしまうだろう。
なんて情けない……。
今の俺はひとりじゃなくて、守るべき対象だっているっていうのに。
「すまん」
「パパのせいじゃないよぅ」
俺が謝ると、今度はアイリスがなぐさめてくれた。
「アイリス嬢の言う通りだぞハチ、おまえは戦乱のない非武装地帯で育った人間だろう?」
「それはそうだけど、この世界でそんな事言ってたら」
甘ちゃんにもほどがあるだろう?
でも、そんな俺の主張に対してオルガは言った。
「念のため言っておくが、この世界でもおまえのような者はいるぞ」
「え、そうなの?」
魔物あふれる世界なのに?
そういうとオルガに笑われた。
「まぁ考えてみろ。
今までいくつかの街道を走ったと思うが、そこにあった魔物避けはせいぜい結界くらいじゃなかったか?頑丈な柵なんかで魔物の侵入防止をしているところがあったか?」
「……ないな」
言われてみれば。
「つまり、一般的にはあの程度の防御で問題ないんだ……まぁ例外はあるがな」
「例外?」
「ここで論じるほどの話じゃないから飛ばそう。ま、何事も例外はあるさ」
オルガは少し苦笑すると、さらに続けた。
「おまえの世界じゃどうか知らないが、こちらじゃ多くの者が生まれた国や土地を離れる事なく生涯を終える。だから、中には危険な魔物なんて生涯見ずに終わる者だっているんだ。
むしろ地域によっては、戦乱で血を見る可能性のほうが大きいくらいだろう」
「……なるほど」
ああ、そういえば。
現代日本じゃ旅行だ消費だと煽り立てるマスコミに毒されているけど、実は地球社会だって同じ傾向だったっけ?
え?
なんのことかって?
いや、そのまんまだって。
つまりね。
地球もやっぱり全世界レベルでいえば、生まれた国や地域から一歩も出ないで一生を終える人の方が圧倒的に多いってことさ。
それどころか、生まれた市町村から出ずに終わる人の方が多いのかもしれない。
要するに、一部先進国がむしろ特殊なんだと思う。
オルガの話は続いている。
「よそに行かないということは同時に、ひとの町から出ないという事でもある。
その状況で一般人が触れるものといえば、それは食材とペットくらいだ。つまり、自ら殺したり解体するものはほとんどない」
「……」
子供の頃や旅行中に見た商店街の風景が脳裏をかすめた。
そのまま売られていたのは魚くらいで、それも活魚は極めて少ない。地元で水揚げされていて、しかも市内に大きな市場もある町で育ったのに。
で、さらにそれでも解体できない人は、魚屋さんにさばいてもらってたっけ。
魔物がいようが。
人種間抗争があろうが。
それでもやっぱり、非戦闘員はいるわけで。
「同じか……なるほどなぁ」
その言葉は、俺の中でも大きな実感をこめたものだった。
しかし。
「ちなみに余談だが」
「?」
「苦手とする者は圧倒的に女子供、それから老人だがな。例外もいるとはいえ」
「……」
オルガさん、なんでそう楽しそうに笑うんですかねえ?
俺は思わず。
「……俺もおっさんだからな」
意味のわからない返答をして、目をそらした。
そしたら、さらにクスクス笑われた。
「からかって悪かった、話を戻そう。
聞いたところだと、防衛のためにひとり、ふたりくらいなら殺せるよう馴らしてきたんだろう?」
「ああ」
「その程度まで慣れているなら問題ないさ、むしろ現状が異常なのだしねえ」
そういうとオルガはためいきをついた。
「オルガ」
「ん?」
「恥をしのんで尋ねるが、何かとれる手段はあるかな?」
「まともに考えれば、ない」
オルガはそう言ってから、少し眉をよせた。
「まともに考えれば、か……フェイクな手段ならあると?」
「あまりよい手段ではないが、当たればな」
そういうと、オルガはアイリスに顔を向けた。
「アイリス嬢、ちょっと厄介な頼み事をするんだがいいだろうか?」
「んー、とりあえず聞いていい?」
「もちろん」
オルガはうなずいた。
「アイリス嬢、そのタブレットは中央大陸の『今の地図』が出るのだろう?キャリバン号周辺だけでなく?」
「え?うん、そう」
「そうか。ならば、ちょっと調べてほしいものがある」
「調べる?このタブレットで?」
「うむ」
「何を?」
アイリスの言葉にオルガはニヤリと笑った。
「ムラク道の中央大陸側施設だ。残ってないだろうか調べてみてほしい」
ムラク道というのは現在、中央大陸と南大陸を結んでいる海底トンネルの事を指す。
でも、トンネルなのに『道』という名称を使っている事から想像つくかもだけど、大昔はトンネルを意味するものではなかったんだそうだ。
このあたりはオルガが詳しいようで、色々話してくれた。
「ムラク道の起源については謎に包まれているが、ひとつわかっている事がある。
元々は中央大陸にあったいずれかの国の首都から始まる……おまえにわかるように言えば、一種の高規格道路だったんだ」
ふむ。
「今残っている部分は痕跡だと?元はどこまであったんだ?」
「砂漠を縦断し海底を抜け、最終的には南大陸最南端にあった古き友好国の首都まで伸びていたそうだ」
それはすごい。
「大陸縦断道ってやつか!」
「ああ、良い表現だな。そんなところだ」
ウンウンとオルガはうなずいた。
「しかし、この中央大陸にそんな道があるとは聞かないな。なくなっちまったのか?」
「中央大陸側がどこにあったか、ほとんどわからなくなっているんだ。
南大陸側の道は路盤だけなら残っていて、今も街道として利用されているんだがな」
なるほど。
「ふむ……中央大陸側は全然ない?痕跡すらも?」
「それなんだが、実はシャリアーゼの一角に痕跡が発見されているんだ」
ほう?
「とはいえ、まだ入り口が見つかったばかりだし、わたしの懇意にしている商会が調査を開始したところだがね」
「……再発見されたのか?」
「そうだ」
その道の先が現存すれば、シャリアーゼ突入の抜け道にしてみようって話か?
なるほど、うまい考えだ。
うまい考えだが……俺は疑問を呈した。
「そいつを通るのか……確かに面白そうだが、疑問が2つある」
「疑問?」
「再発見される状況ってことは、その道ってもしかして地下道かなにかなのか?」
「うむ、そうだが……なぜわかる?」
「堂々と外に出ている道なら、少なくともシャリアーゼ側で発見されてなかったのはおかしいだろう?」
「単に切れているのかもしれんぞ?」
「そうかもしれないが、ないな」
俺は首をふった。
「たとえ切れてても、シャリアーゼ側に少しでも道があれば、どっちの方向に向いてたか調べて追跡調査はできたはずだ……地上にあればな。
それが最近までみつからず、発見してもそれを秘密にしながら、じっくり調査しているんだろう?
そこまで条件が揃っているんなら、地上でなく地下にあるんじゃないか……俺はそんなことを思ったりもするんだ」




