植物と同類
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいいたします。
雑談で中断していた調査だけど、ひととおり撮影やら記録やらをすませ、オルガが気になる機材などの解説をしたところで終了となった。
ついでに、気がつくと夕刻になっていたので外に出た。
俺としてはちょっと懐かしくもあるけど、元の持ち主から譲られたとはいえ、ここは空き家でなく他人の家。主人がいないのに勝手に夜を越す気にはなれなかった。
「うむ、しかし興味深いねえ」
未練たらたらで、できれば泊まりたいとまで言い出すオルガを引っ張り出すのにちょっと苦労したが。
いやぁ。
学者ってスイッチ入るとすごいもんがあるよな、やっぱり。
夜が来た。
ちなみに、今夜はちゃんとオルガのテントを広げた。
場所はカマキリたちの潜んでいた木のそば。そこはちょっとした広場というか、空き地になっていたんだ。
「ここ、なんで木が生えてないんだろ?」
木どころか高い草も生えてない。なんでだ?
「薬でも撒いたわけ……じゃないよな」
だったら草もおかしくなるはずだが、小さい草はたくさん生えてる。
悩んでいたらオルガが言った。
「わたしは専門家じゃないが、この木のせいだろうねえ」
「これ?」
大きな木に目をやった。
日本のクヌギによく似た地肌をもつ、堂々たる大木。
つーかチェックしてみたら異世界種だけどクヌギそのものだった。
『メイカイクヌギ』
古来この木はラポイと呼ばれていたが、異世界人の学者がクヌギの一種だと指摘し、しかし巨大なので異界のクヌギという意味でこの名をあてたそうである。
巨大種だが樹木としては普通にクヌギらしい。
メイカイ……『冥界』だよなやっぱり。
縁起でもない名前だけど、このネーミングセンスは深海魚なんかでよくやるんだけど、知ってるかい?
海の生き物ってさ、ちょっと深いくらいだと竜宮とか乙姫なんて浮世離れした名前になるけど、さらにどんどん深くなったり巨大種になると、今度は竜神とか神仏じみてくる。
で、それもさらに通り越すし、最終的には異界の名がつくようになるんだよね。
いい例が『ヨミノアシロ』。
すごいよね、『黄泉のアシロ』だよ、あの世の魚だよ。
アシロ科は深海魚が多いそうだけど、中でも水深8300m以下って超深海でも確認されてる超弩級の魚なんだけどさ。
話を戻そう。
この、クヌギに冥界なんて名付けちゃった学者さんなんだけど、俺はちょっと思ったことがある。
ゴツゴツしたクヌギの地肌といいこの日本のクヌギ顔負けのズドーンと高くそびえる直立不動っぷりを見ていると、本来もっと雄々しい感じがするんだよね。冥界のクヌギというより、龍王とか龍神のクヌギって感じじゃなかろうか?
え?中二病?
いやだって、そういうネーミングの生き物多いんだぜ?リュウオウなんかとかとか。
でも、そもそもこの世界には本物の竜神様、つまり真竜族がいる。ここでリュウオウとかリュウジンってつけるのはどうかとも思う。
だから、あえてあの世、黄泉の名を冠したのかなぁ、なんて邪推しみたり。
ちなみにオルガにそういうと、
「ああ、なるほど、どこでも同じかねえ」
「同じ?」
「こちらの学者も似たような名付けをするってことさ。神の木に魔王の魚、神界のクラゲなんてのもいるぞ」
「うわぁ……」
ふたりで顔を見合わせ、そして苦笑いした。
「話を戻そう。
ハチの世界でどうなってるかは知らないけど、こっちじゃこの系統の木は強く、しっかりした根をはるんだ。ちょっと張りすぎなほどにね」
「張りすぎ?」
「あまりにも張りすぎるから、近くに別の大木が生えないのさ」
オルガは肩をすくめた。
「こういう木々は、より高く大きく枝葉を広げ、低木や下草の生育を保護する空間を形作るのさ。だけどその半面、その空間を侵食する同レベルの個体は拒否するんだねえ」
「ほう……ああ、そういうことか」
「そういうこと?」
「自分の配下における植物は保護するけど、敵対しかねない同レベルの植物は周辺から排除するってことだよね?」
「ん、正解だ」
オルガは微笑んでうなずいた。
植物の生存競争というのは、実は動物よりもはるかに熾烈なもの。
たとえば素人は、動かない植物をなめてかかる事がしばしばある。平和的と勘違いしている人もいる。
けどそれは間違いだ。
そこいらへんのちょっとした大木でも、たった一晩で1トンの水を吸い上げる。
実は植物というのはエキサイティングな生命体だ。
タイムスケールが動物よりちょっと長いだけの話で、実は驚くほど壮絶で過酷な生存競争をしているんだ。
「……ほう」
オルガは俺の発言にちょっと驚いたように目を丸くしていたが、
「なるほど、そうかもしれないな」
そして小さくためいきをついた。
「……こりゃクレーヌ教授にだけは会わせないほうがいいかねえ、ヘンに気が合うと大変なことになりそうだ」
「ん、何だって?」
「いや何も、ひとりごとだ」
ふるふるとオルガは首をふった。
ちなみにテントでなく作ったばかりのキャリバン号の増築部を試す案もあったけど、とりあえず今日は却下することになった。
理由はというと簡単。
漁港でとれた魚やタコを調理するには結局、外で火を使わなくちゃならない。そしてキャリバン号の中にはキッチン設備がないし、オルガも設置してなかったから。
どうせ外に設備を広げるならと、今夜はきちんとテントを張る事にしたわけだ。
「盲点だったねえ、どこかに調理場を作るかね」
「いや、その前にする事あるだろって……聞いてねえなありゃ」
だめだこの人、どうしてもキャリバン号を完全宿泊可能にしてしまいたいみたいだ。
なんというか。
「調理場ができても、水まわりとかきちんとしないと『完全』は無理なんだけどな」
たぶん言えば墓穴を掘るので、聞こえないようにつぶやいた。
それにしてもなぁ。
夢中になると日常をすっぱり放置するあたり、なんかこう、いいよな。はははっ!
俺はこういう、我を忘れてのめりこんじゃう人間が好きだ。まぁ、俺がそうだってのもあるけどさ。
そんなことを思いつつキャリバン号を再検分するオルガを見ていたら、なぜかアイリスがグフグフ笑いだした。
だから、そのおばちゃん笑いはやめろと。
「オルガさんが同類でよかったねえ、パパ?」
「……は?」
一瞬、言ってることがわからなかった。
「よくわからないんだが……同類って?」
「何かに夢中になると、何もかもおっぽりだして没頭するタイプってことだよ?パパもそうだよね?」
いやいやいやいやちょっと待て。
「いや、さすがに俺はここまでじやないと思うぞ?」
「一緒だよぅ」
「そうかぁ?」
「そうだよ」
「そうかなぁ?」
「そうだよ」
いやま、言いたい事はわかるんだが。
でもなアイリス。
ひとの一生なんてものは、あれもこれもってやれるほど長くないんだよ。
それでさ。
天才でも優秀でもない俺みたいなのが何かをやりこもうとしたら、日常も何もかも切り捨てても時間を確保して進むしかないんだよ。
アイリスはそんな俺の顔を「こまったちゃんだなぁ」と苦笑するような顔で見ている。
うーむ。
車内を検分して「あの資材が足りないからシャリアーゼで調達して」とか謎の皮算用をしているオルガをつかまえ、魔物の動物学についての話を色々と聞いた。
そうこうしているうちにアイリスが調理を完成した。
「今日はお魚だよぅ」
「これは美味そうだけど……まさか香味揚げかこれ?」
「そうだよう」
あっさり言われ、思わず脱力した。
「どうしたハチ?」
「俺、香味揚げ作ったことないんだ……負けた」
「あははは」
思わず脱力していたら笑われた。
「いや、そこで追い打ちかけなくても」
「さすが眷属殿と言いたいところだけど、アイリス嬢はわたしの知る過去の眷属どのより学習能力が高いようだ。実に素晴らしいことだが」
「え?そうなの?」
思わず質問するとオルガはうなずいた。
「眷属は基本的に高性能だが、我々恩恵を受ける側はどうしても、その高い能力をドンドン利用しようとしてしまうからねえ。
でも、ハチはそれをしないだろ?
もしかしたらだが、このアイリス嬢の姿こそが、正しく本来の性能を発揮している眷属なのかもしれないな」
「いや、そこで真理を見た!って学者的にドヤ顔してなくてさ、俺にもわかるよう説明プリーズ」
「おっとそうだな。
しかしせっかくのアイリス嬢の料理だ、まずは食べようじゃないか」
そういうとオルガはにっこりと微笑んだ。




