考えるんじゃない、感じるんだ
「あの、オルガさん?ちょっとこれは無理じゃないかなぁ」
「いやいや本気だとも。おそらく問題ないぞ」
「お、オルガ?アイリスも無理だと言っているし」
「くどい。さ、やるぞ?」
マジか。マジですか。
俺の周囲は真っ暗闇。
そして、周囲から接近してくる、何かこう、ワサワサした、やばい感じのざわめきが。
なんで俺、真っ暗な港にいるんだ?
話の始まりは簡単だった。
魚とタコを無事収納し、アイリスにわんこ組も交えて賑やかな夕食のあと。アイリスと訓練をした話になったんだよね。
根本的に戦闘に向かない俺を血に慣れさせ、イザという時に無事切り抜けられるようにする訓練。
オルガは興味深げにそれを聞き、アイリスを質問攻めにしたんだけど。
「するとハチは、バラサの町に入るまでは毎日訓練していたのかねえ?」
「うん、そうだよ?今はオルガさんとイチャイチャするのに忙しくておやすみ中だけど」
「おい」
あっけらかんと言い放つアイリスに文句を言いかけたが、なんとオルガまでクスクス笑いだしてしまった。
「それはいけないねえ、わたしに夢中なのはいいんだが、訓練を怠るのはよろしくない」
「夢中なのはいいの?」
「そう怖い目をするなアイリス嬢。そっちはちゃんと理由もあるんだからねえ」
「え?理由?」
オルガは、不思議そうな顔をするアイリスを隅っこに手招きすると、俺に聞こえないところで耳打ちをはじめた。
……なんだ?
アイリスはキョトンとした顔から、何か流し目のオバサン顔に変わっていった。
「おい、なんの話をしてるんだ?」
「ないしょー」
「内緒だな、うむ」
なんか最近、アイリスは妙にオルガと仲がいいです。
むむ。
俺、なんか仲間はずれ?
「そんな顔をするな、そもそもハチではアイリス嬢と『女の話』はできまい?」
「それはまあ」
「だったら、不愉快かもしれないが許してやってくれ。女のナイショ話など、男が聞いて楽しいものではないだろう?」
「まぁな」
それはそのとおりだ。
なんか納得いかねえけど。
「それで話が変わるんだがハチ。
今アイリス嬢に確認したんだが、ハチは視覚中心の射撃訓練はやっているので間違いないかねえ?」
む?
「よくわからないが、そういう事になるのかな?」
「ならば、魔力中心の訓練をしてみないかねえ?」
「魔力中心?」
どういうことだろ?
「すべての生き物には魔力がある。それを感知し、攻撃してみるのさ」
そういうと、オルガはニヤリと笑った。
……というわけで、舞台は真っ暗な港に戻るんだけどさ。
「今、このあたりにはわたしの結界をかけてある。
この中には一定以上の魔力をまとう生き物しか入れないが、逆にいえば、魔力を感知できるなら接近をとらえられるはずだ」
「……それを魔力だけで『見て』撃てと?」
「そういうことだ」
「無理!」
俺は即答したのに聞いてくれない。
たちまち夜の防波堤に引き出されましたよ。
……でも。
言われてみると確かに、なんか周囲に妙な気配があるな。
気のせい……でもないみたいだ。
よし、撃ってみるか。
「オルガ、アイリス。わんこたちを捕まえといてくれ。撃つ」
「いいよー」
「わかった」
数が多いようだから威力を絞ろう。なるべく拡散、または広範囲に効くように。
よし。
ホルスターから、今や愛銃となったマテバもどきを引き出し、そして。
「っ!」
タン、と一発だけ発射した。
その瞬間、いつもの射線でなく広範囲に、パアッと広がるような光が周囲に拡散した。そしてそれは地面あたりにいた大小の有象無象を巻き込んで。
──じゅっ。
……とまぁ、擬音にするとちょっとイヤな音と焦げるニオイつきで全滅した。
「よし」
「うむ、結果を見てみよう。アイリス嬢、あかりを」
「はーい」
そういうと、キャリバン号の方からポンッと何かが放たれたかと思うと、照明弾みたいなのがパアッと空中で光った。
で。
「うわっ!」
地面付近には、大小さまざまな虫が転がっていた。もちろんみんな死んでるが。
中でも、小さいやつはわかりやすいんだが。
「ハチ」
「ん?」
「分析したいんだろうがその前に確認するぞ。魔力を感じ取れたか?」
「魔力かどうかはわからない。
ただなんかこう、わさわさって雰囲気に向けて撃った」
「ふむ」
オルガは少し考えると「それじゃあ」と言った。
「今は感じ取れるか?」
「今?」
「うむ、今だ」
そう言われて、もう一度意識を向けてみた。
「いや、しかしもう倒しちゃって……!?」
いや待て、何かいる。アイリスたちの背後だいぶ向こう!
迷わず銃を向け、そっちにもタンと一発撃った。
「お」
撃った瞬間、そいつはビリビリッと全体がぼんやり光った。
光ったんだけど。
「でけえっ!」
なんだあれ!?
「ササヒメ!」
「ウォンッ!」
ササヒメがオルガの前に出ると、いきなり3つの口から強烈な電撃を吐いた。
うおっ!すげえ!
その電撃を食らった、でかいやつはブスブスと音をたてつつ、ずるずると崩れた。
「やったか!?」
「アイリス嬢、あっちにも灯りを」
「うん」
再びポンッと灯りが放たれたんだけど。
「タコ!?」
とんでもない巨大なタコだった。
それを見たオルガが苦笑いした。
「やばい気配は感じていたが……クラーケンの幼体だったか」
「クラーケン!?」
思わず、まじまじと見てしまった。
「ハチ、探ってみろ」
「あ、そうか」
言われて気づき、左手の蔓草を使ってみた。
『クラーケン(幼生体)』
クラーケンはタコが精霊分を取り込みすぎ、長い年月を生き延びて変異するものだと言われている。
この個体はクラーケン化してまだ日が浅いが、外から迷い込んだのだろう。
異世界人の強い魔力にひかれ、食べに来たところを倒された。
幼生体は身体が軽いので沿岸を徘徊なども可能であるため、成体とは異質の怖さもある。今回のこれは典型ケースである。
なお、おそろしいモンスターとして知られるクラーケンだが、実は大型化しても大味にならない特徴がある。それゆえに、地域によってはクラーケン狩りをして食べ尽くしている。
「これ狩って食うのかよ……」
つくづく人間って。
「先刻のマヌーダコだが、あれが魔物化するとこうなるんだ。ビフォアアフターのいい例だろう?」
「物騒すぎるわ!」
言い返したら大笑いされた。
「話を戻すが、どうやら雰囲気をつかめたようだな。今後はそっちの訓練もするといい」
「おう」
確かに。
今のクラーケンなんか、目で確認してたら見つけられなかったぞ。
「ちなみにオルガは気づいてたのか?」
「わたしもアイリス嬢も気づいてたさ。もう少し近寄ったら対処するつもりだった」
「そうか」
やっぱり、俺だけがへっぽこなんだな。
「言っておくが、わたしは単に経験上わかるだけだぞ。
ケルベロスたちはもとより警戒していたし、アイリス嬢もその能力上気づいてたわけだが、それは、そういう生き物なんだからむしろ当然だ」
「……」
「わたしたちは広義の人族だ、どうしても鈍いのはどうしようもない。
だからこそ訓練が必要なんだ、わかるな?」
「ああ」
そうだな。
俺はやっぱり、当面は訓練が必要らしい。
ああ、ところで虫たちなんだが。
多くは地球にいるのと同じフナムシのたぐいだったけど、こんなのもいたぞ。
『スワッタ・マーバ』
スワッタとはスワティ、つまり中央大陸の意味。
マーバとはワラジムシの事だが、等脚目またはワラジムシ目の魔物種を意味する学術語にもなっている。
すなわち。
直訳すると『中央ワラジムシ』であり、意訳すると『中央大陸近海産ダイオウグソクムシ』である。
この個体はまだ子供だが、中型犬ほどの大きさに成長する。
フナムシやグソクムシの魔物って……強力そうだなオイ。
「……やっぱりワラジーの仲間か」
「ワラジー?」
「ワラジムシをそう呼んでる奴がいるのさ。子供用語だが」
俺はちょっとためいきをついた。
「この仲間の陸生の虫ってな、日本じゃ大きくワケて二種類いるんだ。
ひとつはダンゴムシで、俺の故郷はこっちが主流だった。
もうひとつはワラジムシで、北国ではこっちばかりだったな」
「ほうほう。ちなみに両者の違いは?」
「まぁ形状とか細かい違いがあるよ。でもガキ目線ならもっと簡単な見分け方があるぞ」
「というと?」
「ダンゴムシは驚かすと丸くなる、本当にほぼ球形になるんだ。ワラジは丸くならない」
「なるほど、いかにも子供が喜びそうだな」
「男の子はな。俺もすごく小さい頃はボール虫って呼んでおもちゃにしてた」
「あっははは!」
「いや、そこまで笑わんでも」
楽しげにオルガは笑った。俺もちょっと苦笑いした。




