野営にて
日が暮れてきて野営準備になったんだけど、問題が発生した。
といっても非常事態というわけではなく、まぁ予定調和だったんだけど。
「まさか、いきなりハチの指摘が現実になるとはねえ」
「まったくだ」
そう。
釣りのつもりがただの狩り場と化した防波堤だけど。
当たり前だが、オルガの豪華最強テントにはちょっぴり狭すぎたんだ。
といってもまぁ、当たり前といえば当たり前。
オルガのテントは遊牧民の移動式住居みたいなやつだ。それを防波堤の上に設営しようって方が無理があるんだけどさ。
でもオルガ的には、設営スペースという初歩的な問題に今まで気づけなかったのがショックらしい。
「まさか、こんな簡単な事に気づかなかったとはね。わたしもたいがい節穴らしい」
「まてまて、いくらなんでも悩みすぎだって」
俺は思わず突っ込んだ。
「ありがとうハチ、援護してくれるのは嬉しいんだがわたしも学者だ、推定に誤りがあればそれは認めなくちゃならないさ」
「待てってば、たかがテントの仕様じゃないか、な?」
「本業でもやらかすかもしれないだろ?これは大事なことさ」
だめだ、聞きゃあしない。
まぁ、本業を持ち出されると俺にはコメント難しいのも事実だけどさ。
でもそんな落ち込まれると、いくらなんでも胸が痛むっての。
「だから重大に考え過ぎだって。
今までこんな狭いとこで野営してないんだろ?だったら気づかなくて当然じゃないか」
「それはそうなんだがな」
言いたい事はわかるんだけどさ。
たぶんだけど俺よりオルガの方が、野営歴は比較にならないほど長いんだと思う。フィールドワークの多い学者なんてそんなもんだろうしな。
つまるところ。
理不尽かもしれないが、年長者なのに気づけなかったのがショックなんだろう。
でもなあ。
「俺だって、登山家がアタックするようなとんでもねえ高山で野営した事はないし、バナナで釘が打てるような厳冬期キャンプの経験もねえよ。当たり前だが遺跡のそばで野営した事もないぞ。
だから当然、そういう条件での野営スキルもないわけだけど……むしろ当たり前じゃねえか?それ?」
「……」
「行っとくが遊びばかりじゃないんだぞ?野営場から仕事に通ってた時代もあるしな。
ま、学者先生の野営と一緒にするなと言われればそれまでだが」
「いや、そうは思わないが……。
そういう条件下で使ってなければデータがなくて当然か。ふむ、確かにそうだな」
「おう」
どうやら納得してくれたみたいだ、よかったよかった。
結局、野営のために一度村の外に出る事となった。
テントは村外れの、しかしやっぱり海に近い丘に設営した。
ところで。
旅だの野営だのにはいろんなスタイルがある。
世の中にはいろんなハウツー本があふれていると思うけど、誰にもベストの平均的スタイルなんてものは存在しないといっていい。
たとえば、豪華絢爛な道具で固めたお金のかかるリッチなキャンプ。
ああいうのが近年流行りなのはさんざ宣伝しているけど、当たり前だがアレがベストキャンプというわけではない。しいていえば、選択肢が増えたにすぎないだろう。
別に銭湯に入って外食をとり、小さな旅行用テントで寝るだけでも野営は野営である。チープだなんだと言おうが、これもまた昔も今も変わらない。
まぁ個人的には、朝のお茶くらいは入れられるようにしたいけどな。
「だからさ、それぞれが自分なりのベストってやつを手探りで探すしかないんだよ」
「そうだな」
「まあ、とはいえ実際にそれをやると時間も金もかかるわけで、やっぱりガイド的なものが必要とされるのも事実なわけで、そのあたりの線引きは重要なわけだけど」
「そうだな」
?
なんかオルガ、微妙に心そこにないって感じだな。
もしかして?
「……俺がもし今もバイクで旅をしてたら、やっぱり目線が低いやつにしたいよ。ぶっちゃけ、歩道を歩く女の子のスカートの高さの目線とは言わないが」
「そうだな」
あ、やっぱり。
「オルガ、尻触っていいか?」
「そうだな……む、すまんハチ、いまなんて言った?」
尻で反応したか、ふむ。
やっぱり聞いてなかったようだな。
「いや、いい。それよりどうした悩み事か?それともテントの改良でも考えてたのか?」
「改良も必要だがそれはあとの事だな。
それよりも、ハチが生態系のことで考えていただろう?あれの推測をしていたのさ」
「おお」
天幕を設営していた時も、オルガはどこか上の空だった。
俺がアイリスに手伝ってもらって魚を解体していた時も、タコをばらして内臓どうしよう、なんてやっていた時もそうだった。食事中すらも。
で、食後のひとときでもコレってわけだが。
なるほど、今の状態がオルガの『考え中』なわけだな。
「そりゃ悪かったな、もしかして難解な質問しちまったのか?」
「いや、そうでもない。魚からというのも面白い着眼点だからな。
ただ考慮すべき要素が多かった事と、わたしの本業に抵触する部分があっただけさ」
「というと?」
そんな話をしていると、ケルベロス二匹をひきつれてアイリスがやってきた。
「パパ、オルガさん、お茶いれたよ」
「すまん悪い」
「ありがとう」
「いいよぅ」
ニヒヒヒ、ごゆっくりーと笑いつつアイリスは去っていった。子犬二匹を家来のようにつれて。
だからその笑いは余計だっつの、困ったやつだ。
と、ちょっと待てよ?
「あれ?俺、日本茶は積んでなかったと思うんだが」
なんでアイリスが日本茶いれてるんだ?
「ああハチ、これはこの世界の茶だぞ」
「え、そうなのか?」
思わず見直してみた。
「へぇ……すごく日本茶っぽいんだが」
「わたしの持参品だ。お茶のバリエーションを増やしたいとアイリス嬢がいったので渡しておいたんだ」
「ありゃすまん」
「いいさ。休憩時の楽しみが増えるのはいいことだ」
オルガは微笑んだ。
「生態系の件だが、ちょっとおもしろい話があるのさ。
中央大陸と南大陸の間やその近海に限っていうとな、かつての古代遺跡が影響している可能性が高いんだ」
「え、海底遺跡ってこと?」
「うむ」
そういうとオルガは肩をすくめた。
「中央大陸と東大陸の間にはクードル島というのがあるんだが、知ってるか?」
「いやすまん初耳だ」
クードル島?
「クードル島は人工島でな、島まるごと遺跡なんだが……実はこのクードル島の面白いのはそこじゃないんだ。
実はクードル島は元海底都市でな、拡張を繰り返すうちに海面まで到達してしまった歴史があるのさ。
しかも最下層は海面下10000メートルあたりなんだ」
え。
「そんな深くから地上まで、ずーっと都市ってことか?ずいぶん縦に長細いんだな」
「いやそうじゃない。普通に巨大化して水面まで届いたんだ」
「……」
なんですと?
するとまさか。
縦も横も普通の都市で、しかも高さも10キロあると?
「それもう、メガロポリス規模じゃね?」
「その言い方はよくわからないが、まぁ途方もなく巨大なのは保証する。遺跡になって長いものでほとんど水没しているんだが」
うわぁ。
「それって……深さ10キロで都市サイズの」
「そうだ、巨大な漁礁と化している」
「いやいや巨大すぎるだろ!」
なんだそれ。
「ケラナマーの自然科学者たちがたくさんはりついて調査しているが、水圧と立体的な巨大さのおかげで、なかなか実態調査が進んでいないようだ」
「そりゃそうだろうな」
ちょっと地球の大都市を考えてほしい。
たとえば、東京の地下鉄で大深度地下を使うことで有名な都営地下鉄大江戸線だけど、一番深いと言われる六本木駅でたったの42メートルなんだ。そもそもバブル期に考えられた大深度地下利用のための法律にだって、大深度地下の定義は40メーター以上となっているはず。で、清水建設が2014年に発表した海底都市構想が数千メートルで、みんなSFかよって驚いたわけで。
なのに。
深さ10000メートルで、それが海面上まで広がった立体都市だって?
横幅や長さがどれくらいあるのか知らないけど。
どんな規模の都市だよそれ。
でもまぁ、それが事実なら。
「あのでっかいカサゴもどきもアリってことか」
「わかっているだけでも固有種が何百といる巨大海中コロニーだからな。周辺海域の海の恵みには寄与しまくっているそうだ」
「だろうな。ろくでもないのもいそうだが」
「あー、一部にはクラーケンも常駐していると聞いたことがあるな」
「マジか」
てか、いるのかクラーケン。
こわ。




