真竜族
「……ラプトル?」
どう見ても、それは某恐竜映画で有名になった、人間サイズプラスアルファの、あの敏捷で危険な肉食恐竜そっくりだった。
いや、えーと……まじですか?
あれ、どう見てもラプトルなんですが?
「……まじか」
おいタブレット、なんで警告しない?
あれはまずいだろ!
音をたてないよう、魚のバケツに袋かぶせてフタをした。
竿をスルスルと縮めて後部スペースへ。
細かい荷物をささっとぶち込んだところで、そのラプトルもどきの顔がこっちむいた。
うわあ、まずい!まずい!
こっちに興味もったっぽい!
に、ににに逃げろぉぉぉぉっ!!!
慌ててキャリバン号に逃げ込み、ドアを閉じた。
川を乗り越えてこっちに来ようとしているラプトルを後ろに見つつ、俺は全速力でキャリバン号をスタートさせた。
ぎえええええええっ!!
「お、おいおいおいおいっ!」
次から次へと現れるラプトル。
こっちも必死で逃げるんだけど。
「くそ、とばせねえ!!」
キャリバン号はたしかに地形の影響をほとんどうけない。
だけどここは森の中の小道。キャリバン号サイズぎりぎりしかない。
だから、思うように飛ばせない。
ないんだけど。
……いやなことに気づいた。
背後から追ってくるラプトルたちが、あまりにも自然に小道を走っていることに。
「冗談だろ?」
ちがう。
この道、馬車サイズなんかじゃない。
たぶん。
……ここって、あいつらラプトルの獣道だ!
くそう、やられた!!
しかもまずいことに。
「……うわ!」
ふと気づくと、横からラプトルが車窓を覗き込んでる。
さらに。
……トンっという重量感。
「まさか!」
ちくしょう、屋根の上にのりやがった!
あきらかに、キャリバン号より機動力が上なんだこいつら!
まずい。
まずいまずいまずいまずいまずいっっ!!!
しかも。
そんな奴らの動きが、何か「キシャーーー!!」みたいな怪物の雄叫びと共に、一斉に変わりやがった。
ま、まさか?
ドラゴン?
まさか!
でも。
木々のすきまからちらっと見えた空中の存在は、そのまさかだった。
「……うわあああああっ!!」
◇ ◇ ◇
視点は空中の存在に変わる。
『困ったやつらだ』
巨大な存在は、下の『ラシュトル族』たちの行動に苦笑していた。
『異邦人が珍しいのはわかる。だが、あれでは逃げられて当然だろうに』
彼はこの世界を護る大種族のひとつ真竜。
幾万の年月を生きて天空を司る。
下を走る小型恐竜型はラシュトルといい、彼ら真竜を崇める古き種族。敏捷で好奇心に富み、この世界の覇権をとなえる人間族にも負けることなく元気に繁栄している。
なお。
彼らラシュトルも知的種族である。
つまり彼らは、未知の乗り物に乗っている異世界人の男に興味しんしんで、お話したくてつきまとっているわけだが。
肝心の相手にそれが通じてない。
それどころか、びっくりして逃げ出してしまったのを面白がり、皆で大挙して追いかけはじめる始末。
『あれでは怪我をさせてしまうだろう。まったく、肝心の情報源を』
……この部下にしてこの上司。結局彼も好奇心で動くらしい。
『しかたない。少し叱ってやるか』
そういうと、彼は空気を吸い込み、巨大な咆哮を放った。
【落ち着け小僧ども!!】
『!!』
『!!』
『!!』
地上の無数のラシュトルたちが、一斉に彼の方を見た。
【さがれ!我が話す!!】
巨大な竜が降下していくと、無数にいたラシュトルたちが身体を下げ、臣下の姿勢をとった。
『……っ!』
異世界人の乗り物の上に乗っていた子ラプトルは、ぽかーんと彼を見ていた。すぐに近くにいた大人のラシュトルに回収されたが。
【よいよい、あまり叱ってやるな。さて】
彼はそれを見て微笑み、そして異世界人の乗り物の前に降り立った。
◇ ◇ ◇
お、終わった……。
急にラプトルたちの動きが変わったかと思うと、一気に取り囲まれた。
ハネそうになったので思わず減速したら、前に空間を空けるようにして、きれいに取り囲まれた。
まさかと思ったら、この始末だよ。
「は……は……は……」
その広場にあわせて、どこぞのラスボスみたいな巨大なドラゴンの降下ですよ。
これはもう、にげられないな。
しかし、なんだな。
このラプトルたちはどうやら、このドラゴンの家来かなにからしい。
ということは。
アリみたいな生き物ならともかく、彼らは知能もあるだろう。そしてドラゴンと彼らは……近縁かもしれないが異種族じゃないのか?
どういう関係なんだろ?
『それは、かれらラシュトル族が知的生命だからだよ。異世界の客人どの』
「!」
頭に直接、不思議な声が響き渡った。
「えっと……まさか?」
『うむ、我は君が「ドラゴン」と認識している眼の前の存在だ』
ドラゴンの声て……まじですか!?
おもわず、じっと見てしまった。
とほうもなく巨大で、そして壮大な存在だった。
全体に黒いが、ただ黒いわけじゃない。どこか神秘な感じというか、神々しい感じがした。身体のあちこちにコケみたいのがはえていたりするのも、長い年月を思わせる。
それに。
「……」
よくわからないが、その目には理性の輝きがある気がした。
『まず最初にわびよう、異世界の君よ。
彼らラシュトル族は好奇心旺盛な種族でね、君と話をしたかったのだ。君を食べたかったわけではない』
「え、そうなんです?」
『ああ』
でも肉食ですよね?
『逆に質問する。君は、会話できて意思疎通できる存在を食べたいかね?』
「いやです」
冗談じゃねえやって、ああ、そういうことか。
「彼らも肉食だけど、俺を食べる意思はないと?」
『そういうことだ』
「なるほど、わかりました」
人間とは現金なもので、そう言われると周囲のラプトルたちが可愛くも思えてくる。
『ラプトルではなくラシュトルだ。泥棒呼ばわりはさすがにかわいそうだからね』
「あ、すみません」
ラプトルの意味が、ラテン語で泥棒だってことまで知ってるのか。
『知っているのではない、わかるのだよ。君の思考をたどることでね。でないと、我々は会話すらできないのだから』
「あ、そうか」
このドラゴンさん……ドラゴン氏か?けっこう気さくな存在のようだ。
ま、でかいからちょっと怖いけどな。
『我は真竜。単にドラゴンでもいい。普通の生き物ではなく、この世界の一部といってもいい。
この世界の生き物は我らが管理しているのだ。支配しているという意味ではないが』
「そうですか」
世界を司るドラゴンときた。
これはもう完全に異世界コースかな。信じられないけども。
いやまて、先にこっちも挨拶しないと。
「えっと、俺なんですが」
『いやまて』
何故か止められた。
『自己紹介は待て。その前にひとつきいて欲しい。大事な事なのだ』
「大事なこと?」
『うむ』
何だろう?
『この世界では、名前が重要な意味を持つ。
ゆえに、自己紹介用の名前を用意し、それを使うように。生まれた時に命名された、いわゆる「真名」は隠し、決して名乗ってはならない』
「そうなんですか?」
『うむ』
ドラゴンは、重々しく答えた。
『過去、多くの異世界人がこの世界の人間族の奴隷にされた。彼らは名前で呪縛を掛けられ、自由に言葉もつかえないようにされて死ぬまで道具として使い潰されてきた』
「!?」
『そうなりたくないのなら、本当の名前は隠すのだ。たとえ相手が我でも。わかったかね?』
名前が重要という文化は昔の地球にもある。俺の母なんかは大人の事情で、戸籍の名前とは別に家族だけが呼ぶ本当の名があったし、今日伝わる名前を普段つかっていた戦国武将もいない。
だから俺も、それに習った。
「……わかりました。では、俺の名前はハチで」
『異世界人ハチか、なるほど。この世界にようこそハチ、歓迎しよう』
ちなみにハチってのは、趣味で書き物をしていた頃のペンネーム。小泉八雲にひっかけたものだな。
ああそうそう、ゲームの名前も昔はハチにしてたっけ。
某国民的ゲームで四文字だからって『はちくん』で登録したら、お姫様に「はちくんさま」と呼ばれて茶吹いたのは懐かしい思い出だ。