釣りにいこう[2]
「話は簡単だ。
アイリス嬢、真竜族の使う偽装草の魔法だが、最も単純な忌避結界だったな?」
「そうだよ。でもそれじゃ足りないでしょ?」
「そうだ、足りない。有効範囲が狭すぎるし、スクラスは大きすぎる。威力も足りないだろう」
そういうと、オルガはごそごそと自分の左手をまさぐった。
「ここで重要なのは触媒なんだ。これを使えばいい」
「え、それって」
「そう、樹精に預かった苗の葉っぱだ」
にっこりとオルガは笑った。
「ハチもいい機会だから覚えておくといい。
トリリランドの呪法は『基本にして究極』といわれていてね、どういう触媒を使うかで威力も大きく変わるし、呪法のバリエーションも何百と存在するんだ。わたしもすべてを把握しているとは言えない。
真竜族はこの手の呪法は苦手で、ホントの本当に基本的なものしか使えないわけだけど」
そこでオルガは一度言葉を切り、そして言った。
「今はその『基本的』が役立つんだ。
アイリス嬢がどんなに頑張っても、おそらくトリリランドは基本に忠実にしか働かない。つまり単純明快な忌避結界なわけだが、触媒がいいぶん威力だけはどんどん大きくなるのさ。
そして、だ。
樹精王とその眷属の葉っぱは触媒としてかなり高級なものなんだ。単純に威力だけに反映した場合、その影響範囲は周囲20キロメートルに及ぶ。つまり」
「あいつを撤退させられると?」
「そうだ。
そうして時間を稼いでおいて、こっちはゆっくりと地溝帯を迂回すればいい」
「わかった。ちょうだいオルガさん」
「いや待てアイリス嬢、逆だ。こっちで使うんだ」
「え?」
「バカ、ハチの目が発動の光でくらんでしまうぞ」
「あ、そっか」
そういうと、アイリスはシートベルトを外しだした。
「気をつけろよ」
「うん」
アイリスとそれだけ言うと、運転席と助手席の間を器用に抜けて後ろに行くんだけど──。
ちょっとまてオイ。
「アイリス」
「なあに?」
「ぱんつはちゃんと履くように」
「わ、えっちー」
「何がエッチだアホ」
左手で尻を叩いてやった。ペチンと間抜けな音がした。
ちなみにどういうことかというと、アイリスは俺のTシャツを着ていたんだ。砂漠だし暑いからと放置していたんだけど。
まさか、本当にTシャツ一枚、靴下どころはパンツも履いてないとは予想してなかったってわけだ。
いや、別に風邪はひかないし誰も見てないけどさ。
でもシートで蒸れるだろうし、だいいちお行儀が悪すぎる。
しかしまあ。
知性は高いくせに、妙なところが赤ちゃんのままというか……生後一ヶ月未満じゃ仕方ないかね。
って、それはいいんだよ。
ミラーを見ると背後には、巨大な何かが近づいているのがわかる。
おそらく、今は速度的に大丈夫だけど。
でも、何かあって停止したらやばい。絶対。
「いいよー」
「よしやれアイリス!」
「おけ。パパ、ミラー気をつけて!」
「おう」
念のためにルームミラーを横に向けた次の瞬間。
背後でものすごい光が走った。まさにピカッて感じで
「……おう」
ミラーを直してみたら、アイリスの後部座席中央に妙にギラギラした光が浮いている。
ふむ、光量自体はそんな無茶なもんじゃないな。
「奴はどうなってる?」
「方向転換したぞ、結界の影響範囲から逃げようしているんだと思う」
「よし」
速度をゆるめた。
「今のうちに迂回路を探す。ふたりとも何か見つけたら教えてくれ」
「わかったー」
「うむ了解した」
しばらく走ると、何とか迂回可能な場所が見つかった。
「よし、ここを通るぞ」
「わかったー」
「あとアイリス」
「なあに?」
「悪いんだが、さっきのやつの情報を出して読み上げてくれないか?」
「スクラスの?」
「ああ悪い」
「なにあやまってるの?わかった、ちょっとまって」
『スクラス』
巨大なミミズやイソメを思わせる魔物で、本惑星最大級の環形動物。記録では長さ1.4キロメートルの個体もいたというが、通常は200メートルが限界とされる。通常生物だった頃は2メートル未満だった。
土中のエネルギーや栄養を食べて取り込み、有機化した土を排出する。
特に砂漠に好んで住む個体が巨大化する傾向があるが、これは古代に戦争などで撒き散らされたまま残されている未分解のエネルギーや非分解素材などを食べているから。普通はそこまで大きくならない。
逆に言うと。
古代文明が撒き散らしたエネルギーを昇華させ、世界に還す役目をスクラスは負っていると言える。
ほうほう。
「もともと巨大種だったのか」
2メートルの環形動物って、その時点で色々とんでもねえな。
それが魔物化して、さらにさらに冗談みたいに巨大化したと?
はぁ、さすがは異世界というしかないな。
ところで。
「未分解素材って何だろう?」
「古代文明が戦乱や天災で滅びると遺跡が残るだろう?
ほとんどの素材は変質や風化で時間をかけて元の自然に取り込まれるわけだが、どうしても分解されない物質も残っているんだな。
大型種ではスクラスが有名だが、魔物化した生物の中にはこれらを食べる事のできる身体を獲得し、新たなニッチを掴んだ種は結構いるぞ」
「なるほどな」
地球でいえば、プラスチック類を分解する菌みたいなもんか。
人間の作ったもんであろうと、それが世界にありふれてしまったなら当然、それを生活史に組み込む奴も出てくる。地球でもペットボトルのふたを家に選ぶヤドカリだの、車にクルミを割らせて食べる鳥だのがいるわけだしな。
今さらおどろくような事でもないか。
「だいぶ時間をロスしたな。アイリス、例の村まではどれくらいある?」
「えっとね。あ、40キロくらい?」
ふむ、このペースだと30分では厳しいかな。
「どっかでトイレ休憩いれるか?」
提案してみるが、即座にオルガに止められた。
「いや、現地まで待つべきだ。このあたりはまだ奴のテリトリーだからな」
「おっと了解」
そうして20分も走り付けた頃。
明らかに風が変わり、海からの空気をまといはじめた。
「海が近いな」
「そうなのか?まだ見えてないが」
「なんとなくな」
向こうに見えている木々は、もしかして天然の防風林状態になっているんじゃないか?
そうこうしているうちに、景色の一部に海らしいものがまじり始めた。
「お、海が見えてきたな」
「もうちょっとだよー」
「おう」
高速ペースなのを市街地速度に落とし、そしてアイリスに言う。
「アイリス、村に人がいるか調べられるか?」
「できるけど、なんで?いても悪意はないと思うよ?」
アイリスの言いたいことはわかる。
改めて調べるまでもなく、悪意の存在はタブレットが警告してくれる。それがないということは、ひとがいようといまいと危険は少ない事を意味する。
だけどちょっとまってくれ。
「漁村、しかも漁期だけ人がいる村なんだろ?」
「うん」
「だったら俺たちみたいなのは本来、お呼びじゃないはずだ。誰かいるなら挨拶くらいしないと」
「そっか、わかった」
しばらくアイリスはタブレットをいじっていたけど、
「いないみたい」
「わかった。じゃあ入るぞ、いいな」
「わかったー」
「わんっ!」
「うむ了解した」
「オン……」
なぜかラウラとササヒメまで返事した……?
「どうしたラウラ?」
「……クゥン」
なんだろう。微妙にラウラが落ち着かないな。
「ハチ、ササヒメも落ち着かないぞ。何かあるのかもしれない」
おっと。
「じゃあ警戒しつつ入ってみるか。アイリス」
「わかった、警戒してる」
「頼む」
それだけ確認すると速度を落とし、徐行で村に近づいていった。
その村はひとことで言うと、立派な漁港に掘っ立て小屋が並ぶだけのところだった。
ふむ。
「こりゃ漁期の事しか考えてないっぽいな。何もなさそうだ」
道具類だけはきちんと整理されているが、それ以外は放置状態。
まぁ漁期だけの村なら店も学校も役場もないわけで、当然といえば当然の姿だわな。
けど。
「いやまてハチ、何かありそうだぞ」
「何か?」
「うむ。シーズンオフなのを利用した何か、というべきか」
渋い顔でオルガがつぶやいた。




