釣りに行こう[1]
キャリバン号は、ゆったりと走っている。
砂漠というと日本人的に砂をイメージするけど、そもそも砂漠とは水のない土地という意味。実際、巨岩がゴロゴロする不毛の地も砂漠だし、乾燥した土地にサボテンや茂みだけが広がる砂漠もあるんだよな。
そんなことを考えながら、地平線まで広がる砂漠の中をひた走る。
「ところでハチ」
「ん?」
「ここにある、ひらがなの『の』の字に耳が生えたような変なシールはなんなんだ?」
「え?」
みるとオルガは、車内のあちこちに張られているシールに気づいたらしい。
「ああ、それはただの塗装ハゲ隠しだよ。ボロだからな」
「ボロかどうかはともかく用途はわかる。聞きたいのはそこじゃないさ。
この模様というか意匠というか、何かあるんだろう?」
「そりゃあ、あるけど」
よりによって。
できればメーカーロゴとかPC関係のステッカーに興味もってほしいんだけどなぁ。
困っていたらアイリスが先に反応してしまった。
「ああ、それはジャパリ……」
「まてまてアイリス、ストップ!」
「え?秘密なの?」
「それは知らなくていい事だからな」
あぶねー、版権関係は禁句にしとこうぜ、な?
いい歳こいてと言われそうだけど、俺はいくつになっても夢のあるアニメが大好きだったりする。
だけど、それを声高に主張するつもりはないよ。ひそかな趣味なんだ。
なのに。
「えっとね、こういうやつだよ。名前は言わないでね」
「ほう。これはアニメというやつか。かわいい絵柄だな」
「ちょ、どうやって再生してんだ!?」
俺、アニメの本編なんて持ち歩いてないぞ!?
地球のストリーミングサービスなんて使えないだろ、なのにどうして?
そしたら。
「パパの記憶から再構成したよ?」
「……なんでもありだな、おい」
「日々勉強です」
「はいはい」
ドヤ顔はいいけどさ。
突っ込むのはやめとこう。
ちなみにシールだけど、俺は昔から旅用バイクや旅用の車には容赦なく貼り付ける事が多い。まぁ車の場合、半端に張ると目立たないから、積載用のカーゴに集中的に貼ってたけども。
目的はもちろん車体の傷隠しなんだけど、好みで貼っている事もよくあるな。スマホのボディカバーにもバナナのシールとか貼り付ける種類の人間だし。
こういうのは貼った当時の時代背景を反映する。
実際、キャリバン号の中にも帝国華撃団○だの、S○S団だのと懐かしいシールが一部ある。誰かにもらっただの、キャッチャーでゲットしただのってのから始まって、中にはどこかの役場の交通安全シールまである始末だ。
でも俺は、それをそのままにしている。たとえ恥ずかしかろうと、ダサかろうと。
黒歴史も歴史、それが俺のスタイルだからだ。
「要するにこのひとつひとつが、昔ハチが好きだったものに結びついてるのだねえ」
「否定はしないよ。まぁ、見せる用じゃないから恥ずかしいものがあるけどな」
「ふふ」
ぎゃああ、なんか、しげしげと分析してるしっ!
でも俺は運転中で、後ろで色々やってるオルガを止められない。
「お、オルガさん?できればそのあたりはその、見ないでくれるとありがたいんですが?」
「言いたいことはわかるが、ちょっとここは許してほしいんだねえ。
君にとっては恥ずかしい黒歴史かもしれないが、わたしにとっては異世界の生きた文化資料なんだぞ?」
「……」
「な、いいだろう?」
そう、真正面から頼まれると断れないな。
でもオルガさんや。
その目線と表情が、スカートめくりの少年を連想するあたりで説得力皆無なんですが?
「まぁ、茶化さないなら別にいいぞ」
「ありがとう」
オルガはにっこり笑うと、再びシールをあれこれ見聞しはじめたんだが。
「アイリス嬢、ここにある『初音姉様』というやつは何だろう?」
「いや、それアダルトものだから調査禁止!」
心臓に悪い。
わがキャリバン号は間違いなく、異世界の大陸を旅しているわけで。
この旅路は俺の望んだものではないけど、それでも今や、俺にとっては一世一代の大冒険の旅になりつつあるのは間違いないわけで。
なのにさ。
横と後ろで、昔遊んだエロゲの話とかしてるの勘弁してほしいんですが。いやマジで。
いや、悪いとは言わないよ。むかしの傑作群は今でも好きだしさ。
だけど君たちさぁ。
せっかくの景色なんだから、今はこっちを楽しもうよ、な?
と、そんなことを考えていたんだけど。
「おっとやべえ!」
進行方向に大きい地溝帯みたいなのをみつけた。
目の前というわけじゃないけど、これはまずいだろ。
「アイリスすまん、障害物だ」
「え?あれ、おかしいな?」
周囲の地形とタブレットを見比べて、アイリスが首をかしげた。
「こんなとこに、こんなでっかい地割れないと思うけど……あれれ?」
アイリスが悩み始めるとほとんど同時にオルガも動いた。
「いやちょっと待てアイリス嬢……これは」
オルガが少し考え込んだ、まさにその瞬間だった。
「!」
ピクッとアイリスが動いた。オルガも目を開いた。
「ハチ、右にいけ、全速前進急げ!」
「え?」
「早く!!」
「お、おう」
言われた通りに右にハンドルを切り、直角に曲がった。
そして加速を始めた途端、ミラーの向こうで地面が急に盛り上がって。
「な!?」
なんか、その中から巨大なすげえ化物の頭みたいなのが、どーんと顔を出した。
「な、なんだぁ!?」
おいおいおいおいおいっ!
な、なんだあのとんでもねえやつはっ!
「やっぱりスクラスかっ!ハチ、飛ばせ!絶対に追いつかれるな!」
す、スクラス?
俺は加速しながら声わあげた。
「アイリス、オルガでもいい!スクラスってなんだ、教えてくれ!」
「あーえっと、スクラスはね、地球でいう、えっと、かんけいどうぶつ?の類でね」
かんけいどうぶつ?ああ、環形動物か……って、
「ちょっとまてアイリス、あのサイズの環形動物!?」
ちなみに環形動物っていうのは、要はミミズやゴカイの類だ。細長い連中だな。
あの、ミラーの向こうでズルズル地中に引っ込んでいく、キャリバン号ごと食えそうなとんでもない化物の頭が……あれが環形動物だとすると。
寒気を感じている俺の後ろで、オルガがとどめをさしてきた。
「地球の動物で似たものをあげるとすれば、あれだ。サンドウォームというやつがいるだろう?あれの200メートルくらいのものを想像すれば間違いない」
「そりゃ物語の話だよ!」
200メートルのサンドウォーム!?
ばっかやろう冗談じゃねえぞ!
「それで対処法は?」
「海に向かえばいい、スクラスは海には近づかないんだ」
「なるほどわかりやすい……けどどうやって?」
その海方向には巨大な地溝帯がある。
「これはスクラスが作ったんだろう」
「あいつが?」
「そもそも、あいつは土中のエネルギーを食って有機物を排出する生き物なんだ。だから土質の改良なんかが得意なんだが──」
そこまで言うと、困ったようにオルガは笑った。
「魔力を帯びた生命体は、奴には美味しいおやつみたいなものらしい。
だけど、走って逃げられたら追いつけないだろ?
だから崖や地割れを作って行く手を遮り、迂回路を探しているやつを後ろから襲うんだよ」
「つーことは、俺ら食い物ってか?」
「魔族といえど、人族の魔力には限界があるからな、さすがに惹きつけられないと思っていたが……」
「パパがそれだけ規格外ってこと?」
「そういうことだな」
「おい、なんでそこで俺を見る?」
「あははは」
オルガは肩をすくめるわ、アイリスは笑い出すわ。
最低だな、おい。
「オルガ先生、原因がわかったところで対処法はあるか?」
「あるぞ」
「ほうほう、具体的には?」
「なに、オーソドックスにやるのさ。アイリス嬢、偽装草は使えるな?」
「使えるけど、でもトリリランドじゃ足りなくない?」
「そう、足りない。……普通ならな」
普通なら?
「普通でない方法があると?」
「うむ、ある。それもアイリス嬢にしかできないやり方でね」
そういうと、にやりとオルガは笑った。




