撤収から出発
「……」
「……」
「……」
うおい、なんでみな黙る。沈黙が重いよ。
オルガの天幕。
魔法で出し入れできる究極のワンタッチテントにして、居住性は地球の遊牧民テント、ゲルすらも上回る素晴らしいものだ。
で、それをたたんだところでイベント発生。
片付け忘れで残った白いもの……オルガの下着。
そして全員の沈黙なわけだけど。
ああ、そうだよ。ベッドで脱いだものだろ。
と、とりあえず回収しよう、うん。
ポケットを探ったら、なぜか都合よくファンシーなピンクのペーパーバッグが。
あーうん、例のアレだけど、なるほどこうやって使う手もあるか。
俺は無言のまま、その可愛いペーパーバッグにササッと下着を収納した。で、何もなかったですよーという顔をつくり、ペーパーバッグをさらっとオルガに渡した。
ふう。
まさか俺の人生で、彼女の忘れたパンツをファンシーなバッグにいれて届けるなんてイベントが起きるとは。
いやま、パンツじゃなくてドロワーズだけどさ。
もしかしてこの世界、ショーツがまだないって事なのか?あ、女性用のショーツはパンティと呼ぶべきなのか?むむ、女性用下着はよくわからない。
まじめな話、あとで質問してみるかな。
「忘れ物には気をつけよう、な?」
「う、うむ、ありがとう」
いや、そこは赤面しないで流そうよお互いにさ。
ほら。
また背後でアイリスが「ウッシッシ(死語)」みたいなキモい笑い浮かべてるからさ。
コホンと咳をひとつして、再び撤収作業に。
地球なら、ここでテントを干しつつ食器類をきれいにするところだけど、ここはキャンプ場じゃないし水も限られてる。ではこういう時はどうする?
「パパ、リフレッシュするよー」
「おう」
食器も鍋もまとめてきれいにできて、油汚れもとれるらしい。
なんてこった、地球の台所を守るシュフ(最近は主夫さんもいるので、ここで主婦と書いてしまうと問題があるだろう)の皆さんが狂喜するぞマジで。
つーか俺もほしい、ぜひともマスターしないとな。
大物であるテントや食器洗いがすんでしまえば、あとは積むだけだ。しかしブツが少ないので、食器と作業台、ランタンを積み込めば準備は終わってしまう。
だがしかし。
「おっと」
積載ついでに倉庫をのぞいた俺は、まずい事に気づいた。
「パパ、どうしたの?」
「妙に魚が少ないと思ったら、切らしてたのか」
俺の訓練のおかげで床下倉庫には肉がまだふんだんにある。
でも、魚がもうない。
「どうしたハチ?何かあったのか?」
振り返れば、上からオルガが覗き込んでいた。
「いや、魚が乏しいんでな」
「魚?肉はあるだろう?」
「そりゃそうだけど、動物の肉が多いんだ。ケルベロスも二頭になって魔物の肉もほしいし、俺個人は魚が好きだからなぁ」
「そういえばエビも好きなようだな。海産物が好きなのかい?」
「日本人だからな」
うむ、と俺は胸をはった。
「それに肉類が多いのは良くないぞ。車の旅じゃ運動量が少ないから、たぶん栄養過多になる」
「そうなのか?」
「たぶんな」
この世界には魔法による回復などもあるようだから断言しない。
でも。
いくら多少の不摂生は魔法でごまかせたとしても、本来の肉体のシステムに反するものを食べ続けるのはよくないと思うんだがどうだろう?
そういうと、オルガは「なるほど」とうなずいた。
「ひとつ聞くけど、そう簡単に納得していいのか?」
「ハチの指摘は合理的だし納得のいくものだろう。それに母様と同じことを言っている」
「ははさま?オルガのお母様か?」
「母様もよく、偏らずになんでも食べる事の重要性をおっしゃっていた。
特にうちは学者一家だ。研究生活では野菜や生鮮ものが不足しがちでな、油断なく摂取せよとおっしゃられたものだ」
オルガはそういって微笑んだ。
「ふむ、じゃあ魚をなんとか補充しようか。アイリスちょっと」
「海に行くなら、ここから300kmくらいルートをそれる事になるけど?」
さすがのアイリス、もうタブレットを手に持っていた。
「できれば釣りに向いていそうな場所がいいけど。おすすめはある?」
「あるよ、ここ見て」
「なんだこれ廃村?」
「そうかも」
アイリスの図示してところには村らしいマークがあるが、同時に『無人注意』とも書かれていた。
海辺の廃村ねえ。
どうやら漁港があったらしく、港湾設備だけが今もあるらしい。
ほうほう、これはよさげだけど。
「いい場所だと思うけど、どうして廃村になったんだ?」
「それはわかんない。どうしてだろ?」
「ん?ああリッテあたりか、そこは廃村じゃないぞ」
なんとオルガが引き取ってくれた。
「そこは漁期だけ人がいるんだ、無人なら今は時期外れなんだろう」
「あぁなるほど、トド島みたいな奴か」
「トド島?」
「昔行ったことがあるんだ。漁期だけ人が住む島で普段は無人島なんだ」
「ほう。さすが異世界でも旅人だっただけの事はあるな」
「ははは、ありがとな。ま、俺みたいなのはただの甲斐性なしの物好きだけどな!」
ちなみにトド島とは礼文島、スコトン岬のさらに北にある。
あの頃は暇だけはあったので、西上泊の集落で漁師に交渉して連れて行ってもらった。二十代半ばの頃の話だ。
当たり前だが丸一日潰れるので、かなり余裕をもって遊びに来ている物好きじゃないと行かない場所で。
ついでにいうと礼文島はその時期、花の季節でもある。
花の浮島なんてキャッチフレーズで言われる島にトップシーズンにやってきて、わざわざ無人島に遊びに行く奴がどれだけいる?
まぁメリットもあったけどな。
耳が痛いほど静かだったし。
誰もいないとこにやってくる物好きな人間は無害と知っているらしくて、野生のアザラシが遊びにきたりしたのも面白かったなぁ。
さて話を戻そう。
「漁期だけ人がいるとこか、なるほどな。ちなみに何を捕るんだ?」
「そのあたりはアオイカ関係が有名なんだが、この季節は水温が高いんだ。あと二ヶ月は無人だろう」
「そのイカ以外は普通に釣れる?」
「近くに集落がまったくないんだ、そこはお約束といったところだな」
おお。
「よし行こう。アイリス、予定にここを組み込む前提でルートを組めるかな?」
「やってみる。南大陸への渡航はシャリアーゼからムラク道ルートで決定なんだよね?」
「ああ。もちろん状況を見ながらだけど、とりあえずそれでいい」
「わかった。パパ、助手席で作業していい?」
「いいとも、すまん任せた」
「うん、任されたよ!」
アイリスにルート決定を任せ、俺たちは撤収を急ぐ。
といっても残りの荷物を収納するだけだが。
「よし」
最後に後部座席を展開して終わりなのだが。
「オルガ、なんだそれ?」
「うむ、外付けの座席を作ってみたのだ。快適そうだろう?」
「……たしかに」
「何かおかしいか?」
「いや、悪くない」
確かに悪くない。快適そうだよ。
ただ、なんというか。
なぜか無駄に豪華な四点支持のベルトとか。
……チャイルドシートみたいって言ったら怒るよなぁ、やっぱ。
俺の内心の苦笑にはどうやら気づかずにいてくれたようで、オルガは得意満面でそれを座席にとりつけた。
ふむ。
「悪くなさそうだな、ガタツキがないのが不思議だが」
柔らかい座席にとりつけるんだし、動くだろうと思ったのに不思議と動かない。
「金属部品に魔法的に接続しているからな。この椅子、骨組みや背板が金属だろう?」
「なるほど」
根本的に異質な論理なんだな、なるほど。
「よし、こんな感じかな」
「……悪くなさそうだな」
「うむ、そのようだ……なんでそんな顔をする?」
俺はきっと悪人の顔をしているだろう。
いやだってさ。
この椅子、座り心地はいいだろうけど動きはとれないわけで。
「あ、こら……!?」
少しして顔を離すと、なんかお怒り顔のオルガが目の前に。
「おうごめん。可愛いもんでつい」
「……ハチは酔ってなくても本性が出るのだねえ?気をつけなくては」
「って、なんだよ本性て!?」
「ん?ハチ、君が自分がキス魔だと知らないのか?それはまずいな」
いやいやいやまずくない、キス魔?そんなわけあるかいっ!
だけどオルガの言葉は続く。
「まったく困ったやつだな。バラサでも酔ったあげくにキスをねだられて大変だったんだぞ?」
「全然覚えてないんだが?」
「ほうほう、あれを覚えてないのか。
なんでも小さい頃は母方のお姉さんにものすごく懐いてて、あそびに行くとこんにちわのチューをして、未来のお嫁さんと豪語してたんだろ?」
「うわぁぁぁっ!」
な、なんで知ってるんだ!死んだおふくろしか知らないはずなのに!
「おや、その反応は事実のようだな。なんだ、やはり薄々は覚えているんじゃないか」
「……かんべんしてください」
むっちゃ笑われた。




