食べ物
水を確保したら、次に食べ物。
ちなみに火なんだけど、改めて探すとガスの切れてるチャッカマンライターと、買ったはいいけど放置状態のお約束キャンプ用品、マグネシウムファイヤースターターにワイヤーソーまで出てきた。
ははは、いつ買ったのかもおぼえてねえや。
でも、今はありがたい。
休日にちょっとクルマでとかいうと、本格的キャンプと違ってあまり煮炊きしない。とくに焚き火なんてもってのほか。だってそういうのは「今日はキャンプするぞー」って時につかうものだからだ。
もちろん、キャンプしつつ遊ぶ時はガンガン使うけどね。
あと、たばこやめちゃったのもあるよな。
いつも焚き火してるやつ、たばこ吸うやつは火を持ってるわけだけど、十年くらい前にたばこやめちゃったんだ。健康のためにはよかったんだけど、ライターを常備しなくなったのも事実だ。
ちなみにガス切れしたチャッカマンライターがなぜあったかというと、火花は飛ぶから。実はね、火花だけでも飛んでくれたら、アルコールコンロの着火には使えたんだよ。
え?そのコンロはあるのかって?あるよ、トランギアの『ストームクッカー』って立派なやつが。
だけど燃料用アルコールがないんだよね。
燃料用アルコールのないアルコールコンロなんて、ただの真鍮とブリキのかたまりだよ。
ま、それはいい。
とにかく火があってよかった。
煮炊きの話に戻る。
クルマで寝泊まりすると煮炊きは最小限度になりがちだってのは言ったとおり。
で、それを象徴するのがウチの備蓄食料、そうめんとお茶漬け。
これね。
鍋で少量の水でそうめんを煮て、そのままお茶漬け突っ込んで、そうめん茶漬けでございって食えるからね。カップ1、2杯の水と僅かな火で作れて、しかもサラサラ食えて油汚れも出ない。
もう若くないし、出先でちょっと食うのに便利で便利で。
で、もう一回沸かす気があるなら、砂糖ゼロのカフェオレと直火オーケーのステンレスカップもあると。うむ。
しかし、こうなると米がないのが痛いな。
俺は本来、ごはん派だし。
さて。
川に魚がいるわけだけど、問題は釣り道具。
おもちゃみたいな小さいやつしかない。
よくある安い、防波堤なんかでちょっと餌つけて垂れるようなセットのやつ。
これ釣り用というより、港とかで待ちが出たときの暇つぶし用だ。最近は使ってなくて、よく捨ててなかったなってレベルのもの。
だけど。
「……いきなり保存食を使うのもなあ」
狩りをするには道具も知識もない。
それとも、人の町で買うか?
無理だ。ここの言葉も知らなきゃ通貨も持ってない。
珍しいお金で物々交換?
無理だ。紙幣は紙切れだろうし、硬貨は200円と持ってない。
つまり買い物は無理。
でも、そうめんだのお茶漬けだのっていうのは、乾パンと同じで取っておきたいな。
「ん?」
ふと遠くを見ると、ずーーーっと向こうに緑が見える。
ジャングル?小山?遠くてよくわからないが。
ああ、こういう時のタブレットか。
タブレットで地図を開く。
「あの方向にある森のようなもの……これか」
竜王の森?
こりゃまた、ずいぶんかっこいい名前じゃないか。しかも広い。
ははは、本当にでっかい竜でもいたらえらいことだけど、まさか本当にいるわけないしなあ。
「竜王の森か。なにかとれるものはあるかな?」
調べてみると、中に手頃なサイズの川が流れているらしい。さっきのでっかい川と似ているけど、こっちにはワニがいないらしい。魚は変わらず豊富だとか。
いいね、ワニいないのか!
それはありがたい。
正直、ワニのいる環境で生活したことなんかないからなあ。こわいよ。
「距離は……あ、意外と近い」
あの緑は入口か。川のあるとこだと……それでも60キロもないのか。
本来、道すらない異郷で60キロは遠い。
だけど俺にはキャリバン号がある。これなら遠くない。
「竜王の森にある川までナビしてくれ」
ピコっと音がした。
経路を見て、俺は行ってみることにした。
あ、でもその前に。
「カフェオレ飲んでいこっと」
砂糖ゼロのだけどな。
荷物の横に転がっていた、愛用のステンレスカップを手に取った。
カフェオレ一杯飲んでから、走り続けて約一時間。
竜王の森とやらにやってきた。
で、なんと小道を見つけた。しかも車両サイズ。
なんだけど。
「普通車のサイズじゃないよな」
かなり細い。というか狭い。
消えかけた轍っぽいのもあったんだけど、どうも車のそれより細くて切れがち。
どんな乗り物かしらないけど、だいぶ小さくないか?
「せいぜい馬車サイズだろこれ」
鬱蒼とした森の中に通じる道。
うちのキャリバン号ですら、突き出した葉っぱがこするほどの狭い小路。
ジープとか普通車サイズ以上だったら、絶対この道使えなかっただろう。
まあ、乗り物の規格が違うってのはそういうことだ。
皮肉な話だけどな。
さて。
「おー」
小川も発見できた。お手頃サイズだった。
釣りをするには充分だろうけど、確かにワニが住むには狭そうだ。もちろん油断は禁物だけど、タブレットの話でも、危険な爬虫類や猛獣などはいないそうだ。
そんなわけで、ここで釣りをしてみる事にした。
まず、獲物をいれるバケツを用意。
いつでもキャリバン号ごと逃げられるように、座席の後ろにひっかけた。
後部荷室にはビニールシートを広げた。バケツに入らない大物が釣れたら投げ込めるように。
焚き火用手袋をはめて、エサ探し開始。武器がないが、クルマ用のでっかいメガネレンチを持った。
「お、いた」
川べりをほじくってたら、泥のところ。ゴカイとかイソメとかそのテの長いヤツ。
これだこれ、エサ用のムシで推奨ってやつ。
『ミッテンウオーム』
釣り餌にする定番の水辺の虫。
ミッテンウオームは環形動物であり、節足動物である虫とはちがう。だがこの手の生き物は、民俗的には虫として扱われる。
無害だが、指など大きい個体に噛まれると幼児の指では痛い。
うんうん、やっぱりゴカイやイソメと一緒なのね。
でも、干潟じゃないのにいるのが面白いな。
安物の小さい竿と仕掛け。
防波堤で小物釣る時の針だけど、これが一番汎用に使えるのでずっと愛用してきた。
これに、この異世界ゴカイやろうを刺して……川に投入してみた。
「お」
って、一分と待たずに引いてる?早っ!
中々に強い引きだった。
魚の重さに安物のリールが力負けしちまって、うまく巻けない。
むりやり引き上げた。
びちびちはねる魚、結構でかい!
「……でかいな」
しかしこれ淡水魚なのか?
地球ならオコゼ、カジカ、カサゴ、アイナメ……海水魚系統のカタチだよな。
しかも、いかにも毒っぽいトゲつきだ。
足で押さえてスマホで撮影した。あとで調べよう。
危なそうなので、焚き火用手袋のまま解体にかかる。
久しぶりに工具入れから、ごっつい作業ナイフを取り出す。一度濡れティッシュで拭いてから、刃を入れた。
「お」
でかいけど、白身で普通の魚っぽいな。寄生虫はいなさそうだけど、よくわからない。
とりあえず問題ないとしよう。
内臓をとっぱらいウロコを落とした。内臓は乾かして釣りエサにできるか?
きれいにする必要はないので、処理がすんだらぶったぎってパックに。あとで調理してみよう。
うん。
次から、同じ魚だったらバケツに入れてどんどん釣るぞ。
しかし。
「お!」
「なっ!」
「にょわっ!」
えらい釣れるな。五分とかからずにくる。
しかも、このトゲトゲやろうばかり。
三匹釣れたところで中断した。
え、やめた理由?
大きすぎるから。
これ食えるにしても、いっぺんに処理できないだろ。
釣ってて気づいてなかったけど、タブレットに何か出てた。
撮影した写真をタブレットが取り込んで、勝手に検索したらしい。
『クロコ・クマロ』
海の魚だが淡水への耐性が強く、かなり内陸の湖までさかのぼっている事がある。雑食性だが特に甲殻類を好んで食べるため蟹食いの名で知られる。雑食性にしては美味であり、好まれる。
注意点としては、彼らの系統種族は全てヒレに毒を持っている事。食性による蓄積毒であると言われるが、よくわかっていない。
クロコ・クマロの毒性は時代と共に衰えているという指摘もあるが、今でも充分に有毒である。捕獲時と食べる時は、ヒレのトゲに注意すべし。
やっぱり淡水オーケーな海の魚なんだ。手袋をつかったのはやっぱり正解か。
さてどうしよう。
未処理のクロコ・クマロが三本。ここで解体するか、それとも一度安全な砂漠に戻って……?
「?」
ちょ、ちょっとまて。
何か今、とんでもないものが視界の向こうに?