閑話・聖国事情
中央大陸・聖堂教会ノ国。しばしば聖国と省略される。
この聖国、実は元々はもっと長い名前で『人間世界における未来を導く中央聖堂をいただく聖なる国』であった。つまり『聖堂教会ノ国』も略称なのだが、実は建国当時はさらにさらに長く、まるで呪文のような国名だったと言われている。時代と共に略されてきたわけだ。
そんな聖国の一角。
大聖堂の隅っこにある離れで子供たちが遊んでいる。
聖国の聖堂はどこもそうだが、子供の立ち入りを禁止していない。
子供は未来の信者であるという建前なのだが、行き場のない子供を預かっているうちに孤児院化する田舎聖堂も少なくない。これらは浮浪児化のセーフティーネットでもあるし、流れてきた子供たちを育てて未来の人材とする事も実際に行われている。
実際、聖国の運営を支えている地方神官や司祭には孤児院あがりが多いし、そうでない聖職者もそういう現実を知っているから否定しない。積極的に応援しない者でも、価値までは否定しないからだ。
これだけなら、地球にもよくある寺院の姿かもしれない。
ただし聖国の聖堂はちょっと違う。
というのも。
「微笑ましい風景じゃのう」
「ええホントに」
旅装の青年、そして威風堂々とした聖職者姿の熟女が座っている。それぞれに微笑みをうかべ、子供たちと遊んでいる若い娘を見ている。
子供たちは元気なのはもちろん、とにかく多種多様だ。
人間族はもちろん各種獣人族、それに魔族と思われる子供もいる。いろいろな容姿の子供がごちゃまぜで、ケンカをしている様子もない。いないのは環境上、居づらいと思われる水棲人くらい。
まるで人種の博覧会だ。
通常の人間国家の国ならば、そもそも異人種の子なんて孤児院には入れない。人間を家畜と一緒に育てるなんて非常識と彼らは主張する。
そう。
差別以前に彼ら人間族にとり、異人種は二本足の家畜であり、人間ではないのだから。
しかもここは聖都の大聖堂のひとつ。
事情を知らない外国人が見たら目を疑う光景だろう。
「ほう、ガキ大将もおるようじゃな」
「ええ」
「しかし聖国が民族融和を進めておるとはな」
「人材不足ですから」
「そういう事にしておかないと、他の中央国家が敵に回るからのう、大変じゃな聖女様も」
「ええ、そうなんですよ『おじさま』」
真正面から切り込んできた青年に、熟女は笑顔で切り返した。
「い、いやお嬢。わしはその」
「ええわかってますよ、おじさま。おばさまも亡くなられてずいぶんたちますし、もう帰れない異世界ですしね。せっかく若返ったのですから可愛いひとのひとりも欲しいですよね?ええわかりますとも。
でもね、おじさま。
よりによって、うちの玄孫を食べちゃうのはあんまりじゃありませんか?あの子は大切な次代だったのですよ?」
「あー……」
困ったなという顔をする青年。
「じゃお嬢、あの時助けなんだらどのみち性奴隷いきだったじゃろうて。
言い訳と聞こえるかもしれんが、それほど大事ならどうして外に出しておったんじゃ?」
「……それは」
今度は熟女の方が困った顔をした。
「まぁ細かい話はいい。じゃが、生娘でない事を全面的にわしのせいにしてくれるのは、いくらわしでも少々納得がいかぬぞ」
「いえ、処女である必要はないのです。昔はそうだったんですが二百年前にわたしが変えましたから」
「む?だったら何が問題なのじゃ?」
「あの子と夫婦の誓いをしたでしょ、おじさま?」
「ちょっとまて」
「はい?」
「わし、その話をお嬢にしたか?あとで改まってふたりで話すつもりでおったんじゃが」
「そんなの見ればわかりますよ、あの子を育てたのはわたくしですし、わたくしも女ですもの」
「……」
ウエストの顔がひきつった。
「おじさま、正式に聖女認定を受ける時点で人妻はまずいんです。現役聖女も結婚すると解任されるんですよ」
「ほう、それはどういう意味で?」
「旦那様やそのご実家を贔屓しちゃまずいからです」
「なるほど」
わかりやすい理由だった。
「せめて、事情がわかるまで愛人にしててくれればいいのに……おじさま、どうしてくれるんですか?」
「そうか……いや知らなんだとはいえ、それは悪い事をした。すまんなお嬢」
ウエストはためいきをついて、元聖国大聖女であるシオリ・タカツカサに頭をさげた。
そう。
実はウエスト氏とシオリは、元の世界、日本では親戚なのである。ウエストは偽名であり、彼もれっきとした純日本人。
シオリは彼の姪の娘であり、彼は生まれたばかりのシオリのおしめを替えた事もある。仕事人間だったウエストには珍しいことで、お嬢と呼んでかわいがっていた。
なのに。
このウエスト氏、そのシオリの玄孫であるエミを自分の女にしてしまった。
別々の時間からの異世界転移。
そして、元の世界とこちらの世界の時間の流れの違い。
姪の娘のさらに玄孫を娶るなんて、普通に考えたらありえない事だろう。そもそも出会う事すらないかもしれない。
ふたつの世界の時間の違いがもたらした異常事態である。
「とにかく、おじさまには責任をとってもらいますから」
「それはいいんじゃが、ひとつ疑問がある」
「何ですのおじさま?わたくしの下が不満なのは、すみませんけど」
「いや、そこじゃない。お嬢の部下になって働く事はむしろ問題ないんじゃが、そもそもなんでお嬢の直下なんじゃ?」
ウエストは首をかしげた。
「わしは確かにお嬢の身内じゃが、この国ではただの異邦人じゃぞ。なのに、この国の者すらさしおいて、わしを直下に入れてなんとする?問題になるに決まっておろうが」
「だって、エミにおじさまを制御しきれるわけがないでしょう?」
なぜか不機嫌そうにシオリは言い切った。
「ぬかせ、わしなんぞただの昔世代にすぎんわ。買い被りじゃ」
「へえ、戦後日本の政財界の黒幕で、昭和の大妖怪と言われたおじさまが?できぬ事なぞ何もないが、年齢だけはどうしようもないと豪語なさってたおじさまが?」
ぬう、とウエストが眉をしかめた。
「お嬢、わかって言っておろう?政治の裏側で徘徊なんぞ、この世界の実状を知らぬわしには無理じゃ。この世界の国家関係も知らぬしな。まぁ勉強すればある程度はやれるじゃろうが」
「あら、とっくに調べ上げてご自分の立場まで作ってますのに?」
シオリは容赦なくウエストを攻めていく。
「エミと知り合った砂漠でおじさまが何をなさっていたのか、ここでまとめて暴露されたいのかしら?」
ウエストはそれを聞いて慌てた。
「まて、あれにはそういう話はまだ早い!」
「ええそうでしょうとも、これから順次仕込むおつもりなのでしょう?」
「お嬢、そなた」
「おじさま次第ですわ」
「……ふう」
困ったようにウエストはためいきをついた。
「お嬢に負けるのは心外じゃが、今は組織力も違いすぎる。仕方ないかの」
「あら、社会経験も負けてませんけど?おじさま、わたくしもう二百歳越えてますのよ?」
コロコロと笑う姪孫に、ウエストはためいきをついた。
「まぁよい、お嬢の下なのは問題ないからの。
しかし繰り返すが直下なのはまずい、なぜ、わしを自分の真下におこうとする?
せめてエミの下にしておけばエミのパートナーという事で言い訳がきくじゃろうが、そうでないと面倒事の種にしかならぬのはわかっておろう?」
「いーえ、その事なら問題はないわ」
クスクスとシオリは笑いだした。
「おじさまご存じ?この世界では一夫一婦じゃないの、許可制だけど一夫多妻も多夫一妻も許されているのよ」
「ほう?……そんなに子が死にやすいか?」
「ええ」
シオリは大きくうなずいた。
「おじさまも感じてらっしゃる通り、この世界は危険も多い、地球の比じゃないんです。
だからこそ複数の夫、複数の妻が許可される。確実に子孫を残すという事は戦いなんです。この世界では」
「……言っておくが地球でもそれは戦いじゃぞ。平和ボケして忘れとるヤツもおったが」
「そうですわね」
シオリの物憂げな苦笑は、この世界を見つめてきた結果なのか。
しかしウエストはそのことを考える前に、シオリのセリフに反応せざるをえなかった。
「そんなわけだから、おじさまがわたくしの直下なのも決定なの。悪く思わないでね」
「いやいやいやちょっと待て、話がつながっておらんぞお嬢!」
「あら、今のでわからないの?おじさま?」
そういうと、シオリはにんまりと笑った。
「というわけでわたくしも、おじさまと結婚するわ」
「な!?」
「ああ心配なさらないで、わたくしは再婚ですしあくまで第二夫人よ。
こちらの習慣ではね、年長者が一緒に妻となるのには、若い初婚の子を導くという意味もあるの。あの子に教育も必要だしね。
ああ、もちろんわたくしも妻として扱ってくださいましね、おじさま?」
「……なんじゃと?」
ウエストは目を剥いた。
しかしそれだけではすまなかった。
「え、大祖母様もお嫁さんになるの!?」
「!?」
いつのまにか聞かれていたらしい。ウエストは飛び上がりそうになった。
「ええそうよエミ、そうしておけば余計な横槍も入らないでしょうし。エミはイヤ?」
「ううん嬉しい!わたしがんばる!」
「おおいちょっと待ておじょ……!」
途中まで言いかけたウエストだったが、シオリの言葉に気になる点を見つけた。
「どうしたのおじさま?」
「横槍ときたか……もしかしてバカが湧いておるのか?」
「ええ御明察、それも単に聖女の血筋を取り込みたいっていうだけの理由でね」
「そうか……」
ウエストはしばし考え込み、そして「うむ」とうなずいた。
「そういう事なら早く言わんか、……ったく」
「うふふ、ビックリした?」
「当然じゃろうが!」
昔と同じ、いたずらっこの笑みを見てウエストも破顔した。
「けど、ちょっぴりショック。そんなにわたくしはイヤですか?歳上になっちゃったから?」
「む?いや、そんな事はないが」
見た目だけだけなら、むしろ好ましいくらいだった。
だがウエスト的には別の問題があった。
「わしとしては、茜の顔が夢枕に立ちそうでのう」
茜というのは鷹司家のシオリの実母である。もちろんここにはいない。
「えーお母様?お母様は関係ないと思うけど?」
「お嬢には200年前かもしれんが、わしはこっちに来る数日前にも会っとるんじゃぞ?」
「大丈夫、お母様ならきっと、困ったわね、でも本気ならバレないようになさいっておっしゃるわ」
「……本当に言いそうで恐ろしいわ」
ふうっとウエストはためいきをついた。
「まぁ、その程度でエミの防波堤になるのなら構わぬ、好きに利用せい」
「ありがとうおじさま。じゃ、さっそくはじめましょうか」
そういうと、呼び出しのベルのようなものをチリンチリンと鳴らした。
たちまちメイドやら巫女やらわからないようなスタッフがぞろぞろあらわれてくる。
「な、なんじゃ?」
「もちろん、お披露目だけど?おじさまの気が変わらないうちに」
「何ぃ!?」
思わずエミを見たが、エミは苦笑するだけだ。
「おいエミ、おまえの大祖母様だぞ何とかならんのか?」
「わたしは無理、ウエストの又姪でしょう?」
「そのくらいで止まるお嬢なら苦労せんわ!」
「じゃあわたしにも無理」
「あのなぁ……」
だが、そういうエミもなぜか楽しそう。
ウエストは、自分の逃げ場がない事を知り、大きくためいきをつくのだった。
「やれやれ、おじさまも世話のかかる人ねえ」
「よかったね大祖母様?」
「……エミ、あなたは気を回しすぎです」
「えーでも、どうせ取り合うなら大祖母様とがいいし」
「な、何を言ってるの。わたくしはおじさまの事なんて」
「えー、でも昔のガクセイショウってやつと一緒に挟んでる写真て」
「え、いつ見たの!?」
「えへへえ、ないしょー」




