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YetAnother異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
魔族の女
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提案

「ひとつ提案していいかな?あくまで素人の戯言(ざれごと)なんだけど」

「是非聞きたいねえ」

 オルガの言葉に、俺は告げた。

「もっとミニマムなものはないのかい?たとえば……こんなやつさ」

 俺はタブレットをもってくると、キャリバン号みたいな軽自動車ベースのキャンピングカーや車中泊の記事を見せた。

 当たり前だが、オルガ製のこのゲルもどきとは比較にならないくらい小さい。

「これは……本当に小さいねえ」

「これでもキャリバン号くらいの大きさはある。そして、それでも寝場所と食事くらいはできるわけだ」

「ふむ。だがこのサイズに天幕を押し込もうとしたら、建物全体を異空間収納魔法と組みあわせる必要があるねえ。可能だけど魔力消費の点で効率的とはいえないだろうね」

 なるほど。

「魔力消費は俺にはわからないけど、そもそもこの広さが必ず必要なのか?」

「え?」

 不思議そうな顔をするオルガに俺は言った。

「テントの最低限の基本って寝場所だと思うんだよ、町でなくとも寝られる的な。違うかい?」

「う、うむ、そうだねえ」

「野営という点でいえば大きいテントがいいのは否定しない。拠点なら特にそうだよな。

 だけど、たとえ設営が簡単にできても広い場所がいるとしたら……もっと小さい需要もあると思わないか?」

「……なるほど、理にかなってるねえ」

 オルガは目を開いた。

「利便性よりも設置条件を優先か。もしかしてハチは野営経験が多いのかねえ?」

「そうだね。おしゃれなキャンプの経験はほとんどないが」

 

 俺の昔話はまぁ色々あるけど、キャンプ歴は結構あると思う。特別に許可をもらって国立公園に月単位で張っていた事もあるし、北は礼文島から南は西表の南風見田(はえみた)ビーチまで、いろんなところで長期滞在もしてる。季節労働よろしく、キャンプ場に寝泊まりしてバイトに通っていた事もあるぞ。

 その話をしたら、オルガは面白がって乗ってきた。

「ほう、異世界の本格野営経験者とは珍しい」

「いや、生活臭はあったと思うけど、正直、いわゆるキャンプぅって感じのカッコイイやつじゃないぞ」

 タープでなくドカシー(工業用ブルーシート)だったといえば、本格キャンプ好きの人にはだいたい理解してもらえると思うが。

「ふふ、むしろそっちがいいねえ、続けてくれるかねえ?」

 おう。

 

「まずテントってさ、正反対のふたつの方向性があるだろ?つまり活動拠点(かつどうきょてん)としてのテントと、それから純粋に移動時の寝場所としてのテントなんだけどさ。

 これの両立は難しいし完璧な答えはどこにもない。

 だけど、あえて兼用するとしたら『小は大を兼ねる』が基本だと思うんだが、どうだろ?」

「……おもしろい、その言葉の意味も教えてくれるかねえ?」

「移動用に割り切った小さなテントって、当たり前だが拠点で固定運用するには向かないんだよ、たとえば寝場所が狭かったり、フライシートすらなくて結露したりする。快適さを切り詰めてるんだから当然だな。

 だけど、実は拠点をきちんと作ってしまえば、その手の少々不便なテントでもどうにかなっちゃうのさ。

 結露するというのなら、上に屋根を作ればいい。作業場も、くつろぎの場所もそうだ。

 狭いったって、荷物を外におけるようにすれば、ベッド自体は広くなるだろ?」

「ふむ」

「でも逆は無理だ。豪華装備の大型テント、たとえば立派なキャンプ場で家族で使うようなものを設営条件の厳しいとこに使うのは色々と無理がある。

 俺はその点をもって、テントは『小は大を兼ねる』ものだと考えてる」

「なるほど」

 オルガはうなずいた。

「それでオルガはどうだ?

 このテントがオルガなりの答えということは、オルガは拠点をがっちり確保するスタイルだと理解したが」

「いや、そうとは限らないねえ。特に研究中は複数個所に拠点を作る事も多いね」

「そうなのか?」

「ああ」

 そこまで言って、オルガは納得げな顔をした。

「多少不便でも天幕は小さくあとは運用で、か……正直これは思いつかなかったねえ」

「マジか?むしろ俺はその反応にビックリなんだが」

 小さく簡素にすればいい。

 たったそれだけの事なのに、なんで今まで気づかなかったんだ?

 しかしオルガは苦笑するように言った。

「これはあくまで推測だが、なまじ空間魔法を使えるせいかもしれないね。

 大きな道具ならそのまま空間ごと畳んで運べばいい、わたしたち魔族はそう考えがちだ。

 そこで悩むのは魔力の節約に関する工夫であって、道具そのものを改良するのは二の次以下のことが多い。

 空間を畳むのでなく、最初から移動前提で小さな道具にしたり、道具自体を改良する、除外するというのは……発想が出ないとは言わないが優先度が低いんだよ」

「根本的に発想が異なるわけか」

 うむと俺は唸った。

 日本が世界に誇る道具のひとつに、ホンダ・スーパーカブがある。シンプルイズベストで頑強でよく走るカブは世界中で愛され、オートバイのことをホンダという国すらあるほどだ。

 でもそんなカブだけど、元々はヨーロッパ的な小さなモペッド的実用車を求めていたらしい。

 ただ、ヨーロッパのモペッドは現物見ればわかるけど、本田宗一郎氏的には「これはねえだろ」って要素もてんこもりだった。特にエンジンとか。

 で、ウチならこうするゼってホンダ的回答でデザインから使い勝手から再設計し、完成したものが、あのニッポンの高度成長を裏から支えた傑作バイク、スーパーカブのはじまりらしいんだけど。

 似たような比較に、日本のスクーターとピアジオ社のベスパの話がある。

 同じジャンルの乗り物のはずなのに、えらい違うんだよね。

 実はクラシック・ベスパの最大の顧客は日本人だって話もあるけど、それにしても、ここまで同じジャンルの乗り物なのに大きく異なるのは面白い。

 民族的、文化的な発想の違いってことか?

「しかし面白いな。

 かりにコンパクトにする発想はないにしてもさ。

 唐突にメンツが増えた時の増員むけテントとか、寝られればいいって用途はいろいろ考えられないのか?」

「ああ、それはあるかもしれないね。

 ただ、それらのニーズはこれから掘り出す感じかね。まだ売り出してそうたってないのさ」

「なるほど」 

 さすがに売り出したばかりだと、顧客ニーズも拾いきれないか。

 オルガはうなずいた。

「商会の方に、そういう話はないか問い合わせてみるかねえ、場合によっては前倒しで新商品開発が必要になるかもしれないね。

 ハチ、大いに参考になった。本当にありがとう」

「あくまで素人の戯言(ざれごと)だから。でもお役にたてれば幸いだよ」

 この世界のニーズがわからない以上、役立つかどうかはわからない。

 でも感謝されるのは嬉しいものなんで、とりあえずお礼を言った。

 

 ひといきをついた後、昼が来たので食事をとる事になった。

「食料買い出しはすんでるのか。では馴染みの屋台に案内しよう」

「お、いいね」

「だがその前に、ひとつプレゼントしよう」

「え?プレゼント?」

「うむ。よいアイデアをくれた礼だねえ」

 そういうオルガは、俺の左肩の上の空間に手をやり、何かクイクイと動かした。

「む……あれ?」

「魔力がつながっているから、よく見ればわかると思う。どうかねえ?」

「なんだこれ?」

 オルガの左肩にもあるが、見えないポケットみたいなのがそこにできていた。

「これ、ササヒメが入ってたのと同じやつか?」

「正解。空間魔法の初歩で、指定の場所に小さなポケットを作るものさ。

 大量にモノが入るような事はないが、とにかく簡単につくれるうえに魔力消費もゼロに等しい。魔族にとっちゃ日用品みたいなものだねえ」

「なるほどなって……お?」

 実験してみようと思った瞬間だった。

 いつのまにか戻ってきていたラウラが俺の身体に駆け上がると、その空間に普通に飛び込んでしまった。

 で、何もない空間に首が3つ、ポンポンポンと並んだ。

「おお」

「うむ、さすがにケルベロスの子だ、外育ちでもわかるようだねえ」

「どういう意味だ?」

「我々魔族が魔獣を連れ歩く時、肩の上にポケットを作って収納するのは定番中の定番なのさ」

「へえ」

 まぁ、こんな気軽に作れるんだから当然か。

「これ、収納中にコケたりしから中のダメージは?」

「まったくない。便利なものだろう?」

「確かに」

 ペットを連れ歩く旅行者とか、聞いたら狂喜乱舞しそうだな。

 みれば、いつの間にかササヒメもオルガの肩のポケットに収まっている。

「さて、では行くかねえ。ところでアイリス嬢はどうするかねえ?」

「そうだな、なあアイリス……」

「パパ、おるすばん希望ー」

 珍しいことに、アイリスがお留守番すると言い出した。

「何かあったのか?」

「うん、まあね。ちょっと調べ物したいの。タブレット借りるよ?」

「そりゃいいが……問題ないのか?」

「あったら後で質問するよ?」

「わかった」

 アイリスが自分から単独行動を言い出すのは珍しい。ちょっと気になった。

 でも。

「ふむ、ではアイリス嬢、ハチをお借りするよ?」

「うんうん、いってらっしゃーい」

「……」

 なんだろう。

 まさかと思うが、俺とオルガをふたりっきりにしようとしてる?

 むう、まさかね。

 

 わかると思うけど、もちろん俺の予想は正しかった。アイリスはこの時、俺とオルガをふたりっきりで話させるためにわざと残ったんだ。

 でも、オルガというゲストの登場に俺も舞い上がってたんだろう。

 その意味に気づいたのは、後になってからのことだった。


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