ダメージ
せっかくだから宿屋に泊まろうと思ったんだけど、まだ世界のお金を全く持ってないわけで。
それにキャリバン号の安全の心配もあった。
『公共の駐車場もあるんだが、ここの方が安全だと思う。今夜はこちらをおすすめするよ』
この世界の駐車場というのは、野営も考えたしくみになっているらしい。
隊商なんかが馬車や魔獣車ごと寝泊まりするようになっているので、俺が車中泊したりテント張っても、異世界製の道具ということを除けば違和感もなく、普通に利用できるんだと。で、それらは町のとなりに併設されていて、飲み食いだけは町ですることもできる。
ああ、町の一角にオートキャンプ場や道の駅があるようなものか。
それはありがたいと思ったのだけど。
『駐車場にはお風呂ないよ。異世界人はお風呂好きっていうけど、どうなの?』
『お風呂のある方で』
もちろん泊めてもらうことにした。ええ、二つ返事で。
いやだって。ふろ入りたいだろ?
寝泊まりはキャリバン号ですることにした。遠慮したためじゃなくて、安全な場所であらためて装備類を確認したいからだった。
『さっそく今夜荷物を整理してみます。正直、今までそんな余裕なかったんですよ』
『今まで乗り物ごと来たってひとはほとんどいないんだ。気を悪くするかもだけど、楽しみにしてるよ』
……とまあ、そんな会話があったわけだけど。
「ふう」
借りた風呂は蛇口がない事を除けば、本当に普通にお風呂だった。ただし、どことなく風呂のない建物に追加設置するタイプのユニット・バスルームを想像するものだった。
おそらく、水を無駄にしない仕掛けが何かあるんじゃないかな?
で、久々にすっきり、そして駐車場のキャリバン号に移動した。
「……」
キャリバン号は、昼間そのままにそこにあった。
薄汚れた、ぽんこつ軽四。俺の愛車で、休日には移動宿泊所も兼用になる、ミニマムな俺の城。
「ごめんよ」
キャリバン号をなでて、そして思わずあやまった。
こいつで今日、俺はひとをはねた。それも事故ではなく、意図してはねちまった。
だから俺は謝る。ごめんよ。
きれいごとを言うつもりはない。やらなきゃ、今頃どうなってたかわからないんだし。
だけどキャリバン号は……こいつはあくまで日本の軽自動車で、そういう荒事をするようにはできてない。
それを荒事に使ってしまったのは、やっぱり後悔も反省もあった。
「ダメージ行ってないかな?」
なにしろここは異世界、カーディーラーはどこにもない。
こんなナゾのファンタジー車になったキャリバン号をディーラーが見てくれるかはわからないけど、専門家がいるかいないかの違いは大きいだろう。
目立たないけど、どこかにダメージが行って……あれ?
「なんで?」
こいつはボロだけど、俺の愛車だ。事故の傷なんて目立つもの、見てわからないわけがない。
なのに。
「ノー……ダメージ?ひとを、はねたのに?」
そんなバカな。
敵さんの方だって、結構衝撃あったのにノーダメージだった。
だからたぶん、キャリバン号側に被害があると思ったんだけどな。
むむむ?
LEDランタンを取り出して点灯、下をのぞき込んでみた。
「……問題なさそうだな」
どういうことだ?
いや、被害がないのはありがたいけど、どうなってる?
「パパ、何確認してるの?」
「ん?ひとをハネただろ?ダメージ状況を見てる」
声にふりかえると、そこにはアイリスが。
腕に抱いているのは、洗われてフワフワモコモコ度が倍増したぬいぐるみもといラウラ。寝てるけど。
ところで。
「おい、なんだそのかっこう」
「えーと、えっちな裸ワイシャツ?」
「あほ」
頭にチョップくれてやると、笑いながらアイタ、イターイと棒読み。
まったく、大人の女性なら生唾もんかもしれないけど、ガキがやっても笑えるだけだっつの。
でもまあアイリスもわかったうえでふざけてるっぽい。俺の知識からこういうのを読み取り、遊んでるんだろう。
まあ、その、なんだ。
あまりハードにエロエロしいのは勘弁して欲しいんだが。
だってよう。
アイリスがやっても笑えるだけでも……彼女がやったらって想像しちゃうじゃないか。
そいたら、
「ああ、あの人だったら興奮するって?」
「あのなあ、誰がオルガの話してる?」
「パパ」
「ん?」
「なんで『あの人』がオルガ・マシャナリ・マフワンの事だと思ったの?」
「!」
しまった誘導か!
「なるほど。パパはまだ見ぬオルガ嬢に、えっちなもーそーしてますよと」
「ばかやろ、心当たりのある成人女性がアレなだけだ!」
「はいはい、素直じゃないなぁ。元おじさんだから?」
「元じゃねえ、今でもおっさんだっつーの」
見た目が青少年にもどっちゃったけどな。
まあしかし、あってみたいには事実だな。
オルガ・マシャナリ・マフワン。
夢で逢っただけの存在だけど、なぜか俺に好意的な女性。
ああ、うん。
……ついでに言うと、美人だった……うん。
彼女がもし、裸ワイスタイルだったら……。
「うっわー、おげんきー」
「どこみてんだコラ!」
「あっははははは!」
本当に子供らしくなってきたのはいいんだけど、これはこれで困ったもんだ。
そんなことを考えていたら、アイリスが唐突に言った。
「よかった、大丈夫みたいだね」
「え?」
「だから、はじめての殺し。えっちなもーそーして、ちん○も立つくらいなら問題ないでしょ」
「……あ」
そういえばそうだ。
訓練前の俺だったら、まだ精神的な方でそれどころじゃなかったはずだ。
「……成果あったってことか?」
「うん。やったね!」
「おう、ありがとな」
もちろん嫌悪感は残るが、これはこれで正しいと思う。
俺はやっぱり日本人で一般人だ。
息をするようにひとを殺すようになったら……それはいかんでしょ。
あくまで、非常事態を切り抜けられればいいんだ。
「ちなみにキャリバン号もいっしょだと思うよ?」
「え?いっしょ?」
「破壊からの修復機能っていうか……えっとね、ちょっとごめんね?」
「え?あ、こら!」
俺が止めるまもなく、アイリスはキャリバン号のサブミラーをギョリっと音をたててひん曲げた。
え?ああ、なにそのミラーって?
キャリバン号みはドアミラーと別に、バスについてるみたいな大型のサイドミラーもついてるんだよ。前のオーナーの仕業なんだけど、なぜか助手席側だけ。ドアミラーとは構造が異なるものなので、オートバイのそれのように金属製の棒の先にミラーがついてる。
足元が見えるので、俺も幅寄せに使ってるんだけど。
それを、アイリスはひん曲げた。鋼鉄製でけっこう太いやつを。
ところが。
「え?」
「ね、ほら?」
「……これは」
みるみるうちに、ひん曲がった棒が元にもどってしまった。
「修復してんのか」
「うん」
「そうか……じゃあ問題はそこじゃないな」
「え?」
「あのな、アイリス」
俺は懸念事項について説明した。
「極端な話になるけどさ。かりに修復するにしても、ドラゴン氏に上から踏んづけられたら、いくらなんでも終わりだろ?走れないだろうし、そもそも乗り手の俺が殺されちまう」
「グランドマスターはそんなことしないよう」
「たとえだ、たとえ」
言い方が悪かったか。
「つまり、どこまでのダメージが許容できるのかって問題だよ。
たとえば馬車と正面衝突したらしばらく走れないのか、どのくらいで復活できるのか。
もとに戻るけど、二週間走れないんだったとしたら予定が大きく狂うだろ?」
「そういうこと?ちょっとまって」
アイリスはタブレットをとり、何かを調べだした。
「んー、積載した荷物によるって。でも正面衝突したら一時的に走行不能になる可能性が高いから、なるべくさけろって」
「そうか」
俺だって事故りたくない。
「あと、シートベルトはつけましょうって」
「そりゃ当然だ」
異世界だからってベルトは必須だろ。
厳重に注意するようにしよう。




