バラサ[1]
何とか戦闘に勝てたけど、吐き気にやられちまった。
キャリバン号で休んでいるうちにアイリスが、町の入口の警備員に話をしてくれたらしい。気が付けば、窓の外に服を着たイノシシ男がヌッと立っていた。
窓を開けた。
乾いた砂漠の風といっしょに、獣の体臭が混じっている気がした。
「大丈夫かい?」
「はい、すみません落ち着きました。面目ないです」
「無理はせんでいいよ、血肉が苦手なヤツはいるもんだ」
え?
「ダメな人って……そんなにいるもんですか?」
「そりゃそうさ、町育ちだったりしたら特にね。
お恥ずかしい話だが、私は初めて父について狩りをした時、解体で吐いちまってね」
「え、そうなんですか?」
獣そのもののした外観からは到底想像できないが、まあイノシシは肉食じゃないからってのもあるのかな?よくわからないけど。
「大事なのは気楽にいくことだ、気負わず気楽に。いいね?」
「ありがとうございます」
心底心配してくれているのがわかったので、素直にお礼を言った。
ああ……あの人間族どもとはえらい違いだな。
このイノシシのおじさんだけど、猪人族といって、いわゆる獣人族の一種だそうだ。
あ、やっぱり豚じゃなくてイノシシなのね。
一瞬、豚人を想像したけど、オークはオークでまた別にいるんだってさ。
うーむ、ややこしいな多種族世界。
ちなみに嬉しいことに、獣人っていうのはケモミミじゃない完全ケモノタイプ、つまり二本足で立った動物、歩くモフモフなんだと。人間にケモミミ生えてるわけじゃないんだ。素晴らしい!
基本骨格はきちんと人間を残してるようだけど、手足もなかばヒトじゃないようだな。
まるでコスプレだけど、仮装やきぐるみにある、特有の不自然さがまったくない。生き物として、きちんと成立しているってことなんだろう。
え?イメージつかめない?
まあ、あれだ。鳥羽僧正の『鳥獣戯画』ってあるだろ?アレに近いといえばわかるかな?
え?かわいくない?
いやいやモフモフはいいよ。ハハ、なんか今後が楽しみになってきたよ俺!
いや、ごめんな。
おまえ本当はおっさんだろって言われそうだけど、あれだよ。
根っこはウロウロするのが好きで、面白いもん好きな人間だからさ。
こういう状況なら状況でそれを楽しみたい。そういうヤツなんだ。
おじさんの話は続いてる。
「町に入る手続きはもうすんでる。確認するけど異世界人のハチさん、お連れの竜族の嬢ちゃん、それにケルベロスの子供だね?」
「はい」
「ケルベロスは高位魔獣だから問題だけは起こさないように気を付けて。飼い主に責任行っちゃうから」
「はい了解です」
おおう、ファンタジーのお約束、魔獣持ち込み注意か!
「ふむ、だいぶ頬に紅がさしてきたね。よかったよかった。
動けるならとりあえず町に入るといい。
それと、商業ギルドに用があるんだろ?」
え?
「ああ、お嬢ちゃんに聞いたからね。証拠の提出ってやつをするんだろ?」
「あ、はい。そのつもりです」
「バラサは商業ギルドの支部長が市長も兼業してるんだ。そして市長の政治的な上位は、南大陸のコルテア国になってるのさ。もちろん連絡網もつながってる」
あ。
「つまり、ギルドで提出すれば話が通ると?」
「そういうことだな。まあ市長に説明を求められるかもだが」
「それは問題ないです。外の連中とか、さっきの件ですよね?」
「うむ、そうだな」
「了解です、ありがとうございます!」
面倒事と思うのは簡単だけど、でも大切なことだった。
俺はこの世界ではよそ者だ。どこにも属してない。
しかも、人間族勢力とは敵対がほぼ確定しちまった。
こんな状況だからこそ、俺の人となりを、ひとりでも多くの人に知ってもらわないといけない。むりやり親しくする必要はないけど、こういうやつがいるんだって、知ってもらわないとね。
俺はヒーローじゃないから、圧倒的な力で居場所を勝ち取れない。
だからこそ、せめて襲われても無事逃げられるよう自衛力の訓練をする。
だからこそ、第三者にきちんと自分の価値や正当性をアピールしておく。
日本ではどっちもなぜか軽視されるけど、大事なことだぞ。
もし若者が見ていたら忘れないでくれ、おじさんとの約束だ。
って、何いってんだ俺。それどころじゃないだろ。
「それですみません、商業ギルドはどちらに?」
そういうと、イノシシ男は通りの奥の建物を指差した。
「あれがそうさ。
行けばわかるけど、乗り物は念のために建物の中に入れればいい。無料だからね」
「ありがとうございます!」
俺は頭を下げた。
「ああ忘れてた、失敬失敬」
え?
顔をあげると、どこか敬礼を思わせるポーズで彼は言い放った。
「砂漠の町バラサにようこそ!」
「!」
呆然としていると、イノシシおじさんは「イタズラ成功!」って顔でにっこり笑った……たぶん。
……イノシシの笑顔って、こんな感じになるのか。
「ま、たのしんでくれよ!わはは!」
「はは、どもです」
俺はとりあえず、ちょっとひきつった笑顔を返した。
指示された建物に入った。
「クルマはここに停めてください!」
「ういっす」
指示された場所は、なんと普通に日本の地下駐車場みたいだった。つまり地下にあり、コンクリに似た壁のある空間だ。
指定場所にキャリバン号を止め、外に出た。
「……なんだこの壁材?」
壁材、塗装してないからわかりそうなもんだけど、これコンクリじゃないな。
ペタペタ触った感じは打ちっぱなしのコンクリに似てるけど……なんか違うなあ。
悩んでいたらアイリスが教えてくれた。
「魔砂岩だと思う」
「まさがん?」
「砂岩はわかるでしょ?魔砂岩は魔術的措置で砂岩のように砂を固めたものなの」
「おお」
出た、ファンタジー素材!
「そんなに珍しいかい?」
「ああすみません、俺の故郷には魔砂岩なんてないもんで」
振り返ると、さっき誘導してくれたコリー犬の人だった。犬人族というらしい。
「魔砂岩はこの町には多いよ。なにしろ周囲に腐るほどあるからね!」
「はは、なるほど」
砂漠だもんなあ。
「しかし、君のクルマはめずらしい形だね。魔道車かい?」
「マドウシャ?」
聞けば、動物や魔獣で引かないクルマがあるらしい。
「魔力を入れた魔石で動かすそうだよ。滅多にお目にかかれないんだが」
「へえ、そうなんですか」
なるほど。
電気で走るEV(Electric Vehicle)に対して、魔力で走るMV(Magical Vehicle)ってか?む、ちょっとゴロが悪いか?
とりあえず、そういうのがあるって覚えておこう。
あらためて振り返り、キャリバン号を見た。
「……」
仕方ないとはいえ、ひと、はねたんだよなあ。
……あとで掃除してやるか。
「パパ」
「ん?ああ」
アイリスに声を掛けられ、見るとラウラを抱いていた。
何故か受け渡される。
「くぅ~ん」
「どうした?ハハハなんだ、そんな顔して」
もしかして、俺が元気ないって気づかれたか?
「さ、パパ、いこ?」
「ああ……ありがとなアイリス」
「ん?なあに?」
「いや、なんでもない」
俺が凹んでるのを心配してくれてるんだろう。
ああまったく、いい道連れだよ君らは。
「よし、いくか!」
「うん」




