二つの戦法
バラサの町が近づいてきた。
といっても準備することは何もない。食事のことも考えたけど、戦闘になって血を見て吐いたら洒落にならない。だから後回しに。
お花摘みはさっきすませといた。締め切った車の中で漏らすわけにはいかんし。
え?男がお花摘み言うなって?
だめだ、アイリスがマネするから。
こいつは知識量は賢者かもしれんが、実は思考の根本は見た目と大差ないからな。
え、なんでわかるのかって?
そりゃお前、見るもの聞くもの、なんでも目をキラキラさせるからさ。
これ、初めて旅行する時の子供のそれだよ。電車の窓にはりついてぎゃーぎゃー騒ぐアレだよ。
あっははは!
ま、電車なら近所迷惑を気にするけど、ここにゃ俺とラウラしかいないから問題ないさ。
「アイリス」
「なあに?」
「バラサの町に人間族はいるのか?」
いるだろうな。むしろ厄介なのはそっちか?
だけどアイリスはソレを否定した。
「いないよ」
なに?
「いない?なんで?」
「人間族はバラサの町には入れないから。だから外にいるんだよ」
「……そりゃまた、どうしてだ?」
わけがわからん。
「えっとね、バラサは開拓の町なの。南大陸から来たひとたちが開いた町で、ここを拠点としてしっかり固めて、ゆたかな土地を広げていこうとしてるの。
この中央砂漠はもともと大きな国があったとこだけど、今はただの無政府地帯だし」
「なるほど、まあ砂漠だもんなあ」
水もろくにない荒野だ。
まともな流通もない現状、わざわざ領地にしようってやつも普通いないだろう。
「でもね、ある程度育って町らしくなってきたところで人間族が五百人くらいの騎士団率いてやってきたんだって」
「いやな予感しかしないんだが……それで、なんだって?」
「物流拠点にちょうどいいから人間様に献上しろって。
しかも、遊んでた犬人族の子供を邪魔だからって騎士が蹴り殺そうとしたらしいよ」
「……おい」
なんだそれ。
自分らは何もせず、出来上がったら強奪かよ。
「バラサのひとたち、もう、すんごい怒っちゃって」
そりゃそうだろうよ。
「よってたかってボコボコにしたあげく、両手首切り落として砂漠に放逐したって」
……ほう?
「なかなか、えぐい事するなあ……でも、よく勝てたもんだ」
ファンタジーだと騎士団って扱いひどい事がよくあるけど、西洋騎士って実は体力の化物だぞ。
だって金属の全身鎧、あれ重さ何キロあると思う?
あれをつけてどんどこ走り回り、戦うんだぞ?
何より体力がまず第一。とにかく騎士ってやつはタフなんだと。
それが500?
……正直、考えたくもないんだが。
「バラサって自然にできた大きなオアシスが中心なの。
で、それはいいんだけど、周囲に全く道がないんだよね。中央砂漠の本道からも完全に外れてるし」
「ほう?じゃあ、どういう経緯ではじまったんだ?」
「最初にオアシスを発見したのは、魔族だって言われてるね。人間族は発見の話を聞いても見向きもしなかったんだって」
「使えないと思ったんだろうな。でも実際には手が入ったと」
「うん、そういうこと。
バラサに入植した開拓者って、南の果てのシャリアーゼから4000キロ近く、あまり補給もなく中央砂漠を越えてきた正真正銘の豪傑ばかりでね。しぶとさも強さも半端じゃないんだって。
しかも、将来性あるからって南大陸のコルテアとか、いくつかの団体から護衛もでてるんだよね」
「そこをわざわざ襲撃して墓穴を掘ったわけだ」
「うん」
まあ自業自得だな。
「でも、これで懲りずに軍団クラスとか来たらたまらないって話になってね。撃退できたとしても、ゆっくり開拓もできないでしょ?」
「そりゃそうだ」
「で、町と開拓地域をすっぽり覆う結界を作って、人間族や、自分以外の種族に悪意を保つようなやつは入れないようにしたんだって。
今は旅の拠点としても機能しているけど、人間族の隊商は外にキャンプして、出入り可能な者が水や食料を補給するかたちになってるらしいよ」
「ははあ、それで人間族は今も入れない、と」
「うん、そう」
多少は不便かもしれないが、そういうことなら「あり」だな。
昔の俺なら、やりすぎじゃねえかとか、人間族側にも言い分あったんじゃとか思ったかもしれない。
けど。
「……」
俺を守るために、敵の首をとばしたアイリスの笑顔が脳裏に浮かぶ。
そうだ。
アイリスが血まみれで守ってくれたから、今の俺がいる。
俺は、いやだ。
誰かに守ってもらっといて自分は虫も殺さないとか、そんな恥知らずなことはもうしたくない。
これからもアイリスには世話になるだろうけど。
でも自分にできることは、自分でしたい。
「何処の国とも仲良くやって、何処の国ともおつき合い……か」
「え?」
「ああ悪い、大昔にテレビの人形劇でね、そんな内容の歌が流れてたんだよな。
歌詞もストーリーも全然覚えてないけどね。
でも今思えば、確かにそれが理想だよなってしみじみ思うよ」
どこの国とも仲良く、おつきあい。
その考え方は嫌いじゃないし、正しく理想的だと思う。
だけど、それは良くも悪くもなんだよね。この歌にはたぶん、そういう意味も込められていたんだと思うよ。
いい例がこの世界の人間族だろう。
他の人種を、獲物か資源としか思ってない。
俺みたいな異世界人ですら、魔力を搾り取るために狩り出すような奴らだ。
こんな連中相手に「和平」は極めて困難。
だって。
対話とは、人間同士でするものだから。
こっちを天然ウナギかマグロ程度に思っている相手と「対話」はそもそも成立しないわけだ。
だけどさ。
共存できないからって、わざわざ攻め込んで皆殺しにする必要もないよね。
積極的に戦いたいわけじゃないし、その力もない。
俺はやっぱり凡人だし、ちょっと旅が好きなだけの人間なんだから。
重要なのは、降りかかる火の粉をきちんと払うこと。
ちゃんと払っておかないと、キャリバン号でのんびり旅なんて出来なくなってしまうから。
ほら、良く言うでしょ?水と平和はタダじゃないんだよ。
だから、俺は二つの手を打つ。
ひとつは、訓練して強くなる事。抑止のための武力。
そしてもう一つは、ソーシャルな手。
まあ、要は味方を作る努力をすることだね。
「なあ、アイリス」
「なあに?」
「海辺で俺がやった宣言とあいつらの攻撃、記録に残ってるか?求められたら誰かに見せられるくらい」
「大丈夫だよ。オッケーだって」
「む?もう誰かにみせたのか……って、一人しかいないか」
「うん、グランドマスターだよ」
アイリスはドラゴン氏、つまり巨大な真竜族のドラゴンの眷属で彼とつながっている。
だけど操られているのではなくて、まあわかりやすく言えば、いつでも即、実況中継状態にしたり、コンテンツを送り送られたりできるらしい。
なんというか。
田舎の母親と、パケット使い放題のスマホで繋がってるみたいな状況を想像したのはここだけの話だ、うん。さすがに失礼だろうし。
さて。
「何をする気なの?パパ?」
「町の人は味方じゃないんだろ?あいつらの?」
「うん」
「だったら、利用させてもらおう」
「誰を?」
「あいつらをさ」
俺はにっこりと笑ったんだけど。
「パパ、笑顔がなんかきもい」
「アイリス……」
「あ、戻った」
「あのなあ」
そこはキモいじゃなくで、悪者の顔と言ってほしいんだが?
だって「そちもワルよのう、越後屋」「クックック」なイメージなわけだから、ええ。
「パパ、また笑顔がきもい」
「……」
もう泣くぞオイ。




