バラサへ
長距離を移動する時のセオリーを知ってるかい?
第一、決して飛ばすべからず。
第二、ペース配分を考えるべし。
第三、退屈を避けるべし。
遠くへ行こうと思うと、大抵の初心者は飛ばそうとするよね?でも、それは悪手だ。
授業でマラソンをしたことがあるならわかるだろう?
マラソンは先が長いから、ペースを考えて走る。そう学んだはずだ。
そう、これは車やオートバイでの移動でも同じなんだな。
飛ばす必要は全くない、むしろ法定速度レベルで全然かまわない。
絶対に無理をぜず、自分が楽と思うペースを保つこと。ちょっと遅いんじゃないのってくらいがちょうどいい。変化が欲しいなら、休憩前の一分だけ飛ばしてみるとか、自分なりの工夫をすればいい。
そして、どれだけの間隔で休むべきかを知ること。
最後に、退屈でボーっとする状態は避けるべし。
極論すると、うるさい集合管の音をずーっと聞き続けるだけでも思考がマヒし、疲労から睡魔を誘発して自爆したり、いざという時に危険となる。まずいなと思ったら、休むことも大切なのだ。
もちろん同乗者がいるなら、その人にも応援を頼む事。会話をする、何か飲ませてもらう等ね。
「……そうなんだ」
「おう」
長距離移動のセオリーを熱く話していた俺に、なぜかアイリスが冷静につっこんできた。
「で、この状況でそれが役立つの?」
「立つさ。今実際に役立ってる」
事実、俺はずーっとほとんど同じペースでキャリバン号を走らせ続けている。
当初、追手は魔法を時々撃ってきていた。加速して追いすがってきた奴もいた。
しかし結局、じりじりと引き離されていって……ついには飛竜はいなくなってしまった。
なんでもあいつら重装備で人間まで乗せているわけで、一日で飛べる距離は最大200キロいかないんだと。
「効率悪いことしてんなあ。軽装で追跡訓練とか工夫すればいいのに」
「そうだね」
おそらくペース配分なんかもちゃんとしてないんだろうな。
だけど、たぶんこれは人間族の軍がダメダメなせいじゃないと思う。飛竜を使う兵種……竜騎兵というそうなんだけど、竜騎兵の用途として、止まってるか動きの遅い対象にヒット・アンド・アウェイするのがメインじゃないのかな。
あの稚拙な密集隊形といい、あれだろ。いまだ航空関係はマジ黎明期っぽい。飛べる騎乗動物がいる時点で地球と同列に語るのは危険だけど、それにしてもね。
でも、だからこそ俺もうまくパスできたと言える。
「それにしても……飛竜だけじゃなくて飛空艇までついてこないのは何故だ?」
さきほど、彼らもタブレットの探知圏外になっちまった。
飛空艇なら運転交代するだけだろうに……なぜなんだ?
「たぶんなんだけど」
「ん?」
「飛空艇は飛竜の随伴なんだよ」
「……なんだそれ?」
「飛竜って、人以外の荷物があまりのらないんだって。
しかも飛竜が高価なのもあって、乗ってるのは人間族でもおぼっちゃんばかりなんだって」
……まさか。
「まさかと思うけど……あの飛空艇って、飛竜部隊のサポーターってこと?」
「たぶん」
マジか……。
いや、飛竜が消えても飛空艇は来るだろうって警戒してたのに全然来ないからさ。
あー……坊っちゃんどもか。じゃあ野営とかもできないんだろうな。何となく想像ついたわ。
「でもさ」
「?」
「それなら最初から全員、飛空艇に乗ってくればいいんじゃね?なんで飛竜?」
「アイリスもそう思う、なんでだろうね?」
「なんだかなあ。きっかけになった記録とかないの?」
「ないよ。でも黎明期の記録に『竜に乗り飛ぶは浪漫なり』って書いてあったらしいよ?」
「……」
「……」
「……そうか。ロマンじゃ仕方ないな、うん」
「そうなの?」
「おう」
ロマンじゃ仕方ない。
でも。
「なんで?」
「……」
そ、そんな汚れのない瞳で聞くなよう。
「パパ?」
「……」
まあ……仕方ないか。アイリスだもんな。
ああわかったよ。
「なあアイリス」
「ん?」
「正直言えば、男のロマンだーっとかいい歳こいて抜かす野郎は、たいていダメなやつかバカだ。賢い人生を生きるタイプじゃないな」
「そうなの?」
「ああ。
竜に乗るのをロマンと言い切った奴もきっと同類だろうと思う」
「バカなの?」
「うむ」
うう、胸が痛いなあ。
「ただひとつだけ言いたい。
実はな、男から見てカッコいい男ってやつは、多数派がこのタイプだったりする。不器用で夢ばかり追いかけてて、ロクでもなくて……でも憎めないっつーか」
「……よくわかんない」
だろうなぁ。
「うん、わからなくてもいいさ。
ただアイリス。
この先、そういう一見不合理なことに妙な情熱かけてる妙な男がいたら……ああロマンってやつなのねと生暖かく認識してやってくれ……褒めろとは言わないが、DISることだけはしないでやってくれ……な?」
「よくわかんないけど、わかった」
はあ。
なんか疲れたわ。
そんな会話をしている間に、だんだんバラサの町が近づいてきた。
「アイリス、バラサの周辺を確認してくれ。特に人間族の集団がいないかどうか」
「パパ?」
「いいから頼む」
「わかった」
そういうとアイリスはタブレットを操作しだして、やがて眉を寄せた。
「パパ、いるよ!四方向全部の入り口に張り付いてる!」
やっぱりか。
「なんで?パパ、これに気づいてたの?」
「そんな凄い話じゃないさ、かんたんだよ。
いいかアイリス?
そもそもだ、俺がこの世界に来て、まだ10日とたっちゃいないだろ?」
「うん」
「なのに、中央大陸のほとんどの国家群は相互連絡をとり、さらに共同戦線をはってきたわけだ。
……いくらなんでも早すぎるとおもわないか?」
「……そうだね」
「これが意味するところはひとつ。とんでもなく速い……おそらくリアルタイムに近い連絡網があるってことだな。それも、最低でもホットライン級、もしかしたら移動通信機もあるレベルでな」
「それはそうだけど……あ」
アイリスが何か気づいたらしい。
「飛空艇、たしか機体同士で通信できたと思う」
「ああ、なるほどな」
それなら納得だ。
「インフラみたいなのはないのか?」
「『基本的には』ないよ。
リアルタイムでやりとりする技術は古代の遺失技術なの。飛空艇は発掘されたもので、これも遺失技術。新たに開発する技術は今の世界にはないんだよ。
一部で研究されてるし、限定的に利用されてるところもあるけどね」
「ほう!」
今はなき古代技術!
それはそれは。
いままで似非SFな感じだったけど、なんか一気にファンタジーめいてきたなあ。
しかも、このあと行く予定のバラサは、異人種混在の町。
まさかと思うけど。
獣人とは名ばかりの、ケモミミ生えてるだけの人間なんだろうか?
うーん……たしかに人間族だって地球人と同じ姿だったし、ありえないことではないが。
個人的には最低でも鳥獣戯画、できれば洋ゲーレベルの獣人種であって欲しいよ。
つまり。
ケモミミタイプじゃなくて、獣が二本足で立ち上がったレベルってこと。
ま、そっちは無事町に入れてからのお楽しみにしとくか。
アイリスに聞けば教えてくれるだろうけど、それこそ無粋ってもんだ。
あっと、ひとつ忘れてたぞ。
「アイリス」
「なあに?」
「忘れてた。言葉どうしようかな?」
話しかけてきた奴ら、言葉が全然違ってた。つまり俺はこの世界の人間と会話できない。
え?アイリスやラウラはどうしてるのかって?
アイリスとは日本語で話してる。
ラウラはそもそも、ドラゴン氏みたいに「会話以前に」理解してるっぽい。
つまり、今までは必要なかったわけだ。
「会話したいだけならアイリスが対応できる。全部覚える必要ないよ」
「対応って?」
「グランドマスターはこの世界の古今2000を超える言語をすべて使える。アイリスも可能」
「おお!」
それは凄い。
「2000以上?もしかしてこの世界って多言語文化圏なのか?」
「だいたいは大陸ごとに分かれてるけど、一定してない」
「というと?」
「獣人族はだいたい大陸のセオリー通りだけど、村や種族で方言が多い。
人間族は世界共通語と称して自分たち独自の言語を使ってて、大陸の版図と無関係。
あと、バラサは南大陸の獣人が中心なので、中央大陸の言葉では問題がある」
「混沌としてるなあ」
「うん。だから、パパは無理してひとつひとつ覚えなくていい。アイリスが何とかする」
「なんとかって?」
「パパ、こっち向いて」
「?」
アイリスの方を見た瞬間、何も見えなくなった。
「!」
キスされてると気づくのに、二秒ほどかかった。
しかも口がこじ開けられ、何かが口移しで送り込まれた。
「!?」
あわてて離れようとしたら、その前にアイリスの方が離れていった。
唾液が尾を引いた。
なんかアイリス「じゅるり」とかやってるし。
でも。
「あれ、パパ興奮してない。びっくりしただけ?」
「アホか!」
俺は前に向き直った。
口の中をあわてて舌で探ったけど何も見つからない。
なんなんだ。
「アイリス」
「ん?」
「運転中は危ない。二度とすんな」
「障害物がないのは確認ずみだよ?」
「それでもだ」
にやりとアイリスは笑った。
「それよりテストするよ。『どう、これは南大陸共通語だけどわかる?』」
「お……おお分かる、すげ、どうなってんだ?」
「次。『これは人間族の自称「世界共通語」だけどわかる?』」
「ああ、わかるわかる。でもすごいな」
翻訳して聞こえるのでなく、言葉を言葉のまま理解できてるみたいだ。
「アイリスの一部を送り込んだの。とりあえずコレでいけると思う」
「お、おう、ありがとな」
「これがアイリスのお仕事だから」
そうか。
でもアイリス、フンスとふんぞりかえるのはガキ大将っぽくてちょっと減点だぞ。かわいいけどな。




