通過
ポリット平原周辺での訓練をやめ、移動開始することにした。
「さて、いくか」
「はーい!」
「わんっ!」
「アイリス、シートベルト確認。ラウラ、お前はそこ入っとけ」
「くぅん」
ありゃ。
後ろに作った寝床……段ボールに古タオル入れたやつだけど……それに入れと言ったら拒否された。
なんでやねん。
「パパ、ラウラは一緒に前にいたいんだよ」
「でも、本格的移動中に膝の上は危ないしなあ」
実は海からポリット平原までは膝の上に乗せてたんだよ。
でも急な操作で下におちそうになったり、レバー類に当たりそうになったり。
特にこの先はまずい、何が起きるかわからないから。
「ウーン……いやまてよ?」
左右の座席の間。
キャリバン号の左右座席の間には結構な隙間がある。おそらく本来の純正よりちょっと小さいシートのせいもあると思うんだけど。
「いっそ、ここに寝床を……ありゃ?」
ぽん。例の感触がしたと思ったら。
左右の座席の間というより、左右のヘッドレストから後ろにぶら下げるような感じに深底のラックが装填されていた。
あーこれ、昔、どこかのホムセンか用品店で見たアイデア商品だったか?
「ラウラ、これならど……お」
ここがわたしの場所!と言わんばかりにラウラはそこに飛び込み、首だけを前にちょこんと出した。
「……そこでいいのか?」
「わんっ!」
いや、そんなにブンブンしっぽふりまくらんでもわかるから。
なぜか含み笑いしてるアイリスを横目で見つつ。
「わかった。ちょっとまて」
段ボールのタオルをとって入れてやった。
しばらくラウラは具合よさげなとこを探していたが、結局は首だけをちょこんと出すスタイルで落ち着いた模様。
「よしよし。さて行くか」
「わんっ!」
エンジン始動。
ブルルと聞きなれた音と振動を確認し、そして出発した。
「アイリス、タブレットで周囲の確認とナビ頼む」
「うんわかった!……とりあえず出口に向かって」
「わかった、ところで迂回路はないのか?」
「うかいろ?」
「もと来た道をもどらず、別の道って事。街道じゃないのがベストかな?」
ここは平原入口から20キロは中に入ってる。
ポリット平原は周囲を急峻な山に囲まれたどんづまりだ。まともに考えたら海沿いの道に戻るのがいいだろうけど。
俺を追うやつがいたら当然、ここは押さえるだずだろ。
「……ごめんパパ、無理」
「通れるところがないって?」
「うん。このまま街道に戻るしかないよ」
「……りょうかい」
キャリバン号は、山の小さな獣道を走れない。竜王の森で走れたのは、あの森が基本的に平坦だったからにすぎない。
つまり。
ゆえに一度出口に戻り、少なくとも30キロくらいは引き返さないと砂漠に戻れないってことになる。
「……これは、まずったかな」
イヤな予感がする。
ここは俺の訓練には良かったと思うけど、ここまで出口が限定されるとは。
まだ人間族はこっちの動向まではつかめてないと思ってたわけだけど、万が一探知されていたら出口を塞がれるかもしれない。
訓練のことで頭一杯で、そこまで考えつかなかった……しまった!
そして。その予感はどうやら……。
「パパ、街道を人間族の集団が接近してる。出口の向こう約47キロ」
「うわマジか!」
しかもそんな近くに?
「そ、そうか。50キロ以上の広域チェックしてなかったから」
つまり自業自得と?
なんてこった!痛恨すぎるだろこのミス!
「今から全速力で飛ばして、砂漠に抜ける分岐点に先に到達できるか?」
「微妙。飛竜が多い、数と火炎放射で追い立てられるかも」
「海は?」
「波が高い、危ないよ」
逃げ道なしか。
「アイリス、飛竜の攻撃を受けた場合のキャリバン号の被害、計算できるか?」
「ちょっと待って」
タブレットを操作したアイリスが言う。
「パパに問題がないかぎり、多少やられても勝手に修復するって。それに炎も雷も表面がやられるだけで延焼もしないって。
ただし、物理的に一時的に壊れるのはどうしようもないから、質量攻撃、直接攻撃は危険だって」
「なるほどな」
やっぱり、直接の接敵は危険か。
そりゃそうだ、軽四のボディーなんてペラペラだもんな。昔のワーゲン・ビートルみたいに軍事転用を前提にして頑強に作られた車ならともかく。
「対抗手段はあるか?」
「ある」
ほう?
「具体的には?」
「アイリスがブレスで焼き払えば、飛空艇以外は撃ち落とせる」
そう来たか。てか、使えるのかドラゴンブレス。
「わかった、悪いけど今回は頼るかもしれない。……そうならないように力をつくすけどな」
「どういうこと?」
「先に自分の立場を示しておきたいんだよ。先に戦闘しちゃったら、テログループの声明みたいに思われるかもしれないだろ?
できれば、そうなる前に味方を作りたい」
一度、悪意の噂が広まっちまったら。
異世界人を危険視する人には、ただの言い訳にしか見えないかもしれない。
たとえここで勝てたとしても、それじゃ意味が無いんだ。
「なるほど」
「最悪ならアイリスに頼ると言ったのはそれだ。
人間がドラゴンのブレスを吐くわけがないからな、俺の仕業とは思わないだろ。
……最初から出来レースなら、それすらも意味ないけどな」
「どういうこと?」
「俺を捕まえられなかった場合、何がなんでも問答無用で先に指名手配かけたいとしたら、どうすると思う?
簡単だ。
誰がやったか、なんてそいつらにはどうでもいいのさ。何がなんでも俺を危険人物に仕立て上げるだろ」
「……せんざいってやつ?」
「せん?ああ、それを言うなら冤罪だ」
だから、今のベストはパスしちまう事。
こっちに被害があれば戦いを忌避はしないけど、それは最後の手段。
どのみち被害を捏造する可能性はあるけど、そこまでは俺もしらんし、どうしようもない。
そう、俺は日本生まれの平和ボケかもしれん。
だけど、ダテにスマホもPCも使い込んでたわけじゃねえぞ。炎上ってやつも何度も見てきた。
だからわかる、戦って終わりじゃないんだと。
晴れた空の下、俺は加速した。
そのまま二十分も過ぎたか?いや、実際は10分くらいかもしれない。
じっとタブレットと空を何度も見ていたアイリスが動いた。
「パパ、来るよ。まず飛竜20匹、前方8キロ!」
「了解。隊形はどうなってる?」
「隊形?」
「見せてみろ」
「はい」
タブレットをチラ見した。
「密集隊形か。もういいぞ」
「うん。密集隊形って?」
「たぶん、威圧すればこっちが止まると思ってるのさ」
「へえ」
進路変更は……もうちょっと先か。
「アイリス、俺の声を風で奴ら全員に届けてくれ。録画録音も頼む」
「わかった……はい、いいよ」
よし。
俺はその場で発言した。
締め切った車内ではマヌケだが問題ない。アイリスが中継してくれるからだ。
『あーあー、わが前方にいる悪意の集団に告げる。
我は旅の途中であり、無駄な争いは望まない。
故に警告する、これ以上悪意を向けたり攻撃をしてはならない。
もしやった場合、それは敵対宣言と判断、適切に処理することとなる。
ただちに停止し、穏便に我を通すなら悪意には目をつむり、見逃そう。
以上、諸君の良識に期待する』
はっきり言えば、これで引くわけないと思う。
相手は数でも戦力でも、圧倒的自分らが上位だと思ってるだろう。
それに一人二人で来ているならともかく、ちょっとした軍隊規模だ。
こういう集団は一度動き出せば止まらない。特に練度が低かったり、指揮系統がハッキリしない連合軍なんかは特にそうだ。
だから、今の宣言は正直いって記録用。
アイリスに録画させて「たしかに警告した」と第三者に知らせるためのもの。
さて。
対向でそれぞれ速度が出ているのだから、8キロなんてすぐだ。たちまち武装した飛竜の集団が目の前に見えてきた。
しかし、武装した飛竜20匹 vs 丸腰のポンコツ軽四て……笑い話にもならんぞオイ。
「アイリス、ぶちぬけるぞ。なんでもいいから防御してくれ。
「わかった」
「ラウラ、危ないから頭ひっこめとけ!」
「わんっ!」
飛竜たちから何かが発射されたのを確認した瞬間、俺はアクセルをベタ踏みした。
たちまちキャリバン号はうなりをあげ、胴震いしながら加速を開始した。
はっきり言えば、旧時代の軽四、しかも箱バンの加速なんて知れてる。
だが俺にはひとつだけ勝算があった。
え、何がって?
それは相対速度に対する彼らの練度。
この世界で飛行技術がどの程度普及しているか知らないけど、地上の主な乗り物が馬車やそれに似たものしかないのなら、おそらく飛竜は相当に、しかも一方的に速い存在のはずだ。特に相手が地上の場合はね。
だったら。
「飛竜、ブレス発射!」
「おう!」
滅多にやらない最高速。
悲鳴をあげつつ、わずかな凹凸で暴れそうになる車体に神経をとがらせ、自滅を避ける。
そして通過。
「え?え?あれ?」
隣でアイリスが不思議そうな顔をする。俺は無視してキャリバン号を走らせる。
「アイリス、砂漠側に転進する予定ポイントは?」
「あ、はい。あと1キロ半!」
「了解!」
ミラーに少し、上空の飛竜たちが映った。
しかし飛竜たちは方向転換しようとして隣とニアミスしたり、安全のために距離をとってから転回したりとバラバラの動きをしている。既に追撃姿勢になってるのは一騎だけだ。
「……なにこれ?」
「あんな密集隊形で急に転回するからさ……予想以上だな」
あそこまでひどいとは思わなかった。
うわ、一騎墜落したよ。痛そ……。
「どういうこと?」
「ちょっとまて、山側に入ってから説明する。カウントたのむ」
「わかった。500…400…300……そこ!」
「おう!」
キャリバン号進路変更、砂漠方面に。
この進路は竜王の森から出てきた経路に近い。道はないが地形が安全であることは確認すみだ。
そして……飛竜と飛空艇以外は追ってこられない道でもある。
落ち着いたところで安全速度に落とした。
「飛ばさなくてもいいの?」
「逃げるってのは心理戦なんだ。安全第一、追いつかれなきゃ問題ないのさ」
俺は言った。
「飛竜たちの件だが、あいつら自分らが地上の敵、イコール遅いって決めつけてたんじゃないか?
おまけに、俺は真正面から突っ込んだだろ?
俺たちとあいつら、相対速度は多分最高で200キロ近くにも達したんじゃないかな」
「!」
アイリスの目が丸くなった。
「なあ、アイリス?この世界の軍隊って、時速200キロの戦闘って想定してるか?」
「……たぶんむり」
「だろ?ま、そういう事さ」
真正面からすれ違うということは、相対速度は両者の合計になる。あたりまえだな。
馬車の世界の人間が、時速三桁の世界に突然対応できるか?
しかも密集隊形、つまり周囲に邪魔者がいる状況で?
「というわけだ……とりあえずはな」
「すごい!」
「すごくないさ。相手頼みだし、策士が聞いたら笑われるだろうな」
俺はためいきをついて、キラキラおめめのアイリスに肩をすくめて見せた。
「ところでパパ、黄色いのがちかちか鳴ってたのナニ?」
「え?あ、ウインカーか?」
曲がるとき、無意識に操作したのかな?
もちろん今は戻ってるけど。
「これは方向指示器といってな、どっちに向かうか周囲に教えるものだな」
「え、あいつらに教えたの?わざわざ?」
「……」
「……」
「……ははは……バカか俺」
「??」
「いや、いい。手癖というかミスだ。次から気をつけるよ、ありがとうな」
「あ、うん」




