キャリバン号
今日はここまでです(3/3)
『キャリバン号の仕様』
説明書のタイトルが、いきなりコレだった。
いや、あのね。
俺はたしかにこのクルマをキャリバン号とよんでるけど、その話を誰にもしてないんだよ。だって、クルマに名前つけてるとか恥ずかしいじゃねえか。
だから、俺以外のやつがこいつをキャリバン号と呼ぶわけがない。
なのになぜ?
『キャリバン号の改造点』
まず動力機構が魔力によるものに変更されています。これはオーナーの意思によるものでなく、世界を越えてオーナーに召喚されたためです。
オーナーは召喚時、キャリバン号を求めつつも同時に二つの不安を抱いていました。そのひとつが燃料の補給だったのですが具体的代替え案がない漠然としたものだったので、矛盾の穴埋めが世界そのものによって行われた結果こうなりました。
もうひとつが走行関係の変更。
キャリバン号は不整地走行用のクルマではないので、オーナーは周囲にまったく道がないことに強い不安をいだきました。走れるのかと。
結果、簡易型重力制御により浮上走行する仕組みと、車軸と車輪、車体機構に対する自動修復の機能が装備されました。
この二点はオーナーが技術式側面をまったくご存じなかったので、全て魔力により改良され、実現されています。オーナーが健在である限りは燃料が尽きませんし故障も修復しますが、が、オーナー以外には運行不能となりました。
「……」
読んでいて、俺は正直、ため息をついていた。
ひとこと。
うさんくさいにもほどがある。
燃料系については、まあ置いとこう。魔力がどうとかさっぱりわからんし。
でも簡易型重力制御ってなんだよ。
これただの年代物のポンコツ、しかも軽四ワゴンだぞ。そんなSFみたいな機構がついてるわけないだろうが。
それでも読んでいると「確認してみましょう」という項目があった。
確認?
「……やってみるか」
シートに座り直し、ベルトをしめた。
いつも運転するようにハンドルとアクセル・ブレーキに手をやる。
よし、動かしてみよう。
ただし、書いてある通りに。
「始動」
口に出した瞬間、エンジンが始動した。
「おいおい」
なんだこれスマホかよ。
ちょっとビビりつつも周囲を見る。
うん、まわりに舗装路なんてない。
キャリバン号がいるのは砂漠といっても、物語の砂漠みたいなところではない。むしろ乾いた土の上だ。
わかりやすく言えば、ほら、アメリカ映画にでてくるみたいな一面の荒野を想像してくれ。
とりあえず、この場だけで動かしてみよう。
そろっとアクセルを踏んでみると、一瞬の浮揚感があった。
「……え?」
思わず窓をあげて顔を出してみると。
「な、なんじゃこりゃ?」
もしかして……これ、浮いてないか?
外を見つつ、じわりとアクセルを踏むと。
「まじかよ」
タイヤや車体が、でこぼこの地面をトレースしている感じがほとんどない。
夢でも幻でもなく、本当に浮いてるみたいだ。
どういうことだろう?
「……」
パネルに目を戻し、マジックメーターのところをまじまじと見た。
その隣に見慣れないランプが点灯している。
「なんだこれ。浮遊?」
ブレーキを踏みキャリバン号を止めてみた。
微妙に降りる感触があった。
「……降りてる」
そして、問題のランプも消えやがった。
「……まじで浮きやがったのか」
ためいきが出た。
そして、空を見上げた。
「……のんびりするのもまずいか」
正直いうと、じっくり点検したり検査したい。
でも。
「……明るいうちに水をキープしないと」
謎動力で燃料がOKとしても、水がなかったら終わりだ。
今までの野営経験が「最優先で水を確保しろ」と俺に言っていた。
お茶は半分飲んだ。それにこれ濃いお茶なんだよ。
水の代わりにはならないし、すくなすぎる。
まず、どこかで生水の確保を。
そして、安全な場所探して煮沸しないと。
え?食料?
それは、問題ない。
「……うん」
背後の大きなプラケースに、いただきもののそうめん『揖保乃糸』がたくさん。
あと、誰かにもらったお茶漬けが、これもけっこうある。
「乾パンとかあるけど……できれば最後の手段にしたいな」
燃料はカセットコンロがあるが、こっちもできれば残したい。補充ができるとは思えない。
だって。
『世界を越えてオーナーに召喚されたためです』
信じるわけではない。
でも状況のすべてがそれを肯定している。
いや。
信じる信じないは関係なく、認識しなくちゃならない。
だってそうだろ?
ここが見た目通りの大砂漠のど真ん中だった場合、近郊でカセットボンベや乾パンが買えるとは到底思えないだろ?
だったら。
実際にどうだったとしても、ここは買えないと想定して動いたほうがいい。
俺は眉唾の話は信じないが。
だけど同時に、眼の前の現状から目をそむけるほど愚か者でもない。
キャリバン号の備品はもともと、キャンプ用というより防災用品から始まっている。
そういう名目で集めたものが多いし、実際に出先で豪雨にぶつかり、本当に役立った事もある。
俺一人なら中で寝て暮らせるし、場合によっては外にテントも張れる。
さらに実際に使い込んで問題点も抽出した。
趣味に使いつつ、いざという時には中で寝て暮らせるように。
で、その最低基準が「二週間程度、キャリバン号だけで持ちこたえられるか?」だった。
だからこそ、水こそ入ってないけどポリタンもある。
狭いけど、男一人なら手足を伸ばして寝られる。
加熱がいる食べ物も、そのまま食べられるものもある。
「よし」
覚悟を決めた。
タブレットに声をかけた。
「飲み水のあるところ」
こんな抽象的な質問、大丈夫かな?
そしたら。
『直線で24キロメートル。川です。魚が住み、動物たちが水を飲んでいます』
「……そうか」
煮沸はしないとだめだろうな。
俺は『ナビ開始』をタップすると、ダッシュボードにタブレットを置いた。
異世界を軽四ワゴンで走る、考えるまでもなく壮絶な経験だろう。
だれか代わってくれるなら、今すぐよろしくたのむけどな。
空は快晴。風はない。周りに人工建築物なし。ついでに道路もなし。
なのに。
4WDでもなんでもない、ただのポンコツ軽四である俺のキャリバン号は、まるでSFに出てくるエアカーみたいにそこを揺れもせずに走り続けている。
実際、高速道路なみに揺れないんですが。
もっとも、全然ゆれないわけでもないけども。
「お」
またちょっと揺れた。
浮いているという状況は異様だったけど、走ってみるとすぐわかった。
ぶっちゃけると、普通に舗装路を走る感じとほとんど変わらない。
つまり、浮いているのはタイヤがはまったり車体が揺さぶられるような危険なデコボコをショートカットするためで、それ以外はまるで普通に走ってる感じだった。
要は浮いて走る、つまりエアカー的なところは全然なくて、あくまで道なき荒野を普通に走れるよう小細工がなされているだけって感じだ。
その程度だから、たまにある大きすぎる凹凸ではちょっと揺れたりもする。
ふむ。
理屈はさっぱりわからないけど、普通のドライバーの俺としては助かるね。
「……増えてる」
ふと見ると、マジックメーターってやつの針が少し上を向いている。
走り続けてるのに増えるのかよ。いったいどうなってるんだ?
『燃料61パーセント。走行中。蓄積中、満タンまで8時間40分』
あれ?
「満タンまでの時間増えてる?」
独り言のつもりだったが、タブレットは反応した。
『停止して休息すれば、蓄積を早める事ができます』
「ああなるほど」
走って消費しているからと。
つまり走るより少しだけ蓄積量が上ってか。
さっきは止まっていた。今は動いてる。
そのぶんエネルギーがとられていると。
なるほど合理的なのか?
うーむ。
「燃料の回復速度は固定?」
『オーナーの魔力なので、オーナーの魔力回復速度に依存します』
なるほど、そりゃそうか。
「じゃあ、俺の魔力回復を早めるには?」
『魔力総量は使えば増大し、回復速度もあがります』
ああなるほどね。
「使う、か。具体的には?」
『いっぱい走り回ってください』
……えーと?
「走れば走るほど限界もあがり、むちゃできるようになる?」
『その通りです』
「そう。ありがとう」
『どういたしまして』
なんだかなあ。
初めての土地。
エアカーみたいな車で走るのも当然初めて。
そこを警戒しつつはしったわけだけど、何しろ道も何もないわけで。
徐行した結果、きっちり40分ほどで川べりに到着した。