隧道と不安材料
「渋いトンネルだね」
「今、不気味って言おうとしたな?」
「あはは」
笑ってごまかすアイリスに苦笑すると、ぽんぽんと本体を叩いてみた。
「おー」
無垢の天然石による新造トンネルの壁の感触は、どことなくツルッとしたものだった。
天然石の隧道は地味だしコンクリより色も暗いことが多いし、おまけに建造に手間もお金もかかる。
いい石を探して職人が切り出し、現場まで輸送してから組み立てなくちゃならないんだから当然といえば当然だけどな。
モデルにした天城山隧道も、今のお金に換算すれば何十億にもなろうお金をかけたと聞いている。
だけど、もともと天然状態で長い時をかけ、石として成立しているものを組み合わせるもんだから、風化に対する耐性がコンクリより強い。金属のように簡単にくねくね成形できない代わりに強度も抜群だ。
結果、百年保つトンネルだってできるというのが天然石組みのトンネルの強みだそうだ。
え、俺の場合?
硬い一枚岩の壁を、手ノミで削るように強いインパクトなく成形したわけで。
正直、こういうトンネルの機械的強度については知らないけどさ。
まぁ爆破したり無理やり削ったトンネルよりは長持ちするんじゃないかな、うん。
「アイリス、悪いが強度が出ているかチェックできるかな?」
「それはアイちゃんだね、アイちゃーん」
「はいアイリスさん」
「トンネルの強度チェックお願い」
「強度ですか?」
「崩落の危険はないか、キャリバン号やそのトラックを通すとして、危険はないかを調べて」
「わかりました」
アイは、あれこれとトンネルの壁や天井を調べ始めた。
「このあたりは問題ないようです。
向こうまでの強度ですと、ずっと向こうまて調べてみないとわかりません」
「よし、じゃあ調べつつ向こう側に抜けてみよっか。パパ?」
「おう、それでいい。俺は後ろからキャリバン号で追いかけ「ちょっとまって」」
追いかけると言おうとしたら途中で止められた。
「アイリスとアイちゃんで確認してくるから、パパはここで待ってて」
「でも」
「待ってて」
「……わかった」
アイリスの強い調子に俺は折れた。
しかもなぜかキャリバン号からアイの例の分身体まで登場し、俺の頭にとまった。
「この子は?」
「護衛」
「……わかった」
拒否権は認めないらしいので、あきらめた。
心配だ……。
遠ざかっていくアイリス・アイコンビを見ながらじっと待っていると、すみませんとスタッフさんに声をかけられた。
「どうしました?」
「サイカの方の担当から連絡が二点ありました。
ひとつは向かいの発掘現場から、突如空いた奥の穴についての問い合わせがあったので簡単に説明したそうです」
「あ、そりゃどうも」
それはありがたい。
アイリスの説明に対して保証をつけてくれた事になる。
「それともう一点ですが、タシューナン関係でよくない知らせです。
不穏な動きをしていた一派が騒ぎの筆頭である王子を牢獄から連れ出したそうです。
タシューナン政府は国家反逆罪などの重罪で追跡をかけているそうですが、まだ捕らえられていません。
この者たちは国益のためハチさんを確保しようとする可能性が高く、タシューナン周辺に長居は危険かもしれないとのことです」
「うわぁ……了解ありがとう」
となると、さっさと動いた方がよさそうだな。
俺はキャリバン号のドアをあけると、伝声石に声をかけた。
「サイカさんいます?」
なんか少しドタバタと聞こえていたが、すぐにサイカさんの声がした。
『いるニャ、どうしたニャ?』
「今、担当さんから情報をいただきました、ありがとうございます。それでなんですが」
『移動開始するニャ?』
「はい、特にここが通過可能なら、そのままクリネルに出て東に向かおうかと。
でもその場合、すみません。ご挨拶もなしに行っちまう事になりますが」
『それはいいニャ、安全第一ニャ。
けど、どっちにしろ気をつけて行くニャ?』
「はい、ありがとうございます」
そんな話をしていると、アイリスから通信が来た。
『パパ、安全確認オッケーだよ?』
「わかった。
質問だけど、今からキャリバン号で抜けて大丈夫か?そっちからクリネル側のハイウェイにもどれるかな?」
『ちょっと聞いてみる……確認した。出てもいいですよ、だって!』
「わかった、じゃあ今から行くから待ってろ」
『はーい』
俺はアイリスとの通信をやめると、伝声石に向かった。
「サイカさん」
『はいニャ』
「行けるようなので直接通過して、そのまま東に向かう事にします。
サイカさん、本当にお世話になりました。ありがとうございます!」
『なに、どうせまた会えるニャ。気をつけて行くニャ?』
「はい!」
そう言うとスタッフさんたちにも去る旨を伝えた。
「よし、いくぞー」
「わんっ!」
『はい、まいりましょう』
アイリス、それから待機中遊ばせていたラウラも応えて、俺たちはキャリバン号に乗り込んだ。
エンジンを始動する。
「ではみなさんもお気をつけて、失礼します!」
「ハチさんもお気をつけて、またお会いいたしましょう」
「はい!」
そういうと、俺たちはトンネルに向けてキャリバン号を突入させた。
できたばかりのトンネル、それも天然石の建材むき出しのソレを通るというのは、もちろん俺も初めての経験だった。
「ほ~……不思議なもんだなぁ」
色は伊豆の天城山隧道に似ているんだけど、無垢の石材なので継ぎ目がない。
でも、だからといって千葉県の明治隧道みたいに人が掘ったあともなく、のっぺりとした、まるで無垢のコンクリ一本整形のような表面。
「ちょっと待ってな」
『はい』
アイ(分身体)に断ってキャリバン号をとめ、降りて壁に触れてみた。
「……これが天然石で、なおかつ整形された隧道かぁ」
東日本の大震災以降、千葉県の素掘りトンネルも内側にコンクリ吹付けしたものが増えてしまった。
安全性や事情は知らないけど、無垢の感触が味わえなくなったのが観光客としてはちょっとさびしい。
だけど俺はソレ以前の隧道に行って触りまくったんで、その触感はよく覚えてる。
珍しいトンネルというのは、見ても触っても素敵なものなのだ。
「無垢の感触に似てるけど、でも、デコボコが一切ない。
もちろんコンクリとも全然違って……いいなぁこの感触」
ここで撫でさすったりしたら変態なので、それなりに堪能してから手を放した。
えもいわれぬ満足感を胸にキャリバン号に戻ると、なぜかアイがじっと見てくる。
「なんだ?」
『アイリスさんが、興奮しているだろうから観察してみなさいと』
「アホかと言っとけ」
『わかりました』
アイに何を吹き込んでるんだあいつは。
俺はためいきをつきながらキャリバン号を再スタートさせた。
さらに進んでいく。
「ほほう、こりゃまた見事なもんだ」
『どの部分が高評価なのですか?』
ふむ、さすがにアイにはわからないか。
「天然石をここまでスパッと切り出す技術は、俺の前いたところでは見なかったからね。
断面がまるで模様みたいで、そこがすごいなって思うのさ」
『偶然の産物かと』
「もちろんそうだな、まぁ、こういうのは人間の感傷ってやつだよ」
『……』
考えてみたら、天然の岩盤をこんななめらかにぶち抜いて山岳隧道一本彫りなんて、たぶん地球なら最新技術でも簡単じゃないだろう。
そう考えたらコレはレアな光景だし、本当に魔法ってすごいと思う。
……凄すぎて、ちょっと不安にもなるけどな。
『何か問題がありますか?』
「ん?いや、なんでもない、なんでもないんだが……」
たしかオルガの話だと、この世界の学者たちはアマルティア技術の復興に夢中で、自力での科学技術は不人気なんだっけ?
「……」
なんというか。
得体の知れない不安を、俺はおさえることができなかった。




