経路
翌朝。
先に起きてきたオルガに鼻をつままれて目覚めた俺たちは、アイリスに朝食の支度をしてもらいつつルートの確認をしていた。
ちなみに教授はまだ眠っていて、リリスさんはそれにつきあって寝ているそうだ。
オルガいわく問題ないとのことなので、こっちはこっちで話を進める。
「というわけでな、ここから200キロってとこだ。路面と状況次第だけど、よければ一日で何とかなるだろう」
俺の慎重な発言にオルガは微笑んだ。
「このルートなら、人はほとんどいないぞ」
「知ってるのか?」
「実は、クリネルからキックボードで移動する時によく使っていたんだねえ」
ほうほう。
「馴染みのルートなのか?」
「うむ、それなりにねえ」
経験者がいるなら心強い。
「言っておくが、海を直接渡ったことはないぞ。
下から魔物に襲われたら打つ手がないし、はっきりいって無謀の極みだからな」
「それはまぁ、そうか……じゃあ海移動はどうしてたんだ?」
「もちろん船で渡っていたとも」
それはまぁそうか。
「このルートだが、確かに路面は悪い。
だが浮いているおまえの車なら影響を受けないレベルだろう。
むしろ、後ろから追手がきていても置き去りにできるメリットの方が大きいな」
「そうなのか?でも」
馬は無理だが、このへんで魔獣車に使っている魔獣なら時速60キロは出るよな?
それに飛竜を使う連中はいないのか?
でも、そういうとオルガは肩をすくめた。
「荒れ地で競争やっているわけじゃないんだぞ、無茶を言うな」
「そうなのか?って、こっちでもレースやるのか?」
「やるとも。車の性能向上に役立つというので定期開催されているぞ」
「え、そうなの?」
「うむ、その性質上、速さもそうだが故障しないこと、荷が駄目にならない事なども審査の対象になるがな」
「へー」
それはそれで面白そうなレースだな。
「それより魔獣の話だが。
魔獣車に使う魔獣は確かに長距離移動に向いているが、結局は陸を走る生身の動物なんだ。
事実上燃料切れがなく、わずかな運転疲れだけで数百キロを移動できるキャリバン号を追うのは不可能だな」
「……犬や狼の追跡作戦はとらないのか?」
「どういうことだ?」
「スピードで追いすがるんじゃなくて、ニオイなどで延々と追い続けるんだよ。相手が疲れるまでな」
「あー、原理的には興味深いが、こちらの世界ではできない発想だな」
「なんで?」
「追跡や探査に一部、魔獣が使われているんだが、途中で狩られる確率が高すぎて実用にならないんだ。
そして飛竜のように家畜化されている魔獣は、そういう芸当が苦手ときている」
「あらら」
なるほど、そりゃそうか。
「だったら、人間のセンサー等を駆使して飛竜に追わせるのは?」
「あれは寒さに弱くてな、南大陸には向かないんだ。
それに、おまえも中央大陸の実体験で知ってるだろう?
飛竜使いの最大のとりえは制空権の確保であって、追跡などの長時間移動は得意としていない」
「あー、あれね」
バラサへの移動の時だな。
大量の飛空艇や飛竜に追われたんだが、バラサまで直接追いすがってきた者は全くいなかった。
当時のキャリバン号は今より速度が遅く、かなり危険な状況だったのにだ。
それはどうしてか?
ひとことで言えば機体の性能でなく、彼らの運用方法に問題があったんだ。
「飛竜使いって貴族が多いんだっけ?それで飛空艇がサポートしてるんだよな?」
「うむ、そのとおりだ。長距離移動する時は飛空艇によるサポートが欠かせない」
「前にもおもったけど普通逆だろそれ、なんか非合理なんだよなぁ」
長距離移動で最も大事なのは最高速度ではなく、いかに移動し続けられるかだ。
この点、疲れを知らない機械というのは有利なはず。
運転手が俺しかいないキャリバン号はこの点、不利だった。彼らがパイロット交代しつつ飛空艇で追ってきたら、俺は間違いなく彼らに捕っていただろう。
俺が逃げ切れたのはつまり。
彼らがまったく非合理な行動をとっていたからに他ならない。
「効率悪すぎるだろ……」
「いやいや、ちゃんと合理的な理由もあるんだぞ?」
「え、そうなのか?」
思わず聞き返してしまった。
「それ聞いてもいいか?」
「ああ、いいぞ。
そもそも飛空艇は基本、今の技術では維持管理が難しい。これは知ってるな?」
「少し聞いた」
「あれはそもそも、アマルティア時代に現地人、つまり我々の祖先でも安全に使えるようにと作られた乗り物なんだそうだ。だからアマルティア人の目線では、速度はとろいが保守運用のやさしい乗り物なんだそうだ」
「ほほう?」
そんなもんなのか。
イメージとしては、安全性を高めた飛行船みたいな位置づけかな?
「問題は、支えている技術レベルが我々には高すぎる事なんだ。
ドワーフがいた時代には完全管理も可能だった。
しかし今では、管理も保守もすべてケラナマー国に頼らざるをえない。
……ということは。
ハチ、ここまでいえばおまえにもわかるな?」
「あぁ」
うなずいた。
「飛空艇に頼るってことは、国防や運輸をケラナマー国に握られるって事なのか」
「そういうことだ」
「そりゃ使えないよな。
ちなみに管理運用を独自に学んでる国はないのか?」
「運転法や軽いお手入れ程度ならな。
だがそういう国はすべて覇権国家なので、ケラナマーは管理権を手放さないんだ」
「なる」
唯一の飛行機械がその状況で、あとは騎乗できる飛竜だけか。
「なるほど……高速長距離移動のノウハウがないのも無理ないわけだ」
「そういうことだ」
昔、軍事マニアの与太話で聞いたんだけど、飛行機をはじめて戦争に投入した時の使い方は、空から爆弾を落とすこと……つまり今でいう爆撃だったそうだ。
下からの攻撃に対しては、さっさと移動したり高度を稼ぐ事で安全確保が可能だった。
飛行機同士の空中戦なんてのが生まれたのは、もっと後になってからのこと。
敵側の飛行機を妨害したり撃ち落としたいという需要ができて、それ用の武器を積み始めてからの事だと。
おそらく、この世界の飛竜の立ち位置は、その黎明期の航空機レベルってことか。
空にいる限り、同レベルで戦う相手がいないか、まだ少ない。
同じ飛竜に追い回されてドッグ・ファイトしなくちゃならない事態はないのか、そもそも同じ飛竜乗り同士ってことで紳士的に解決している状態なんだろう。
貴族が乗っているということもあり、戦うなら降りて決闘なんてこともありうるのかもしれない。
それはそれで悪くないのかもしれないが、当然だがその状態が続く限りは航空兵器の進歩は加速しない。
……これは進んでる遅れてるって話じゃなくて、むしろ俺たちの方が今のこの世界の文化と噛み合ってないって事なんだろうな。
移動に話を戻そう。
「まぁ、とりあえず移動をはじめようじゃないか。
こんな場所でも停泊を続ければ、誰が気づかないとも限らない」
「だな、了解」
約十分後。
簡単に準備をすませた俺たちは、ただちに転送ポイントに向かって出発した。




