歴史
「……改めて見るとすごい歴史だなぁ」
「そうですか?」
「ああ、すごいというか、なんというか」
この世界の神話は、いわゆる天地創造で始まっていない。
いや、厳密にいえば天地創造もちゃんと入ってるんだけどオマケのようなものというか……。
実質の世界の始まりは、天空人──アマルティア人の来訪からになっていて、それ以前の歴史はまるで世界が始まる前の暗黒時代のように語られていたりする。
宇宙人の来訪から始まる創生神話って……。
俺は文字通り目が点になってしまった。
いや、マジでなんなんだよ。
ちょっと出だしの一文を和訳してみるぞ?
こんな感じなんだよねこれが。
『彼らは青空の彼方、星空の世界からやってきた。
自分たちは天空世界の民だと言った。
そして我々に、獣に怯えない生活と知恵を与えてくれたが、同時に、力をひけらかし他者を圧倒する事は愚かな行為であるとも教えてくれた。
我々は彼らを神と崇めたが、それは訂正された。
彼らは言った、自分たちは神などではないと。
天空のさらに遠い彼方よりやってきた、我々と同じ「人間」なのであると。
そうして彼らは我らを導き……そして後に、私達は友人となった』
なんか、どこぞの伝記SFみたいな出だしじゃん。
最初期のページに、こんなくだりのある神話って……なんなんだよ。
自慢じゃないけど俺、結構あちこちの神話とか読んでるんだぜ?
子供の頃に大怪我して入院した事があって、その頃にたくさん読んだんだけどさ。
だけど。
こんな、とんでもない出だしの神話なんて、見たことも聞いたこともない。
なんというか、すごいな。
『彼らは自分たちのことを避難民であり、この大地に宿を借りに来たのだという。
きけば、彼らの大地は雪と氷に閉ざされてしまい、天候が回復するまで住めないのだという。
彼らの力をもってすれば無理やり温める事もできるが、ひとの手で大地をいじれば取り返しの付かない事になるかもしれない。
だから彼らは、大地の神にたくして時を待つことにしたのだという』
……ふむ?
テラ・フォーミングする技術はあるけど、うかつに母星をいじるのは危険と考えたってことかな?
ほほう。
内容のスケールはともかく、その慎重さは理解できるな。
『私たちは当初、彼らを師としたが、後には友人となっていった。
それは彼らの望んだ事でもあった。
彼らいわく。
世界は違えど同じ人であるのに、神扱いなど御免こうむる、と』
うん、なんだろう。
実際のアマルティア人たちがどうだったのか知らないけど、もしこの通りならメンタル的にすごく現代の日本人に近い人たちじゃないんだろうか?
『共に進んだ道のりは千年にも及んだが、やがて別れの時が来た。
彼らの故郷の氷が解けて、復興が始まったのだ。
それは吉報であったが同時に、別離の時を意味していた。
私たちは別れを惜しみ、そして彼らは祖国へと引き上げていった。
平和に過ごさせてくれた礼と、永遠に変わらぬ友情を誓って。
やがて、そんな彼らと最も仲良くしていた者たちが、新人類へと進化した。
別れた友の思い出をその姿に刻み、彼らのようにモノづくりや研究の大好きな種族となった。
──最初の亜人種にして最古の新人類、ドワーフの誕生である』
これはもう……完全に地球タイプの神話とは異質の物語だな。
歴史という名の物語は、さらに時代を綴っていく。
獣人族、水棲人、そして魔族。
次々と生まれてくる新人類たちの中、元の人類はむしろ純血主義に走り、純粋な人族……今の人間族につながっていくわけなんだけど。
「あれ、でもこれって?」
「どうしたんですか?」
ロットル君が尋ねてきた。
「人間族から異人種への変異が起きる原因は精霊分だよね?
じゃあ、精霊分はいつの時代からあるんだ?」
「それは、そこの『礼』なんですよ」
「礼って、この『平和に過ごさせてくれた礼』のことかい?」
「はい。
歴史研究家の話によると、精霊分の来襲があったのはアマルティア時代の末期なんだそうです。
彼らは精霊分をどうするか、僕たちのご先祖様に確認した。
で、ご先祖様は精霊分を排除するのでなく、ともに生きる道を選んだそうです」
「なんでまた?大変な決断だよねそれ?」
精霊分は確かに、長命化や魔法などの恩恵を与えている。
だけど、ひとつ間違えると世界の生命が死滅しかねない猛毒である事もアイリスやオルガが教えてくれた。
なぜ?
どうして、危険を承知でともに生きる道を?
「確証がないんですが、ひとつの説が有力視されています。
つまり、さすがのアマルティアも精霊分の排除は難しかったんですよ。
それで彼らは僕たちのご先祖様に、ともにアマルティアに行かないかと提案した。でも」
「ついていかずに、残ることを選択したと?」
「はい。
真竜族と樹精王族は、そんな僕たちのためにアマルティアが残してくれた『調整者』だとされています」
「調整者?」
「簡単にいえば、かの2つの『神』はアマルティア人が作ったという事です」
「……なに!?」
「あくまで推測、推測ですから!」
その時、俺は怖い目をしていたに違いない。
ロットル君はあわてて一言加えてきた。
だって、そりゃそうだろう。
あの好奇心旺盛なドラゴン氏が……アイリスの生みの親でもあるかの偉大な竜が。
それが、ひとの造ったものであるなんて。
ただ同時に、俺は自分が悪いことをしたのだと気づいた。
ロットル君を怯えさせてどうする、彼のせいじゃないじゃないか。
「すまない、突然のことに驚いてしまった」
「いえ、いいんです。これは僕が軽率でした。
さきほど、あの眷属の方に接する態度で気づくべきだったのに。
ハチさんが真竜族を、畏怖でなく敬意または信頼で見ていると」
コン、とロットル君は自分の頭を叩いた。
「話を戻しますね。
かの二大神についてはいくつかの説がありますが、アマルティア時代以前に存在しなかったのは事実らしいんです。
これは異なる勢力のいくつかの文献に同様の記述が見られることから、事実だろうとされています。
それに彼らの体はほとんど精霊分だけでできているそうですが、そんな生き物は自然には存在しないんですよ。
このあたりが、人造物説の根拠になっているんです」
「なるほど、そういえばドラ……真竜ご本人も、それからアイリス、それは眷属の名だけど、ふたりともそう言っていたな。自然にはいないんだと」
「やはりそうですか」
ふむ、とロットル君は少し考え込んだ。
「となると……アマルティア人の手になる説が強まってしまうわけですが『それは少し間違っているな』!?」
ロットル君もそうだけど、俺も目を剥いた。
ドラゴン氏の声だけど、なんとアイから聞こえてきたんだ。
「え、ドラゴン氏です?なんでアイから?」
「!?」
俺の『ドラゴン氏』という言葉にロットル君が驚愕の顔をした。
『アイリスが、本体であるアイなるショゴスもどきと友誼を結び、結果として通信が可能になったのだよ。
現在、アイリスを中継する形で会話に参加できているわけだ』
「……なるほど、そういうことですか」
アイリスとアイが仲良くなる事が、そんな結果を産むとは予想外だった。
ドラゴン氏……の声のアイ分身体は、羽根をパタパタさせて俺の頭から手の上に降りた。
そして、ポカーンとしているロットル君を見上げると言った。
『タシューナンの幼き令じ──』
「あ、ロットルです!名前で、名前でお願いします!」
ん?
なんかロットル君、妙にあわててないか?
『ふむ、そうかね?ではロットル嬢、ひとつ訂正させてほしい。
アマルティア人が我々、管理神族のはじまりに関わったのは事実だが、我々はゼロから作られたわけではないのだよ』
「……そうですか」
なんか知らないけど、ロットル君は「あちゃー」と困ったような顔をしている。
……ん?ロットル『嬢』?
え?
……え?




