吸血鬼と蜥蜴人[1]
図書館と一口にいっても時代や地域によって色々だろう。
たとえば俺が昔、旅先で訪れた石垣市の図書館は、本の数こそ少ないがまったりと本の読めるいい環境だったと思う。雨で時間を持て余した、よそ者の俺でも貸出はダメだが閲覧はさせてもらえたんだ……まぁ昔のことだし、今の図書館がどういう状況かは残念ながら知らないけどね。
おじさんになってから縁遠くなった施設が2つあり、それが映画館と図書館だ。
気持ちに余裕がないってことなんだろうなぁ、つまり。
さて。
「……高級感ですな」
久しぶりに来た図書館、といっても異世界の大図書館なわけだが……驚くほど地球の図書館と変わらないと思う。
ないというと、まず電子機器や電気製品がない。
これらは当然、この世界ならでわのもの、つまり魔法によるものになっている。受付のところにも検索用のパソコンみたいなものはないが、オルガの使っている研究用タブレットにも似た、なんらかの装置らしきものがあった。
さらに室内灯。
電気のない世界ということでランプ頼りの暗い世界を想像する人もいるだろうけど、そんなことはない。
もちろん人のいないところまで無意味にテカテカ光らせてはいないけど、LEDよりも蛍光灯よりも自然な魔法による灯火が随所に使われている。
「これってチャージはなんなの?」
「職員が魔石でやっているのさ」
へえ。
「フロアの職員を見てみろハチ、人種に偏りがあるだろう?」
「そういえば……山羊人、羊人族、それに魔族?」
「たしか水棲人もいるはずだが、今はいないようだな。
彼らすべてに共通するのは魔力が豊富であること。
灯火にチャージして回るくらいは全然なんでもないってわけだ」
「へえ」
つまり、これらの明かりはガス灯みたいにチャージして回っているわけか。
そんな話をしていると、ちょうど暗くなってきた灯りのひとつに職員が近づいていった。
もちろん、じっと観察する。
懐からチャッ○マンくらいの大きさのアイテムを取り出すと、先端をその灯火に近づけて。
「お」
ポッ、という表現がピッタリくるくらいの穏やかな雰囲気で、灯りに力がこもった。
「お、すげー」
なんか雰囲気あるなぁ。
「ハチ?」
「ああ、わかってるって」
本を読む前に用件をすまそう。
俺は受付さんのところにいって、リリス・ガ・テニオペとコンタクトをとりたい旨を頼んだ。
そしたら。
「リリス様から、ハチ様オルガ様から連絡があれば、即取り次いでほしいと言われております」
「よろしく頼みます」
「はい、それでは中庭にどうぞ、ご案内します」
図書館は単一の建物ではなくて、いくつかの大建築の集合体のような感じだった。
それらの建物は地下でつながっているようだけど、そちらは基本的に職員などの専用道で、来館者は地上や空中の連絡通路を通るのが基本になっている。
で、その間を縫うように緑が広がっていて、奥には中庭と呼ばれる大きな公園が広がっている。
「もし未来に増築が必要になれば、ここも建物になることでしょう。
とりあえず今のところ、少なくとも向こう二千年は必要ないだろうとされておりますが」
「改築でなく増築なんだ?」
「改築が必要な場合、まず新しいものを建てます。
そして百年ほど設備の確認等を行い、問題ないとなれば中の書籍を移動させてから古いものを壊します」
「なるほど」
あくまで本が第一ということか。
「百年をかけるのはなぜ?」
「図書館には常に最新の技術が使われますが、新しいものが常に実績があるとは限りません。
ゆえに経年変化を確認するのに最低百年の時間をかけるのです」
「……気が長い話だなあ」
地球だとさすがに却下されるだろうな。
そんなことを考えているうちに一行はその場所、つまり中庭に到着した。
そして。
「やっと来たのね」
どこかで見た覚えのある魔族の女の子が、木製のベンチに悠然と腰掛けて待っていた。
……ただし、ひとりの同伴者をつれて。
「……ほう」
その男……おそらく男性だろう存在は、俺の方を見て面白そうに微笑んだ。
いや、微笑んだというのは俺のカンみたいなものだけどな。
何しろその男の容姿ときたら「二本足で立ち上がり服を着たトカゲ」そのものだったからだ。
「クレーヌ先生、お久しぶりです」
「やぁオルガくん、久しいね。元気そうで何よりだ」
「それは先生の方でしょう、お体の方はいかがですか?」
「ふふ、完璧と言いたいが流石に寄る年波には勝てぬよ。近頃ではリリスくんにたびたび治療をしてもらっておる。
元の世界と違うからハッキリしたことは言えぬが、そう遠い日ではないじゃろう」
「そうですか……それは残念です」
「ありがとうよ、オルガくん。
しかし前に言ったように、たとえ魔力で嵩上げした命であろうと、星のきらめきに比べれば誤差のようなものさ。
終わりはひとしくやってくる。そしてそれは悪い事ばかりでもないさ」
「……先生」
そのトカゲの人はオルガと旧交をあたためていたが、やがて俺の方を見た。
「ふむ、リリスくんと話す前にわしのことを知りたい、といった顔じゃな?」
「あ、はい、すみません」
だが許可は先にとりたい。
魔族の女の子……彼女がリリスだろう……の方を見ると「かまわないわよ」と肩をすくめた。
「じゃあ、すみませんちょっと先に。まず俺はハチ、異世界人です」
「うむ、わしはクレーヌ・マドラエルと名乗りケラナマーで学者をしておる者」
「ありがとうございます、よろしくお願いしますクレーヌ教授、いや博士ですか?」
「博士号は取得しておるが、教授の方がよいな。なんならオルガくん同様に先生でもよいぞ」
「あーいえ、俺は教授の教え子ではありませんから、先生呼びはよくないかと」
「……ほう?」
クレーヌ教授は俺を見、なぜかオルガを見て笑った。
「なんじゃ、オルガくんと同じ反応をしよるのう。
ならば言わせてもらおう。
わしは生物学、それもこの世界の人間種を中心とした知的種族群について調べておる。
ハチくん、君は異世界からの来訪者であるが、既に精霊分に汚染されることによってこの世界の森羅万象にきっちり組み込まれておるのだよ。
ゆえに君も、わしにとっては研究対象のひとつとなるのだ。
つまり無関係ではないのでな、わしのことは先生でかまわぬ」
むむ?
よくわからないけど、先生呼びにこだわりがあるみたいだな。
「あーでも、俺は基本的に学のない民間人ですし、博士とカッコよく呼びたいです」
「は?カッコいい、じゃと?」
「え?だって博士ってカッコいいじゃないですか。
先生より教授の方が偉そうでいい感じですけど。
博士といえば子供の頃から憧れですし俺」
「というと?」
「俺、3つくらいの頃に親戚に『将来は「はかせ」になりたい』と言ったようなヤツなんですよ。
経済的事情で無理でしたがね」
「なるほど……そういうことか。
ふむ、ではハチくん、君は好きに呼びたまえ」
「はい、博士!」
そういうと、クレーヌ教授、もとい博士は納得げな笑顔になったのだった。
「それでハチくん、君は少し理解しておるようじゃが、わしも異世界人じゃよ」
「あ、やっぱりですか」
この世界の獣人族って、どうも哺乳類ベースしかいないみたいなんだよね。
なのにクレーヌ博士はトカゲ人。
そしてこの、オルガをはるかに上回る魔力量となると?
「わしの種族はアルダー族といってな、もともとトカゲの系列の人類となる。
アルカ……もとい、人間族が変化したものであるこの惑星の獣人族とは根本的に流れが異なる種族なんじゃ」
「なるほど」
爬虫類系の人類が進化した異世界ってことかな?
なんとも興味深いが。
だけどクレーヌ博士は、俺の言葉に首をふった。
「え、違うんですか?」
「君の故郷であるチキュウなる星じゃが、この星のことではないかね?」
クレーヌ博士は、そういうと俺に写真のようなものを見せてくれたんだけど。
「あ、はい、見た限りは地球っぽいです」
よく似た別の星の可能性もあるけど、日本列島に沖縄、台湾までよく似ていた。
「チキュウっぽい?ふむ、よく似ているけど違うということかな?」
「はい、細部が微妙に」
日本列島の形がちょっと違う気がする。
あと、そのことを割り引いても鹿児島湾にあたるものがない。
それから富士山のあるあたりに、富士山とは別の高い山がもうひとつあるようだ。
そういう違いがあちこちにある。
どういうことだろう?




