入り口にて
キャリバン号を車庫におさめた。
例によって留守番はアイの本体で、分体はパタパタと飛んでアイリスの頭上に。
それから。
「ケルベロス組は浜辺で遊んでてくれ」
「……くぅーん」
「オゥ」
不満げに嘆く二匹に、俺たち飼い主がそれぞれ説明する。
「ラウラ、まさかの時は呼ぶから、な?」
「くぅン」
「ササヒメ、情報共有は入れておくから心配するな。もちろん非常時にはわかってるな?」
「オン」
「情報共有?」
「ああ、わたしはどうしても研究上、離れる事があるからな。
情報共有の魔法で危機などがすぐに伝わるようにしてあるんだ」
「便利なもんだなぁ」
「そうか?」
「ああ」
「元々は、人間族が亜人奴隷を逃さないように開発した魔法だぞ?」
「……そうなのか?」
「うむ、技術に罪はないからな」
そりゃそうだけど、そこまで割り切れるのはさすがだよ。
留守番組を置いて車庫を出て、入り口に戻ってきた。
さっきの守衛に声をかけて中に入ると、そこは異空間だった。
「……おお」
本と木の香り……それにこのニオイは何だろう?
地球の図書館によく似た、しかしどこか違う優雅さも漂う世界だった。
「クリネル大図書館にようこそ」
「あ、どうも」
受付さんに挨拶した。
……つーか受付さん山羊人族なのかよ、巻き角がなかなか見事だな。
バラサといいコルテアといい、役場に羊や山羊の人がいるのはお約束なのか?
「はじめての方ですね?来館目的等、ご予定は何かございますか?」
思わず角を見ていたら質問され、あわてて目線を戻した。
「用件は3つあるんだ。
ひとつは、この世界の国家関係や歴史について総括的に、できれば特定勢力に偏らない事情を読める本はないだろうか?
それともうひとつは、ここでとある人と待ち合わせをしているんだが、当人がもう来ているかどうかって確認する方法あるかな?
で、最後は納税相談ね。
これは本を自由に読みたいこともあるけど、同時にクリネルそのものへのまとまった納税をしたいって事で」
ふむふむと聞いていた受付さんは、えたりとうなずいた。
「失礼ですが、お客様はもしかして」
「ああ異世界人だ」
ピクッと周囲の空気が動いた気がした。
「そういう事でしたら、ここエマーン周辺で使われている学校読本がオススメです」
「学校読本?」
なんだそれ?
「国定教科書とは別に、世界の地理や、それに関係する大まかな歴史について書いてある別冊の読本です。
多少は出版社の思惑なども入ったりいたしますが、ケラナマーの学者による監修ですので、かなり公平な内容になっていると思われます。
これを何社か比べてみるのがよいかと」
「なるほど」
日本の学校用地図帳みたいなもんか。
「待ち合わせにつきましては、直接その方をお探しするのは応じかねます。
その方から何かの伝言がある場合にはお答えできます」
「なるほど」
俺はポンと手を打った。
「俺の名はハチだ。
相手だが、リリス・ガ・テニオペといったかな?えーと顔はなんていえばいいのか」
「こいつだ」
迷っていたら、オルガが自分のファブレットをズイと受付さんにつきだしていた。
「オルガ、写真なんていつの間に?」
「ケラナマーのタブレットから複写したんだ」
「おい」
そんなとこまで使い込んでるのかよ、いつのまに?
まったく、ほんと俺以外はみんなチートだよマジで。
「あ、はい、確認いたしました。
ハチ様のご本人証明はどういたしましょう」
「これしかないけど、いいかな?あとこれも」
コルテアでもらっているやつと、サイカ商会のもの、それから日本の運転免許証も見せた。
「あの、お顔が違いますが?」
「ハチ、魔力がない世界での顔を見せてどうする、混乱の元だろうに」
「あ、そうか」
おっさん顔の写真を見せたので、逆に混乱させてしまったらしい。
しまった、やらかした。
「まぁコルテア政府とサイカ商会の証明で問題ないと思います。
リリス・ガ・テニオペ様ですが、三日前からご来館なさっておられまして、今はお連れ様と中央庭園にいらっしゃいます。
どういたしますか?ただちにいらっしゃいますか?」
「いや、先に納税の話をすませたいから、俺が来た事、あと納税をすましてから顔を出す事を伝えてくれるかな?」
「わかりました、手配いたします」
携帯などがあるわけじゃない、この世界。
でも同じ設備にいて身分のハッキリした来館者同士なら、伝言くらいはしてもらえるようだ。
「では納税の方ですが、わたくしがお話いたします。こちらにどうぞ」
「あ、はい」
納税には別室が使われるようだった。
「申し遅れました、わたくし事務担当のテテン・シュ・イアルダと申します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく。ところで、寄付だけ別室なのはなぜですか?」
「運営用の寄付のためですけど、やはり図書館で大きなお金を出し入れするのはという声がありまして」
「あ、そういうことですか」
もちろん不用心っていうのもあるんだろうなぁ。
とりあえず白金貨をあるだけ出した。
買い物にも結構お金を使っているんで、これを出したら残るのは金貨と銀貨ばかりだ。
けどかまわない。
そもそも、納税と食料調達のためのお金なんだから。
で、積み上げた白金貨の前に受付さんはすごい笑顔になった。
「本当にこの金額でよろしいのですか?」
「はい」
「わかりました……ありがとうございます、心から感謝を申し上げさせていただきます。
今、証書をお作りいたしますので少々お待ち下さい」
すぐに人が呼ばれて、そして色々と動き始めた。
「ご滞在中ですが、蔵書については外部の持ち出しは申し訳ありませんが現在、禁止しております」
「ええ、図書館の中で読むのはいいんですよね?」
「もちろんです。
あと宿泊場として高額納税者むけの設備がありますので、そちらをお使いになってください。
馬車や魔獣車はお使いですか?」
「動物に引かせてないけど、留守番つきで俺の乗り物が車庫にあります」
「そちらは設備の方に移動可能ですが、どうなさいますか?」
「警備も別枠なんですか?」
「はい、王侯貴族などと同じになりますので、それに応じた警備になっております」
「そりゃ安心できそうだな。
うん、庶民の乗り物ですまないが、置かせてもらいます」
「わかりました。ではこちらを」
最初のとは違うカードを渡された。
「これは、わたくしがいない時に見せてください。
わたくしがいる時は、証明代わりに呼んでくださってかまいません。
そのほか、何かよくわからない時もわたくしを呼んでくだされば、なんでも応じますので」
「なるほど、わかりました」
要するに、よくわからない時はコンシェルジュよろしくテテンさんを呼べばいいと。
納得していたら、なぜかアイリスが口を挟んできた。
「ひとつ質問」
「はい、なんでしょうか?」
「なんでも応じるってことだけど、パパが夜伽してって言ったらどうす……あいたっ!」
思わず、アイリスの頭を叩いてしまった。
「痛いよぅ」
「痛いじゃない!アイリスおまえ、なんつー失礼なことを!」
「えーだって、なんでもって」
テテンさんはアイリスを見て俺を見て、そしてオルガを見て。
なんか知らないけど、何かを納得したような顔をして微笑んだ。
……いやな予感。
「大丈夫ですよお嬢様、わたくしたちは事務の仕事に誇りを持っておりますから、たとえ求められても、そういう事はいたしません」
「……ほんとう?」
「ええ、ほんとうですよ?」
「よかったー」
「うふふ」
にこにこ笑顔のアイリス。
そして、それに対し、やはりニコニコ笑顔で返しているテテンさん。
なんだよこの空気。
で、オルガを見ると。
「……」
横向いて笑いをこらえているのが、なぜか腹立たしいのだった。




