せんたく
わんこの名前同様、大きな違いが出てきます。
おやすみの時間になった。
おしっこしてから寝るというアイリスに気を付けてなと言うと、
俺は先に寝袋に入った。
二種類あるけど、アイリスにマミー(人形型)は残して、俺は封筒型を使った。
灯りは、頭のそばにあるLEDランタンひとつ。
音は、地球と同じ虫の声。風はなし。
たまに、遠くの海から聞こえてくる小さな波音。
ああ……静かなものだ。
まだ回っている頭で、少し考える。
武装を希望したけど、戦う以前の問題だろうと言われた。
いやま、確かにアイリスの言いたいこともわかる。
戦闘用のスキルも知識もなく、死体や血にも慣れてない。
そんなお前は無茶すんなよとアイリスは言いたいわけで。
そしてその点、まあ俺も同意なわけだ。
武器に慣れることも必要だろう。
でもそれ以上に、血や死体にまず慣れないと、食事もろくにできなくなるかも。
コンビニも量販店も当然無理、馬車ベースの世界にまともな流通があるとはおもえないしな。
そして、当面は人里におりない前提で考えると……まさか狩りも解体も、そして戦闘までもアイリスに頼り切るわけにはいくまい?いくらなんでも?
では、どんな武器がいいだろう?
まず刀剣類や近接武器はアウト。扱い切れないし、使えても、にわか仕込みで敵に勝てるわけがない。
実際、俺が考慮すべきは対人戦。おれがいきなり剣を使って、歴戦の戦士や騎士に勝ち、あまつさえ殺せるかというと、まず無理だろう。どこぞのチート主人公じゃあるまいし。
対抗するなら飛び道具、それも威圧効果があるような凶悪なタイプになるだろう。
銃がベストなんだろうけど、反動とか怖そうだし、手加減できないのも面倒すぎる。
しかし弓は必要スキル的に難しそうだ。
となるとパチンコ、いやオモチャでなく武器なら、スリングショットっていうのか?
うーん、そもそも何を発射するのかとか、射程なんかの問題もあるよなあ。
「……」
ふとLEDランタンに目がいった。
ランタンの本体は青いもので、大昔の灯油式ハリケーンランタンってやつの形をしている。よくわからない?だったら、西部劇なんかにでてくる小型の携帯式灯油ランプを想像して欲しい。あの形だ。
もちろん、LEDランタンであの形をする必要はないわけで、まあ模造品と言える。
そもそもこのランタンは、バイク時代に使ってた灯油ランタンの代替えで買ったものだ。車内で灯油の灯りは使えないから。オリジナルが赤く塗られていたこともあって、それと違うという意味で青を選んだものなんだけど。
(……模造品?)
あっと言いそうになった。閃いた気がしたんだ。
そして、手を出して……その思いを手のひらの中に凝縮してみた。
一瞬、例の脱力感。
「お」
手の中には、水色のおもちゃのパチンコが現れていた。
ついているゴムはけっこう強そうだし、よく飛びそうではある。本体も実は形状記憶合金みたいな代物で、かなり大きな力がかけられるはずだ。
だけど所詮おもちゃ。まあ遊びにしか使えまい。
よし、うまくいった。
「パパ?」
「お」
気がつくと、ドアからアイリスの顔がのぞいていた。
「それ、呼び寄せたの?」
「まあそうかな?……自分なりの仕様でね」
「……それって、材料から考えて、改造点も意識して、自分の望むものを呼んでみたってこと?」
「さすが理解がはやいな、そうだよ」
「!」
アイリスの目が丸くなった。
「もう制御できたんだ!」
「ああ、これは練習だけどね」
「練習?」
「だって、このパチンコじゃ護身には使いづらいよ。脅しにもつかえないし」
「護身?護身用の武器が欲しいの?」
「それと、まず死体や血に慣れようと思ってね。
だったら、せめて遠くから獲物がしとめられるように。
あとは威圧だけど、そっちはまあ、こけおどしができればいい」
「……なるほど。遠隔攻撃の練習も兼ねて、そして見るからに武器らしいもの?」
「そそ」
護身用と言ったら、アイリスもすぐ納得してくれた。
やっぱり理解早いな。
「だから、これからが本番。コレをもとに──」
「まってパパ」
なぜか止められた。
さらにアイリスは俺にのしかかるようにして、顔をずいと近づけてきた。
あ、あの、アイリスさん?
「……パパ、すごい汗かいてる」
「え?」
そう言われて、初めて気づいた。
確かに、俺は汗びっしょりだった。
「お野菜呼んだときにも汗かいてたけど……気づいてなかった?」
「そうだな、全然気づかなかった」
他のことに夢中だったからなあ。
そういや、そろそろ風呂も入らないとまずいだろ。どうしたもんか。
水浴びでもするか?
「ないものを作ってるようなものだし、慣れないことだし、きついはずだよ?無理しないで寝よ?ね?」
「でもよう、何もできないのはっ!?」
「……寝よ?」
「……あ、ああ、そうだな」
鼻と鼻がぶつかるほどに顔を近づけてきて、そのまま押し切られた。
ああ、びっくりした。
でもまあ、うん、それもそうだな。
うん、まずは考えを整理しよう。
最低限のイメージはできた。あとは、いかに使えるもの、自分に向いたものを作るかだ。
「ところでアイリス」
「ん?」
「おまえの寝袋はそっち。なんで俺のに入ろうとする?」
「んー、一人寝のパパをあたためてあげようとぉ……あだっ!」
「あほか」
頭にチョップ食らわしてやった。
「それが子供のセリフか。せめて、いっしょにねたい、とかにしろ」
「イッショニネタイ」
「棒読みかよ!あと脱ぐな、裸はダメと言ったろうが!」
「えーでもこの服、寝るのに向いてないし」
「……たしかに」
子供服とはいえ姉貴が小1の頃のだからな。昔の堅いデニムだし。
「わかった、でもパンツとシャツは履きなさい」
「ん、悩殺?」
「はいはい悩殺悩殺、いいから履きなさい」
「はーい」
なんで不満気なんだ。
まったく、どこからこんな変な知識を……って俺の記憶か?
「やっぱり、紫のさらさらヘアーのJKか」
「やかましいわ!」
やっぱりか。
結局、ひとりはイヤとだだをこねるアイリスに押し切られ、一緒に寝ることになった。
ついでに言うと、夜中に唐突に犬臭くなって、ふわふわのヌクヌクなものが顔を踏んづけて寝袋に潜り込んできた気がしたが……実は俺、子犬や子猫に部屋を徘徊されたり踏まれるのは耐性あるんだ。子供の頃、うちで飼ってた犬猫、なぜかどいつもこいつも俺の部屋でお産しやがったしな。
寝覚めの悪い俺は、まあいいやとそのまま寝てしまったのだった。
目覚めたら夜明け前だった。明るくなってきたので目覚めてしまったらしい。
アイリスは先に起きていた。助手席に座ってタブレットを物凄い速さでいじり倒してる。
子供の顔をしてない。初めて会った時の、あの機械じみた顔。
まあ、たぶん学習中なんだろう。
ぬくもりを感じて寝袋の中を見るとケルベロス、命名ラウラが寝ていた。
ああ、そういや夜中に潜り込んできたんだっけ?
それはいいけど、よだれ垂れてるな。
今までは俺ひとりだったからいいけど、洗濯もしないとな。
「おはよう」
「おはようパパ」
アイリスの顔が子供に変わったので、言われる前に挨拶した。
「どうしたの?」
「洗濯と風呂をどうしようかなってね。このままだと臭くなるし」
「……あー」
言われて気づいたという顔でアイリスはうなづいた。
「洗濯にいい川か湖、ある?」
「この近くにはないかも。ワニが多いし」
ああ、そうだった。
「竜王の森の川まで戻るしかないか?あそこはワニいないだろ?」
「……あの森でお洗濯って考えるのはパパくらいだと思うよ」
「もしかしてバチあたり?」
「グランドマスターは面白がるだろうけど」
「そう思わないやつもいる、か」
他に選択肢がないならともかく、わざわざ敵を作る必要はないな。
「100km向こうに町があるよ?町で洗濯させてもらえば」
「いや、それはダメだ。厳密にはダメになった」
今度は俺が首をふった。
「なんで?」
「ラウラがいるからだ。ケルベロスを人間族の町にいれるのは不安がある」
「それは……ラウラには悪いけど」
「いやすまん、キャリバン号で留守番させようってんなら却下だ」
「どうして?」
「俺のわがままだけど、犬にかぎらず子供を車に閉じ込めるのって嫌なんだ。慣れて番犬を頼めるレベルになったら考えるけど、今はダメと考えてくれ」
「……そっか」
なぜかアイリスは優しい顔をした。
紫のさらさらヘアーのJK:元ネタは、2000年頃の古いギャルゲーに出てきた女の子。主人公を挑発して「悩殺?」「悩殺」「ふふ、死ねー」とやらかすシーンがある。




