温泉地到着
景色に森が戻りだした。森林以下に戻ったらしい。
「ほう」
「どうしたの?」
「北側と生物相が全然違うみてーだな、このあたりからもう違ってら」
生えてる植物群が、あからさまに違うだろこれ。
え?わからない?
あー……俺も植物はあまり詳しくないんだけど、たとえば東北と四国・中国地方の山を実際に歩いて見比べたら、なんか生えてる草花とか木々が全然違うのは理解できると思うぞ。
え?そんなんわからない?
あー、だったらそこいらで石をひっくり返してダンゴムシ・ワラジムシのたぐいを探してみればいい。
西日本にワラジムシはいないというか、もし見つかったら大発見だからな。いやマジで。
さて、話を戻そう。
自然界に異国情緒を持ち込むのはどうかと思うけど。
北側の高地はまるで、北国の山を思わせる、あまり俺には馴染みのない植物群だった。
だけどこっち側は、もろに温帯気候を想像する植物が多い。
「温帯気候に近いってことかな、日本にもありそうな植物も見えるな」
「そうなの?」
「ああ」
ふと思い当たる事があった。
「アイリス、風呂のある村までは遠いのか?」
「んー、ちょっとまって」
アイリスがタブレットを見て、あれこれ確認していく。
「あと20キロくらいで最初の村があるよー」
「うおマジか」
それはいけない。
自然界もいいけど、まずは風呂が優先だな!
その村は、硫黄臭とともにやってきた。
温泉っぽくなってきた、これはマジで期待できそうだなぁ。
だけど。
「くさい……」
「ああ硫黄のニオイだなって、なぁアイリス?」
「ん?」
「おまえ、硫黄の情報はないのか?」
「あるけど、こんなくさいって知らなかったよぅ」
「あー、まあ腐った卵にたとえるくらいだしな」
ふむ、ニオイは客観データになってないってことか。
まぁドラゴンと人型ではニオイの概念も違うかもだしなぁ。
だけど、ふむふむと納得していたらアイリスが不満そうな顔をした。
「どうした?」
「ねえパパ、なんで嬉しそうなの?」
「ん?だって、このニオイがあるってことは温泉が近いんだぜ?」
「……」
お?
アイリスが、なんか理解のできないものを見る目をしているが?
「ハチ」
「なんだオルガ?」
「わたしもお湯の風呂は嫌いじゃないんだが……この臭気に対し風呂を想像して喜ぶのかおまえは?」
「む?変か?」
「変とは言わないが……文化の違いというのは凄まじいものだな」
「……えっと、それはどういう意味かな?」
「うむ?いや、言葉通りの意味だが?」
「……」
なんでオルガまで珍獣を見るような目で見ますかねえ?
どうやら呆れられているのは間違いないが、俺はとりあえず苦笑するしかなかった。
さて、村に入ろうか。
村の入り口のところに門番らしきカピバラさんがいるので、キャリバン号を乗り付けて窓をあけた。
ほうほう、これがカジヤン族ってやつですか。
ちょっと解説しよう。
まず、あごから上は完全にカピバラだ。
地球のカピバラと違うのは首が細いことで、肩から下は限りなく人族そのものだ。
ただし、ちょっとずんぐりむっくり体型で身長が低くて……ハッキリいえば、地球人的にいえば、ちょっと小太りした子供みたいな感じ。
すっとぼけたカピバラ顔とあいまって、なんていうか、癒やしだ。
子供がカピバラのコスプレして歩いてるみたいだ。
ちなみにおもしろいのは下半身だ。
シッポがないんだが、これは地球のカピバラもシッポがないので違和感はない。
さて。
「やぁ、こんにちは」
「温泉利用ですか?すごい乗り物ですね」
門番さんは、そのカピバラ顔の目を細めてフンスと鼻から息を吐いた。
おや、微妙に表情がわかりにくい?
ふーむ。
ということは……癒やし顔だと思ってうかつな対応はしない方がいいかもしれないな。
よし、普通にいこう。
「これ俺専用のアーティファクトなんだけどさ、温泉利用中に安全に停められる場所あるかな?」
「ええ、ありますよ」
俺の言葉に何かを感じたのか、門番さんは大きくうなずいて答えてくれた。
「有料ですが、隊商用の駒止めがいいでしょう。
こんなところに盗みに来る人もいないとは思いますけど、ラライに印はつけとけといいますしね。
信頼のおける専任の警備員がいますから、安心を買いたいならオススメです」
「ラライに印?」
慣用句か何かかな?
首をかしげていたら、後ろからオルガが指摘してくれた。
「ハチ、それは『泥棒がいないからといって盗難対策をしないのは、善人に出来心を誘発するようなものだ』といったニュアンスの言葉だな」
「あー……牛に焼印かぁ」
「牛に焼印?」
「地球の昔の言葉でね『すべての人を信じなさい、だけど牛には焼印を押しなさい』って言葉があるんだ。その地域では、焼印をする事でその牛の持ち主がわかるようになってたんだよ」
「ほう?……ああそうだな、同じような意味だろう」
どこでも類似の表現はあるもんだなぁ。
話がずれた。
「その駒止めって村営なの?」
「いえ、第三者です。クリネルの商会に委託しています」
ほうほう。
「ちなみに商会名を聞いていい?」
「サイカ商会です」
またか。がんばってるなサイカ商会。
感心していたら、後ろから声がした。
「ならば利用させてもらおう、ちなみに入村金はいくらかねえ?」
「はい、申し訳ありませんが、おひとりさまあたり銀貨一枚いただければ」
「そんじゃ、人間二名に眷属が四体……あー面倒だからコレで払うわ、釣りはとっといてくれ」
クリネル金貨を一枚渡した。
「こ、これは多すぎますが」
「心配すんな、賄賂じゃないから。
余るなら積み立てといて、皆の飲み代でも生活費の補填でも好きにしてくれ。
そのかわりっちゃなんだけど、安全に配慮するよう連絡してもらえるかい?その魔道具で」
「あ」
いや、さっきから気づいてたから。耳の魔道具を触ってたの。
「それは連絡用だよね?」
「正しくは通報用です、お客様がきたら起動して流すんですよ」
「え、それだけ?」
「大事なことです。お客様がいないとお気に入りの場所で寝てる者もいますので」
「ああ、なるほど」
のどかだなぁ。
最果てを想像したけど、中の設備は思ったよりずっとまともだった。
道も舗装されているし、駐車場もしっかりしたものがあるようだ。
「あれは無料駐車場だな」
「……そのようだな」
なんか、ど真ん中で寝てるヤツがいるぞ。
のんきだなぁ。
しばらく進むと有料駒止めの標識がある。こっちか。
指示通りに進むと、そこだけ妙に頑強そうな石造りの建物があった。
「屋内駐車場なのか、でも妙にでいくね?」
「中で火を使うからな」
「火?」
「キャラバンとか中で飯作るだろ?」
「あ、そうか」
基本的にこの世界の駐車場は、地球でいうオートキャンプ場としても機能するようになっている。
もちろん周囲には宿もあるが、基本的に馬車・魔獣車で寝泊まりできるようになっているし、食事だけは皆一緒にそっちでする団体も多いらしい。
おそらく、中世以前の日本の地球も似たようなもんだったんだろうな……馬車の普及してなかった日本ですら、いわゆる駒止めは今で言う道の駅で、周囲には安宿などがズラリ並んでいたわけだし。
多少の条件の違いはあれど、旅人やキャラバンはどこでも同じって事なんだろう。
キャリバン号を走らせて入り口に行く。
そこにはカピバラでなく猫人族の受付……女の人で、サビ猫さんだ……が入り口横に座っていた。
「お客さんですか?」
あ、ニャンことばじゃないな。
まぁいいけど。
「今夜一晩、中で泊まりたい。大丈夫?」
「今日は今のところ誰もいませんので問題ありません。
念の為に個室を使いますか?」
「個室あるの?」
「奥にふたつあります……小規模キャラバン用なので、お使いのお車だと広いですが」
「オルガだ、二号の魔導天幕は使えるかねえ?」
後ろからオルガが質問した。
「これはオルガ様、いらっしゃいませ。
はい、三号にはちょっと狭いですが二号なら」
「わかった、ならばそれでいい。料金はいくらかな?」
「温泉利用料コミで金貨一枚になります。車両単位の集金なので」
「わかった」
俺が出そうとするとオルガが出してきた。ただし金貨一枚と数枚の銀貨つきで。
「追加料金で、商会への直通回線を使わせてくれるかねえ?」
「はい、もちろん問題ありません」
「よろしく頼む」
「はい、ではこちらへどうぞ、案内いたします」
受付さんに先導してもらい、俺はキャリバン号を建物の中にいれた。




